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★第6話★ 辺境伯の弟

「まだわからん。あの書状も鵜呑(うの)みにできない。

第二皇子の婚約者にすぎないのに、辺境伯相手にいい度胸だ。

大神殿の尻拭いをする気もない。書状にある悪辣令嬢なら、そのうちボロが出るだろう。

切って捨てればいいだけだ」


 辺境伯クラヴィ・ラルゴの視線は書類に向けられたままだ。サインをして行政補佐官ランザに渡し、視線を合わせたかと思うと、次の書類に取りかかる。


「はい、お疲れ様です。

まあまあ、きちんと見極めたほうが良いって言ったでしょ?

うまくいけば、大神官お墨付きの聖女が辺境伯領(ここ)にいてくれるんだよ。結界も強化できる、かもしれない。

良いことづくめじゃん。“一応”大神官のお墨付きなんでしょ〜」


 王国の北辺でも半ば独立国の権限を与えられているラルゴ辺境伯領の行政補佐官だ。

 この王国での序列では、辺境伯は公爵と侯爵の間に置かれる。

 実力は公爵領にも引けを取らないラルゴ辺境伯領を保持するためにも、情報収集は欠かせない。


「9年前にやらかした大神官など当てになるものか」


「あれは大聖女の急逝を受けてだよ。

今は老体に鞭打って必死にやってくれてるんだから。

まあ、後進を見つけるとか、育成してなかった責任は大きいけれど、こればかりは“神の御技(みわざ)”としか言いようがない。

大被害を受けたこっちは恨みたくもなるけどさ」


「……俺は書状よりも、アニマの報告を待つ。

彼の人を見る目は確かだ。さっきも助け舟など一切出さなかった」


「だね〜。

じゃ、こっちの書類もよろしくお願いしま〜す」


 明るく言い放ち、執務机に厚みのある書類挟みをどかっと置くと、「じゃあね〜」と言いながら退室していった。


 クラヴィは両肘を机に突き、両手を組み合わせ額を載せる。


「…………何が“神の御技(みわざ)”だ。人をバカにするのもいい加減にしろ。命を(もてあそ)んで何が“御技”だ」


 低く(つぶや)き深く大きく呼吸すると、次の書類に取り掛かった。


 〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜


 そのころ私は、城の通路で神官アニマ様にある少年を紹介されていた。


「ステラ殿。こちらはクラヴィ様の弟君のグラツィオ・ラルゴ様です。

グラツィオ様。こちらは“内密”に“特別”な修行にいらした聖女ステラ殿です。

“内密”ですので、女性の神官様と市民には紹介しています。

よろしくお願いしますね」


 長い金髪をひとつ結びにしているところや、目許、特に緑の瞳は兄そっくりだ。


「はい、アニマ様。

よろしくお願いします、神官ステラ様」


 お辞儀(カーテシー)の姿勢から直った私は、差し出された手と握手する。

 少年なのにしっかりとした剣ダコがあった。

側に控える警護の騎士は私達のやり取りを静かに見守っている。あとで報告されるのだろう。


 ラルゴ辺境伯家の家族構成は頭に入っている。


 現在は、領主のクラヴィ様と弟のグラツィオ様、23歳と10歳のお二人のみだ。

 9年前の魔物の大襲来で、前辺境伯の父と母、兄や姉が亡くなっている。いずれも魔物に襲われ、いや姉以外は戦った上での戦死だった。

 グラツィオ様も鍛錬されていらっしゃるのだろう。


「はい、よろしくお願いいたします。グラツィオ様」


 手を離すと、にこっと人懐っこい笑顔を向けてくる。

 兄のクラヴィ様とは大違いで、この対比もあっての、“氷河”なのだな、とも思う。


「ステラ様にお願いがあるんだけどいいですか?」


 早速踏み込んでくる。私は心中警戒体制を敷く。

 無邪気に見せかけての嫌がらせも、とても多かった。


「どういったことでしょうか?私にできることなら、叶えて差し上げたく存じます」


「聖女様って神様から下賜された楽器を持ってるんでしょ?聞かせてほしいな」


 そうだよね。そう思うよね。当たり前の願いだが、断るしかない。


「先ほどアニマ様が仰せの“特別な修行”とは、下賜された“聖具”を弾きこなすことなのです。

ですので申し訳ありませんが、お願いはご無理でございます」


「そうなんだ……。残念。9年前にいらした聖女様の演奏はすばらしかったって聞いてたから、つい……。ごめんなさい。それで楽器はなにですか?」


 がっかりした表情を見せたあと、さらに突っ込んでくる。

 が、“聖具”については(おおやけ)にされている。祝祭の時に演奏するほどだ。話していけないこともない。


「私の“聖具”は珍しいもので、角笛でございます」


 がっかりするか、驚きの後に侮られるか、反応を見ていたが、緑の瞳を輝かせる。


「角笛なんだ。かっこいいね。騎士団でも合図に角笛を使う時もあるんだ。

“修行”って練習でしょ?先生、紹介しましょうか?」


 ここで付き添う騎士が、グラツィオ様の耳許で(ささや)く。


「グラツィオ様。騎士団は本日、“防壁”外での訓練を行なっておりますので……」


「あ、そっか。じゃ、お手紙で知らせるね。

あとは、その、僕の、ピアノの先生になってもらえますか?

聖女様って、音楽の素養がすごいんでしょ?」


 この純粋で残酷な質問に、私は優美に微笑む。


「…………グラツィオ様。聖女認定で“聖具”を下賜された者は、その“聖具”以外の楽器は演奏できなくなるのです。

ですので今の私はピアノも弾けません」


「……そうなんだ。だったら、だったら、感想は聞かせてもらえますか?お世辞抜きの!

みんな、すばらしい、お上手です、とかしか言ってくれないんだ……。

もっと上手に、なりたいのに……」


 ああ、なるほど。気持ちはとてもわかる。音楽が本当に好きなのだろう。


「アニマ様、お時間はまだ大丈夫でしょうか?」


「1時間くらいなら問題ありませんよ」


「ありがとうございます。

では、グラツィオ様。感想だけでよろしければ、お聞かせいただけますか?」


「うっわ〜!ありがとうございます!音楽室はこっちです!」


 急ぎ足で進み始めたグラツィオ様の後を追う。

私は付き合わせることになった側仕えの騎士に、小さく会釈する。


「ご予定を変更し申し訳ありません」

「いえ、お構いなく」


 騎士は短く返答し足早に歩き、グラツィオ様に追いつく。きっと私のことを知っているのだろう。


 音楽室にあったピアノは、グランドタイプではなく、アップライト(縦型)だった。

 辺境伯家なのに、と思うが、9年前にこの城は被害にあったのだ。


 ただアップライトでも良い音が出ると評価も高く、良心的な工房の小さな銘が、金色に彩色されていた。

 グラツィオ様は自慢げに話す。


「このピアノ、兄上が買ってくれたんだ。僕がお友達の家で弾いてるって話したら、その時は黙ってたんだけど、誕生日に見せてくれたの。

すっごくびっくりしたんだよ」


「さようでございますか。お優しい方ですね」


 “氷河”の辺境伯も身内には優しいらしい。

 魔物の大襲来で生き残った二人だ。絆が強いのかもしれない。人間的な部分も残っているのだ、とどこかでほっとする。


「うん、そうなの。いつも真面目な顔してるけど、とっても優しいんだ。じゃ、ちょっとだけ指ならししてから弾きます」


 グラツィオ様は音階やアルペジオなどの基礎練習をしたあと、初心者向けのソナタ集から、明るく元気な曲を奏で始める。


 楽しい雰囲気は伝わってくるのだが、タッチが少し荒々しい。リズムも指運びが難しいところが正確でない。

なめらかに、と指示のあるメロディが途切れがちだ。

 最後に和音の連続で締めて曲は終わった。


「ステラ様!ねえ、どうだった?!どうだった?!」


「さようでございますね。いくつか気になる点はございますが、明るく元気で楽しい雰囲気は表現できていたかと存じます」


 去年から弾き始め、自己流だとしたら、正直、大したものだと思う。


「ありがとう。で、気になる点って教えてくれますか?」


 こうなったらついでだ。

 何より真面目な態度とわくわくした表情に、口頭で教えるだけなら大丈夫だろうと思う。


「かしこまりました」


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