表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/40

★第4話★ ラルゴ辺境伯領へ


 ラルゴ辺境伯領——


 王国の北の(はし)、氷河をいただくペザンテ山脈が連なる。

 平地もあるが、森が多くを占め、林業や牧畜、農業で生計を立てる者が多い。

 そして、度々、魔物が出現する土地だった。

 大規模な襲来は9年前だ。


 ここに人事異動された者は、二度と王都には戻れないとされている。


 私の異動は、王立学園で第二王子と交際し、婚約者となった聖女ピア様の発言が原因だった。



「ステラ様はまだ“聖具”を奏でられないのでしょう?本当に残念ですわ。

角笛ならば普段から奏でている、家畜を追う牧人(ぼくじん)に習うのがよろしいのではないでしょうか。

そう、ラルゴ辺境伯領なんかピッタリじゃありませんこと?」



 彼女は大神殿でも、王立学園でも優秀な成績を修め、“首席聖女”となっていた。


 ただし、座学では私の上はいけなかった。

 目の上のコブだったのだろう。


 “首席聖女”で王族の婚約者の発言——


 聖鳥の一声が大神殿に響き渡る。

 私は王国の北の果てに、飛ばされることとなった。


〜〜*〜〜


 馬車の旅には、近衞騎士団から派遣された数名の騎士が同行した。

 警護という名の逃亡防止の見張りだ。

 ひょっとして“消されるのか”とも思ったが、角笛の不思議を報告されていたのか、手出しはされなかった。


 旅の当初、私は正直やさぐれていた。心の底からやってられないと思った。


 あれだけ努力を続けたのに、本当に神様はいるのだろうか、グレースお母様の(もと)へ行きたいとも願った。

 それとは裏腹に、御者や騎士達には、礼儀正しい態度は(たも)った。隙は見せたくなかった。


 命を絶たれるにしろ、私をイジメたピア様達の息のかかった者の手にはかかりたくない。

 薄汚い人達にはこの命は渡さない。命を断つ時は自分で決める。


 この時の私は、もう自分自身と角笛しか残されていない、と思っていた。



 長い旅路もまもなく終わる。

 ラルゴ辺境伯領に入り、最後の宿泊地に泊まる。

 近衛騎士の威光かもしれないが、田舎町のホテルは清潔で対応も親切だった。


 辺境伯領に入って、いくつか気づいたことがある。

 大きなものは、馬車の乗り心地だ。


 入るまでは、王都から遠ざかるにつれ、街を出ると揺れがひどくなった。街道の状態が悪かったためだ。


 雨が降り水はけが悪く、車輪が泥にはまったこともあった。

 騎士達が必死になって馬車を動かそうとしたが、なかなか上手くいかず、私も馬車を降り車体を押した。


 緊急事態だ。やさぐれてばかりはいられない。

 ピア様の手先かもしれないが、彼らも命令には服さなければならないのだ。

 覚悟していたが、やはり迷惑そうに怒鳴られる。


「衣服が汚れます!怪我をされても我々の責任になります!離れてください!」


「私は自分自身になら《浄化》も《治癒》もできるんです!でもあなた方を癒す力はありません!

風邪を引いて休めば到着が遅れます!

一刻も早く馬車を上げる手伝いしかできないんです!」


 迷惑そうな騎士達も、私が本気と見てとると口を閉じる。

 御者の合図に合わせ懸命に押す。

 やっと泥から出られた時には、全員に自然と笑顔が浮かんだが、すぐに各々の立場を自覚し距離を置かれる。


 しかし泥だらけになった私が、自身を《浄化》する光景には驚きを隠せていなかった。

 白い光が私を包むと、泥汚れも取れ濡れてもいない。

 ポカンとしている騎士達を置いて、私は馬車へ乗り込んだ。


 ラルゴ辺境伯領に入ると街道はきちんと整地され、こんなトラブルとは無縁だった。

 こういう点にも領主の統治が(うかが)える。


 人間嫌いで冷酷、笑ったこともないと言われている、“氷河”の辺境伯、クラヴィ・ラルゴ——


 だが、領主の職務はまじめに果たしているようだ。

 浮浪児も他の領地よりも少なく、学校もあった。耕作地も多い。


 ただ私の噂がどこまで届いているかわからず、どう思っているかもわからない。


 期待はしない。外れたときに辛い。この繰り返しで身に染みた。


 私は派遣された神殿の務めを果たせばいい。失敗すれば神官に報告され、聖女の地位からも追われる。


 そうすれば、おそらくは王子妃になったピア様や、義母マルカ、義姉ラレーヌ達により、貴族籍を剥奪されるだろう。

 お父様がくださった財産もあるが、何かの理由をつけて没収されれば、路頭に迷う浮浪者となるだろう。


 私は深呼吸を繰り返す。


「ステラ。悪いほうの未来を繰り返し考えるのはやめましょう。

想定だけして、職務を行い、隙を見せない。

今までもそうして、生きてはきたんだもの……」


 馬車の座席に置いた、角笛の入ったケースをなでる。


「あなたもご苦労様ね。ここまで連れてこられるとは思ってなかったでしょう?

聖女がラルゴ領に来たのは、ここ100年でも数回だけ。

それも常駐せず、魔物の襲来後の《浄化》と重傷者の《治癒》のみ。

終われば王都に帰還してるものね……」


 王都と地方の“聖女格差”は激しい。

 王都から遠くなるにつれ、“聖女”の常駐人数は減少し、遠くても王都から1週間から10日の距離の範囲内だった。


 ここ、ラルゴ領で、私ができることは何だろう——


 大神殿での修行、王立学園の授業、読書で得た知識を結集し、さまざまなケースに合わせた段取りを想定しておく。


 イジメにより、授業や勉強のノートは何度も被害を受け、知識は頭に叩き込むしかなかった。

 それを少しでも利用し、あとは臨機応変に対処していくしかない。


 心が定まってから車窓を眺めると、遠くに石の壁が見えてきた。


「あれがラルゴ領の領都ね。

三重の高い“防壁”に守られ、外側から、農地、市民居住地、騎士団や貴族居住地に分かれ、中心には行政機関もある、辺境伯の居城がある。

領都自体が巨大な城とも言える構造となっている。

王都の王城とは異なり、魔物と戦うための城だが、9年前の魔物の大襲来時は、飛龍により結界を破られ、城も被害を受けた。

住民の人口は……」


 口に出して暗誦し知識を再確認している間に、馬車は壁門に到着した。

 ここにも結界があり、魔物が荷馬車などに紛れ込んでいても、(はじ)かれて入れない。


 検問している衛兵に、警護の近衛騎士が騎士礼の上、来訪理由を告げ書類を見せると、すぐに通された。

 石畳の道を進むと、本にあったとおり農地が広がっていた。


 私は車窓から眺める。


 人の手の入った緑を、何の危険もなく眺められるのは、何年ぶりだろう。

 大神殿や王立学園の庭園は、私にとっては危険地帯だった。

 どちらも神官様や先生の目が届きにくく、イジメの現場には格好の場所だったためだ。


 なるべく近づかないようにしていたのだが、ここでは違う。

 いや、違うようになりたい、したい、と心から願う。


 グレースお母様やお父様と散歩した、記憶の底に押し込めていた、コルピア侯爵家の庭園を思い出し、懐かしくて瞳が潤んでくる。


 これではいけない。


 これから会う神官様に、辺境に飛ばされ悲しんでいる、とか、悔しがっていると思われたら大変だ。

 大神殿に対する反抗の意思があると受け取られ、報告されれば処分の対象となるだろう。


 私は車窓を覗くのをやめ姿勢を正し、気持ちを落ち着かせる。


 第二の壁門、第三の壁門を越え、騎士団や貴族の居住地に入る。

 ラルゴ神殿は貴族居住地の城寄りにあった。


「まもなく到着です。準備をしてください」


 車窓越しに近衛騎士に呼びかけられる。

 手鏡などは最初のものを割られて以来、持ってはいない。

 安全に姿を確認できる鏡は、部屋の洗面台しかなかった。


 車窓に映る透明がかった自分の姿を確認する。

 金髪は結いあげ、乱れはない。

 化粧道具も持ち去られたり奪われたりしていたため、素顔のままだが、まずは及第点だろう。


 大神殿を出た時の私の荷物は少なかった。

 角笛の収納ケースと下着や聖女の白い着衣を入れた布袋のみだった。ほぼ着の身着のままだ。


 “底辺聖女”で“癒しの力”による、神殿での務めもできなかったため、手当ても出なかった。

 それ以外の務めは進んでしていたのだが、これも嫌がらせなのだろう。

 しかしラルゴ領での新生活のためには、資金が必要だ。


 私は大神殿を出発したあと近衛騎士に頼み、お父様が口座を作ってくれた信託銀行に寄り、数枚の小切手と現金を手に入れていた。

 隠し場所は角笛を収納しているケースで、角笛の下と周囲に仕込んだ。ここが一番安全だった。


 ラルゴ領の春は遅い。

 コートを始めとした防寒用の衣類は必要だろう。神官様の許可を得て、買い物へ行こう。

 

 沸き起こる不安と緊張を(なだ)めていると、馬車が停まる。


「聖女ステラ殿。ラルゴ神殿に到着しました」


「ありがとうございます」


 手を貸してもらいながら、馬車から降りると、先触れを出してくれていたのか、神官様が出迎えてくださった。

 よく日焼けした50代くらいの男性だ。挨拶の声も大きく明るい。


「ようこそ、ラルゴ神殿へいらっしゃった。

おりゃあ、あ、失礼、私はアニマ・ジュストと言います」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ