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★第7話★ 《自己治癒》


 グラツィオ様は、私が楽譜を指差しながら、注意点を説明すると、それをていねいに書き込んでいく。


「……このリズムがずれるフレーズは、リズムを変えて部分練習をすればよいと思います」


「え?どんな風に?」


「そうですね、たとえば……」


 私も楽しい雰囲気に、つい鍵盤で弾いてしまう。ただ出るのは、カスッという打鍵音だけだ。


「……申し訳ありません。ご覧のとおり弾いてお教えするのはご無理なのです」


「……本当なんだ。えっと、えっと、そうだ!

歌って教えてくれますか?だってお話できてるんだから、大丈夫でしょ?」


 私は思わぬ提案に聞き返す。


「え?歌、ですか?」


 聖女候補者はとにかく楽器演奏に注力する。

 歌う暇があったら練習しろ、という雰囲気だった。

 礼拝での聖歌の合唱などは、神官様の職務だ。


 歌は昔、お母様が教えてくださり、ピアノに合わせてよく歌っていたが、それ以来だ。


「……ずいぶん、歌っていないので、お聞き苦しいかと」


「そんなの気にしないよ!僕だって下手だもん!」


 これは嫌がらせなどではない。

 元気で無邪気な笑顔に釣られ、(うなず)いてしまう。


「かしこまりました。うまくできない時はお許しくださいませ。少しだけ音階練習をさせてください」


 私は少し両足を開いて立ち、呼吸を整えたあと、腹部に両手を当て、ゆっくりと音階の最初の音を発声する。


 ?!?!


 響いた。


 この音は私が発声している。


 お母様が教えてくださったとおり、正しい姿勢で、腹式呼吸し、喉を開き、頭部へ向けて響かせる。


 この感覚が懐かしく、嬉しく、たとえ音階であっても、旋律には違いなく、私は喜びに打ち震えながら、1オクターブを、1音ずつ上がっていく。


 お母様との楽しい時間が脳裏に浮かび、集中したくて、つい目を閉じて歌ってしまった。


 最後の音を静かに歌い終え、余韻が消えたあと、目をゆっくり開けると、私の身体は白い光にうっすらと包まれていた。


〜〜*〜〜


 周囲はポカンとしている。


 グラツィオ様は口を開けたままで、他のお二人はそのまま固まってらっしゃっる。

 私はこの白い光には慣れているので、珍しいことではない、と説明しようとする。


「あの……」


「ステラ殿?!身体はどうもないと?!

今、白い光がこの部屋中に広がったんっちゃ!

あんなん、初めてっちゃ!」


「部屋中に?え、と、何も、どこも、変わってません。大丈夫です」


 嬉しさで興奮したためか、少しぽかぽかと身体が温かいがそれ以外変化はない。


「ふう、そんならよかったっちゃ。

あ、失礼しました。

グラツィオ様、ロイト様。ステラ殿はご自分を《浄化》、《治癒》はできるのです。

その時にこの白い光が出現します。

ただ歌っただけで、あんな風になるとは……」


「ん、んんッ。了解しました。

グラツィオ様。そろそろ、家庭教師の先生がいらっしゃるお時間です」

「……あ、はい。わかった」


「グラツィオ様もロイト様もこの件はご内密に願います」

「は、はい」

「承知しました」


 護衛騎士はロイト様と言うらしい。

 それでも興奮気味のグラツィオ様は音楽室を出たあと、私に尊敬の眼差しを向けてくれる。

 むずむずしており見ていて微笑ましい。


 自然と並んで歩く形となり、通路を歩き、階段を降りていく。ここでもちらちらと私を見ているので、注意しようとした矢先、グラツィオ様が足をすべらせた。


「?!」


 反射的に手が伸びて、まだ細い腕を掴み引き上げようとし、今度は自分が遠心力に振られ落下する。


「ス、ステラ殿➖➖ッ?!」


 アニマ様の声が大きく響く。


 落下し一度階段で大きく跳ねた私の身体は、その後はごろごろと転がり落ちていき、踊り場で止まった。


 頭がくらくらし、視界が揺れる。

 動こうとしても動かせず、腕と足、首に激痛が走る。鉄の匂いがする。

 どこか骨折し、出血もあるのか、と思いながら、《癒しの力》を発動させる。


 手慣れたものだ。

 他人を助けて、というのは初めてだったが、見て見ぬ振りはできないし、何より私は自分自身しか癒せないのだ。


 しばらくすると痛みも引いていき、目を開けるとアニマ様が寄り添ってくれていた。


 驚いたことに、クラヴィ様や何人かの人の姿もある。

 ゆっくりと上半身を起こすと、私に駆け寄ろうとしたグラツィオ様は護衛騎士ラント様に抱きかかえられる。


「ふう……。グラツィオ様、お怪我はありませんか?」


「う、うん。大丈夫、です。ステラ、様は?」


「私も大丈夫です。ご心配をおかけしました。

あ、申し訳ありません。血で汚してしまって」


 私は立ち上がると、血で汚れた自分の衣服と床を《浄化》すると、白い光が現れ消える。

 ふと見ると、私の側で膝をついていたアニマ様の衣服も汚れていた。


「アニマ様、服を汚し申し訳ありません。

お部屋を貸していたいただいて、《浄化》してからお(いとま)しましょうか。

白い神官服では目立ってしまい」


「待て。この城内で起きた事故だ。事情を聞かせてもらおうか。

一応、医師の診察も受けていただこう。万一があれば寝覚めが悪い」


 私の言葉をクラヴィ様が(さえぎ)る。

 正直なところ、だるくてお腹も空いており、すぐに神殿に帰りたかった。

 しかし、ほぼ独立国家の領主命令だ。仕方ない。


「かしこまりました。ただ私も少々疲れております。

証言はすぐ側で目撃されたアニマ様とグラツィオ様の護衛騎士様にお願いできますでしょうか。

その間にお医者様に診ていただきます」


 信用されていない私が話しても無駄でしかない。


「……承知した。

今、この場にいる者達へ告ぐ。

この事故とその後の“出来事”については他言無用とせよ。違反者は厳しく処罰する」


 低く静かな冷たい声には、服さざるを得ない、と思わせる威厳があった。


 私はアニマ様に付き添われ医務室へ行き、医師から『出血の怠さ以外問題ない』と診断されたあと、ベッドに横たわり襲ってくる眠気に身を任せた。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


「ステラ殿、ステラ殿」


 アニマ様の声で目が覚める。見上げると、クラヴィ様もいた。


「経緯と医師の診断は理解した。弟を助けてくれたことは感謝する。何か望みはあるか」


「……いえ、特に何も……。あ、アニマ様の服を、と着替えられたのですね。

でしたら何もいりません。慣れておりますので」


「慣れている?何にだ?」


 冷たい声で追及してくるクラヴィ様に困惑しつつも、言いくるめる自信もなく正直に答える。


「…………階段から落ちて、怪我をして、自分で《治癒》をかける《自己治癒》に、です。

王立学園でよくされました。100回は越えていると思います。

怪我が酷すぎて自分では無理な時は、落とした方々がかけていました」


「…………そうか」


 ここで空腹だった私のお腹が盛大に鳴る。

 こんな時に、と思うが自然の摂理だ。出血が多かったときは特にだった。


「身体は食べ物を欲しているようだが?」


「……申し訳ありません。気を遣わなくていい神殿で、マーチャさんのお料理をいただきたいのです。

優しい味付けですので」


 疲れと空腹で神殿が懐かしかった。早く帰らせてほしいあまり、はっきりと言わせていただく。


「…………そうか」


 冷たい声がさらに冷たくなる。好意を無にされたと思ったのだろう。

どうしたものか、と考えていると、ここで不意に思い出す。

そうだ。あれを頼もう。


「ラルゴ辺境伯閣下。グラツィオ様は大丈夫でしょうか。ショックを受けてらっしゃったようなので……」


「ああ、だいぶ落ち着いた。大丈夫だろう。人も付けている」


「それは何よりです。先ほどのお願いですが、辺境伯騎士団には角笛奏者がいるとグラツィオ様からお聞きしました。その方にご教授をお願いできますか?」


「…………わかった。叶えよう」


 私の“聖具”が角笛であることは、とうの昔にご存じだったようで、理由も聞かれずに即答される。

 こちらも時間短縮でとても助かる。


「ありがとうございます。

アニマ様、申し訳ありませんが、お手を貸していただけますか」


「はい、どうぞ。早く帰りましょう。マーチャさんも待ってますよ」


「そうですね、では、失礼いたします」


 さすがにきちんとしたお辞儀(カーテシー)は無理で、浅くに留めると、アニマ様と二人、帰途に就いた。


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