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★第8話★ 角笛のレッスン


「へ〜。そんなに酷くて凄かったんだ〜。見たかったな〜」


「見せ物じゃない。趣味が悪い。突き落としていた連中と一緒だぞ」



 ランド城、執務室——


 クラヴィは夕食をすませたあと、不安げな弟を寝かせつけ、執務室で酒を飲んでいた。


 ペザンテ山脈の湧き水で仕込み、森の芳しい木の樽で熟成を重ねた酒は高級品で、ランド辺境伯領の特産品の一つだ。


 相手は行政補佐官のランザ・クイーロと、辺境伯騎士団副団長のジョッコ・スケルツァだ。

 どちらも気心が知れた側近で、ジョッコは寡黙で聞き役に回ることが多い。

 騎士団長はクラヴィが兼ねている。



「えっ、やめて〜。それは避けたい。そこまで悪趣味じゃない」


「クラヴィ閣下。グラツィオ様のご様子は?」


「……落下の衝撃で、腕は複雑骨折し骨が突き出ていたし、首もあらぬ方向に曲がっていた。

グラツィオは魔物の大襲来の時、赤子だった。まだ魔物討伐にも出ていない。

重傷者をまともに見たのは初めてだから、強い衝撃を受けていたようだ。

『ああいう状態は魔物相手ではザラで、もっと酷いこともある。慣れなければ一人前のラルゴの騎士にはなれない』と伝えたら、夕食はなんとか食べていた。

軽い催眠剤で眠らせた」


「さようですか……」


「うっわ〜。魔物よりこわッ。容赦なさすぎ!」


「仕方ない。事実だ」


「まあ、冷徹な閣下も慌ててたようですから?

無理もないんじゃないでしょうか〜、って痛いッ!

やめてッ!」


 クラヴィはからかうランザの頭を右五指で掴み、爪を食い込ませる。

 ランザも振り払い、また笑う。


「何、気にしてんの。お礼は騎士団の角笛奏者に教授してもらうことに決まった。それで落着でしょ」


「いや。そんな命を(もてあそ)(やから)が、大神殿の聖女、おそらく首謀者が第二王子の婚約者というのは大問題だろう?

王太子に何かあれば、第二王子が国王になるんだ。

すると王妃がコレだ。国が滅びかねない」


 クラヴィはローテーブルに、“首席聖女”で第二王子の婚約者になったピア・フォーコ侯爵令嬢からの書状をバサリと置く。


 ステラの予想通り、警護役だった近衛騎士に預けクラヴィに直接渡されたものだ。

 内容はステラの『悪辣令嬢話』に、さらに“悪行”をてんこ盛りにし、『速やかな“処分”を望む』とまで書かれていた。


「あ、なるほどね。じゃ裏付け捜査させればいいじゃない?

バッカだね〜。左遷人事で満足しとけばいいものを。

寝てた魔狼(まろう)を起こしちゃったよ。

いや、魔羆(まぐま)だった」


「お前、魔羆(まぐま)の爪を喰らいたいのか」


「嘘ッ!ごめん!やめて!

でも、そう簡単に信じちゃっていいわけ〜」


 クラヴィがグラスに残っていた琥珀色の液体を飲み干す。


「淡々としてたんだ。ごく当たり前で、普通のことだ、と受け入れていた。あれは演技ではない。

自分の身体よりも神官の服の汚れを気にしたり、あのまま帰ろうとしたんだ。

普通じゃないことが、普通になってしまっていた」


「ふ〜ん。まあ、命懸けだよね。

ここには他に聖女はいない。自分への《治癒》に失敗したら、死ぬかもしれなかった」


「そうだ。そこまで危険を犯す理由はない。

グラツィオが自分で足をすべらせたのは、本人も護衛も神官も認めてる」


「普通じゃないのが普通か。よく心折れなかったね〜。

前々回の大襲来で、“大聖女”が女騎士に変装して秘密裡に援軍と一緒に来てくれたはいいけどさ〜。

重傷者も癒やしまくって、何度も戦場に追い立てられたから、命令拒否ったり、狂った人も出たんでしょ?

酔った親父から『秘密だぞ』って聞かされた〜。嫌だって言っても聞かされた〜。

死の間際を“癒しの力”で、行ったり来たり、それも痛みの記憶付き。どんな拷問より悲惨だわ。

あ〜、やだやだ」


 ランザもグラスの酒を飲み干し、皆のグラスに注いでいく。


「クラヴィ閣下。では、ネルジに命じておきます。

先方の都合は私が手紙で問い合わせておきます」


 ネルジとは騎士団軍楽隊所属の角笛奏者だ。


「いや、手紙は俺が書く。礼状も兼ねてだ。褒賞があまりに軽い。

ラルゴ辺境伯の弟を命懸けで助けたんだ。

追加があれば、叶えるとも書いておく」


「できることで、って絶対書いといてよ」


「当たり前だ」


 ぐいっと酒を飲むクラヴィを見て、ランザとジョッコは目くばせし、小さく(うなず)いた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 3週間後——


 私はアニマ様と、騎士団軍楽隊の角笛奏者ネルジ様や5名の護衛騎士と共に、ペザンテ山脈の山裾の丘にいた。


 私の希望を受けて、あのあいさつに行って事故にあった日から1週間後に、副騎士団長ジョッコ・スケルツァ閣下立会いの下、ネルジ様に角笛を教えていただいた。


 ネルジ様の演奏はすばらしかった。

 騎士団の合図としても、遠くまで響く音質と音量で、合図以外に軍楽に参加されるときの音楽としても申し分なかった。

 角笛でこれだけ演奏できるのか、と新しい世界を知った気分だった。


 拍手を贈ったあと、いざ教授、となったが、やはり私の角笛からは音が出なかった。


 ネルジ様は遠慮されたが、副団長閣下が『念のため』と、私の角笛を吹いていただいても、タンギングの呼吸音だけで音は出ない。


「いや〜。立派な角笛ですね。

何でできてるか不思議ですが、すごく綺麗です。形も異常ないし、どうして音が出ないんでしょうね」


「やはり私の問題なんです……。お手間を取らせて申し訳ありませんでした。

副団長閣下。ラルゴ辺境伯閣下によろしくお伝えください」


「ステラ様。ちょっと待ってください。

自分の親戚で羊飼いがいるんです。自分より角笛は上手いので、あの人だったら教えられるかもしれません。

ただご身分が違いますし、少しですが山に登っていただかないといけないんですが……」


 ()しくもピア様が仰っていた牧人(ぼくじん)の登場だ。

 しかし滅多にない機会だ。ここまできたら、何でも試してみようと思う。


 その昔、詩の朗読に心血を注いだ王子殿下は、名手と聞けば、春を売る女性の元にも通い、教えを乞い、奥義を授けてもらった前例もある。

 同じ芸術だし、教義上、神の前では貴族も平民も等しいと説いているのだ。


「ぜひ!ぜひお願いします!連絡を取っていただけますか?」


「わ、わかりました。やってみます」


「副団長閣下にもお願いがあります。

女性騎士の服装一式をお譲りいただきたく、また登山に耐える足腰を鍛えるため、訓練場の端っこをお借りしたいのです」


「聖女ステラ殿。騎士服などの件は団長であるクラヴィ閣下の決裁が必要ですので、一旦保留ということで、お返事はお手紙で差し上げます」


「ありがとうございます!」


 驚いたことにその日の夕方には、『褒賞の追加で、できることなら叶えよう』とお礼状にあったとおり、神殿に騎士服が届けられた。

 訓練のスケジュールは明朝、手紙で教えてくださるという。


 私は使いの騎士にお礼を言って見送り、しばらく菜園で作業していると、アニマ様がいつもの笑顔で現れる。


「ステラ様。山登りには、おりゃあも参加するけん、安心っちゃ」


「え?アニマ様もですか?」


「はい。騎士服はおりゃあの分も届いてるっちゃ。

聖女様をお一人で、山にはやれんでしょう?

魔物の危険性もあるけん、護衛も付けてくださるっちゃ」


 確かに角笛奏者のネジル様とはまださほど親しくない。

 アニマ様がいてくださると、とても心強い。護衛もありがたかった。


 早速、クラヴィ様に礼状を書く。

多忙な執務の合間に、ここまで優先的に決裁してくださったのだ。礼儀正しくありたいと思う。


 2週間、主に走り込みや基礎運動で、下半身をみっちり鍛え山登りに備えた。

 といっても、まだまだ山の麓に近い場所だ。



 その間にやってきた、ラルゴの遅い春は一斉に花が咲き、緑が芽吹き本当に美しかった。

 神殿の菜園や薬草園でも可憐な花が咲いた。


 また『ステラ様の歌でピアノを教えてほしい』というグラツィオ様の願いに、根負けしたらしいクラヴィ様の依頼により、訓練の前にレッスンをした。


 レッスンの謝礼を聞かれ、『その代わりに』と願い出て、出入りを許されたラルゴ城の庭園でも鮮やかな花々が彩る春を満喫した。


 緑や庭園は人を癒してくれる。その本来の意義を8年ぶりに噛み締める。


 歌うと白い光が現れるのはずっと変わらない。

 私もグラツィオ様もすっかり慣れてしまっていたし、何より気持ちがいいのだ。


 城の庭園で春にまつわる歌曲を歌った時も、身体中に喜びが満ちあふれ、白い光の粒子が(きら)めく。


 私は音楽が戻ってきたことに心から感謝した。


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