★最終章★ 氷河のほとりで
★最終回です★
雪雲が取れ晴れ渡ったある日——
澄み切った空気の中、私とクラヴィ様は二人っきりでペザンテ山脈に登頂した。
以前、前辺境伯夫妻や兄姉様、ご家族がご存命のころ、夏に登ったことがあると、クラヴィ様が寝物語に話してくださった。
「冬はもっと美しいそうだ。
案内人の“おじじ”と呼ばれる山羊飼いが、そう話していた。
何度か見たことがあるそうだ」
「山羊飼いの“おじじ”?
クラヴィ様!その方はたぶん私の角笛の先生の先生ですわ」
私は角笛を教えてくれた牧人アシル様の話をする。
“おじじ”様がどういった方だったかも聞き知った範囲で伝えた。
「そうか。そういう人間が美しいというなら見てみたい。ステラはどうだ?」
「私も行ってみたいです。クラヴィ様と共に……」
そうして騎士団副団長ジョッコ様と行政府補佐官ランザ様の協力を得て、『人払いをしている』という口実の下、二人でラルゴ城を抜け出してきた。
二人の魔法を駆使して、ペザンテ山脈の頂上に立つ。
極寒の地だが、寒くはない。
私はクラヴィ様にも《常春》を纏わせていた。
ほのかに青みを帯びた氷河は、クラヴィ様の美しい銀髪のようだ。
氷河の先端に氷河湖があり、空を映し取ったような、青く澄み切った水をたたえていた。
「ここで、その、ステラに聞いて欲しい曲があるんだ……」
氷河湖のほとりに座り、クラヴィ様がリュートを奏で、歌い始める。
バリトンの響きが湖の上を渡り、寄り添う私の耳にも優しく届く。
しばらく聞いてあの曲だと気づく。
『今まで私は硬い氷の鎧を身に纏い』だ。
——この歌詞は、私には少し、いやかなり、厳しいものがある。
そんなことを仰っていたのに、いつのまに練習なさっていたのだろう。
繊細で華やかなリュートの調べに合わせ、切ない気持ちを恋歌は綴る。
『今まで私は硬い氷の鎧を身に纏い
恋の喜びも、愛の素晴らしさも知らなかった。
誰の心も私には届かず、この硬い氷の鎧は傷さえつかなかった。
それをあなたは、ああ、美しく優しきあなたは、
いとも容易く溶かしてしまった。
あなたの涼やかな双眸に、典雅な微笑みに、
私の氷の鎧は射抜かれ溶け去ってしまった。
春風の君よ、我が恋慕う君よ、どうかこの想いを聞き届けておくれ。
あなたに出逢う前は、硬い氷の鎧を身に纏っていた私を憐れむのなら。
あなたの前では、氷の鎧など意味をなさない。
春の女神、勝利の女神、そして愛の女神よ。
あなたを恋慕う私の願いを聞き届けておくれ。
硬い氷の鎧を身に纏っていた私の願いを……」
後奏のリュートの音楽が柔らかに終わりを告げ、豊かな余韻を懐かしむ。
「……聞かせてくださってありがとうございます、クラヴィ様。とても素敵な歌でしたわ」
私を見つめる緑と赤の金銀妖瞳の熱い眼差しこそ、不器用な優しさこそ、私の孤独も悲しみも溶かし癒してくれた。
「ステラ……。愛してる……」
「私も愛してます……。
この白い氷河は、私にとってのあなたそのものです。
少しずつ溶けて美しい湖となり、豊かなラルゴの源として大地を潤し……。
あなたの優しさのように……」
私が微笑みかけると、クラヴィ様はリュートをそっと置き、私に軽く口づける。
「……迷いに迷い、頑なになっていた俺を、ステラがその輝きで導いてくれた。
また夏にこよう。共に星を見て音楽を奏でよう」
「はい、クラヴィ様……。
もう一度聞かせて、いえ、一緒に奏でさせてくださいませ……」
「ああ、ステラ……」
リュートと角笛の合奏に、クラヴィ様の歌声が加わり、風に乗り、青き湖面を渡る。
私達が奏でる音楽と想いは、白く蒼き氷河と、星を隠した澄み切った青空に溶け込んでいった。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
(*´人`*)
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