僕と僕に一途な女の子が異世界に行く話
僕の彼女はブサイクだ。
形容しがたい深い彫りのその顔は、歴戦の武人を思わせる。男として生まれていればどれほどの武勇を語られることになったか分からない彼女だが、実際には運動も趣味というわけでもなく、平凡に生活をしていた。
そんな彼女と付き合い始めたのは六年ほど前。彼女からの告白から始まった。
「あなたと、恋人の契りを結びたい所存」
ドドン、と仁王立ちをした彼女。スタイルは全体的に横に大きく、廊下を歩けばどこでも一方通行になるような女の子だ。
そんな彼女の彫りの深い顔は赤面しており、渡された挑戦状のような手紙には達筆な字のラブレターがしたためられていた。
僕はこの字に惚れたと言っても過言ではなかった。というのも自分は字が汚く、周りからもミミズの張ったような字を書く男として定評があり、その字を見た瞬間に自分の理想とする字だと思ったからだ。
そうして僕は彼女の手を握り、幾つか言葉を交わすと、正式にお互い恋人関係となった。
―――そして現在に至る。
休憩時間、教室では隣に座った彼女が、僕の椅子を僕事持ち上げて筋トレをしていた。
「フミチカ! 座ってないで馬遜を止めて! 」
「うぉおおおおおおおおおおおお!!!! フンフンフンフン‼」
委員長の声も空しく虚空へ消える。
僕の彼女、馬遜は身長194㎝、260ポンド。丸太のような足には宝石のような筋肉が敷き詰められている。
「どうだ、フミチカ。私の筋肉のハリは? 」
「今日はとても元気がいいみたいだね。はい、プロテイン。ビルダー飲み、出来るよね? 」
プロテインの袋からスプーンで粉を掬い上げて彼女の口の中に入れる。彼女は泣いて喜んでいる。
すると、授業の準備をするため開始3分前に入ってきた先生に注意を受ける。
「フミチカ君、学校にプロテインを持ってきてはいけません! 」
「おや不可解だな、校則にプロテインの持ち込み不可などなかったはずだが…」
「一般常識です! 」
エクスプロージョンと書かれた袋を学生カバンの中に入れると、馬遜が僕を下ろした。いい汗を掻いていたので、タオルで汗を拭くとまだ照れているようだった。
僕達の関係がこうなったのは、付き合い始めてから一年がたった頃だった。
互いの関係がマンネリ化しはじめ、新しい刺激を求めて別の女の子に目線が良き初めていたのが原因だろう、馬遜に詰められたのがキッカケだった。
「私、変わるから。貴方の好みに」
そう言われて彼女が手に取ったのは僕がたまたま読んでいた、北斗の拳だった。
「確かフミチカ君、このラオウって人がタイプなんだよね」
僕は頷く。ラオウの一途なところと理想家なところが好きだ。
「まあ…理想的ではあるな」
思えばその日ほど、僕がきららコミックスを所持していなかったことを後悔しなかった日はない。
その話が合った翌日から、彼女はまるで修羅に乗り移られたが如く、修練に励み始めた。彼女の実家が道場だったということもあり、彼女の改造はとどまることを知らなかった。
機械的なトレーニングはもちろんのこと、ラオウに似るため様々な道場へ出向き、拳法家から技を盗んでは自身の流派としてそれを組み込み続けたのだ。
そうして、現在に至る。
「理想とする拳には未だ届かず…」
馬遜はそう拳を握りしめ、天に掲げている。たまに心配になって様子を見に行ったことが余計彼女の火に油を注いでしまったのだろう。
なまじ肉体に『伸びしろ』があったせいで、彼女の急成長はとどまるところを知らなかった。
昔は横にデカかった彼女は、今ではその身長もあってか逆に少し細く見えた。しかし、太っていた時と変わらず廊下を歩けば自ずと道が開いた。さながら学生の波を割るモーセの如く、彼女の存在感は日に日に増していっているのであった。
そしてそんなある日、それは起きた。
彼女を中心とした謎の幾何学模様に巻き込まれ、別の世界へとやってきてしまったのだ。
白亜の城にとんできてしまった僕達を待ち構えていたのは金髪のイケメンの王子様らしき男性。
「ようこそおいで下さいました。勇者殿。…そちらのものはお付きですかな? …まあいい。どうか、我が国を救っては下さらないか! 」
状況を読めぬまま、まあ助けを求める人なら助けても良いんじゃないかの精神で、馬遜と僕は顔を合わせ頷いた。
「そして、世界を救って下さった暁には! ぜひ、この俺と結婚していただきたい! 」
王子様がそういって、誰もが見惚れるような顔ではにかんだ。
しかし馬遜は、の腰を持って持ち上げると王子の前に差し出した。
「残念だが。私はこの男に一途だ。許せ」
世界の時が止まったのは言う間でもない。