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★第3話★ 大神殿と王立学園


 お父様との別れのあと、皆が起き出してくる前に、私は侯爵邸を出た。

 まとめた荷物を抱え、執事長の手配で馬車に乗り、王都の大神殿に到着する。

 てっきり一人で神殿に入る手続きをすると思っていたのだが、執事長が付き添ってくれ、書類などを説明し、お父様の代理人として振る舞ってくれた。


「ステラお嬢様。ここで一旦はお別れでございます。すばらしい聖女におなりあそばすことを、心よりお祈り申し上げます」


「私こそありがとう。お父様と、モルデンと、コルピア侯爵家を、どうかよろしくお願いします。

お父様を助けて差し上げてください」


 私はお辞儀(カーテシー)をし執事長に頼んだあと、神官様に案内され、新しい生活が始まった。



 と、期待通りだったのは、ほんの数か月だけだった。


 聖女候補者達は修行中も、年に数回ある祝祭後のお休みに、希望者は実家に帰れる。


 そこで開かれるお茶会や夜会で、外面(そとづら)のいい義母マルカや義姉ラレーヌが、聖女候補者達に私の悪口を吹き込んだ。

 まもなく神官様の目のつかないところで、早速嫌味が繰り出され、嫌がらせも始まった。


 ただあの二人のイジメに比べれば、微風(そよかぜ)のようなものだ。


 また聖女候補者は貴族令嬢が圧倒的多数だが、平民出身もいる。

 だが、私はそのどちらからも爪弾きにされ、孤立した。友達になってほしくて声をかけても避けられてしまう。

 神官様がいなければ、貴族はあいさつも無視だ。さすがに平民は小声で返してくれたが、そそくさといなくなる。


 唯一の救いは、お父様が『内密に願うが』と大神殿に率直に家の事情を伝え、かなりの額の寄進を続けてくれていた。


 このため、私を陥れようと、他の聖女候補達が神官様に訴えてもほぼ取り上げられないか、聴取されても堂々と対処し疑いを晴らした。


 これも、悪質なイジメをしていた義母マルカと義姉ラレーヌのおかげと言えば、そうかもしれない。

 絶対に感謝はしないが。



 私はイジメられればイジメられるほど、修行に熱心に取り組んだ。

 1年後には嫌がらせで、掃除に使った汚水を頭からかけられても、《浄化》できるくらいにはなっていた。


 神官様も非常に驚かれていたが、必要に迫られてのことだ。せめてもの神の恩寵だろうと感謝しつつ、修行にさらに打ち込んだ。


 勉学も決して(おろそ)かにはしなかった。

 グレースお母様の『努力を続ける』という言葉と、家庭教師の先生方の『知識は裏切らない』という言葉に励まされていた。


 聖女に認定され、さまざまな人々を癒すためにも、王国の各地方についても勉強した。

 “癒しの力”を求め、国中から巡礼者として大神殿を訪れる。

 この巡礼者を癒す聖女の助手も修行の一つだ。

 当番のときもあれば、押し付けられるときもあった。


 『聖女になれたときのため』と思い、目を背けたくなる病人や怪我人に、心を込めて対応した。

 感謝は“癒しの力”で治癒した聖女に向けられたが、私にも『ありがとうございます』と声をかけてもらえるときもあり、何より嬉しかった。


 自由時間は興味のままに、図書室でさまざまな本を読みふけり、また音楽の練習をした。


 ピアノに始まり、“聖具”として与えられることの多い、ヴァイオリンやフルート、オーボエは一通りの曲は奏でられるようになり、他の楽器にも取り組んだ。


 音楽の演奏は、読書と並び私の幸せだった。


 楽器を繰り返し練習し、1小節ずつでも習得し、想いを込めて奏でられるようになる喜びは何よりも代えがたかった。

 時折神官様に『コルピア侯爵令嬢。練習のし過ぎですよ』と止められたほどだ。


 音楽は私の癒しであり、活力の源であり、分かちがたい、私の一部となっていた。




 それなのに——




 あの、聖女認定式で、その、音楽全てが、奪われてしまった。


 与えられた角笛に取り組んでみたが、音が出てくれない。吹き込む息遣いだけだった。

 管楽器の一種だから、と考え、オーボエやトランペット、ホルンの練習を思い出し、繰り返し、唇が腫れて痛むほどやっても、徒労に終わった。


 そして、あの『“聖具”である楽器しか弾けなくなる』ことは、本当なのか、恐怖を押しのけて試してみた。


 音楽に飢えていたためだ。

 心の底から欲していた。


 だが、事実は残酷だった。


 ピアノの鍵盤を押しても、ヴァイオリンの弦を弓で弾いても、オーボエのリードにタンギングしても、まったく、音がしなかった。


 カスッという、キーの打鍵音だけ——


 ギーという、弦と弓のこすれる物理音だけ——


 フウゥという呼吸音だけ——


 そこに、音楽は、なかった。



 それでも気力を振り絞り、角笛に取り組んでも、一音さえ出せない。



 絶望のまま迎えた、王立学園魔法科の授業は、少しの気分転換は与えてくれた。

 だがそれも最初の数か月だけで、“聖具”の楽器を弾きこなし、治癒魔法が増大していく同期の聖女達に、次々と追い越されていった。


 理論と技術は習得できたが、それを(たも)たせる魔力が足らず、短い間で終わってしまう。


 “底辺聖女”と言われるようになったのは、私が治癒魔法の総合的な成績で、最下位になってからだった。

 たとえ座学が最優秀でも、実践が落第スレスレ、いや落第させると面倒なので、最低点をお情けで付ける、という実情だった。


 悔しくて、悔しくて、悔しくて——


 大神殿の与えられた部屋で一人になれたときに、一晩泣き明かして目が腫れても、治癒魔法でなかったこととなる。



 そこに、義姉ラレーヌの存在が加わった。

 私が聖女候補となったことは、彼女のプライドを深く傷つけたようだった。


 しかし、私が角笛を“聖具”として下賜されたと聞いた時、ラレーヌは笑いが止まらなかった、と再会したその日に、私に(ささや)いた。



「下賜されたのが野蛮な角笛で、音も出せないなんて、最高の神様ね。

弟を殺そうとして、お母様とお父様と私を苦しめて、嫌がらせを続けた悪辣(あくらつ)なあなたに、本当に慈悲深いこと。

あなたみたいな悪辣令嬢が聖女になれると思ってるの?」



 たとえ美しくなってはいても、底意地の悪さは変わらない。

 外面の良さも健在で、女優のようだった。


 イジメも加速した。


 自身を癒せる治癒能力はあったため、階段から突き落とされるのは、序の口だった。

 私でなければ、何度死んだだろう。


 時には絶望し、治癒魔法を発動させなくても、たとえ首が折れても、お優しい聖女様達が治癒してくださる。


 死の一歩手前と、再生を繰り返す。

 本当に、地獄の、日々だった。


 生き延びられたのは、グレースお母様と家庭教師の先生の言葉、そして本と授業の内容のお陰だった。

 それを頼りに、いや、しがみついていた。


 治癒魔法以外の魔法にも取り組んだ。

 属性が無くても、訓練を重ねれば、基本のキ、の実践技術は身につけられたからだ。


 在学が重なった2年間、義姉ラレーヌは噂を流し続けた。


 『ステラは悪役令嬢どころか悪辣(あくらつ)令嬢だ。

生まれたばかりの弟を殺そうとし、義母や義姉に「意地悪な継母(ままはは)と義姉だ」などと嘘を言い嫌がらせを続けた。そのため神殿に預けられ、たまたま治癒魔法が発動した。

それを証拠に、下賜された“聖具”を奏でられず、魔力はまったく増えていない。神罰が下ったのだ』


 そういう“お話”になっていた。

 それでも、“底辺聖女”と呼び続けられる、治癒魔法の授業より少しはマシだった。


 理論はたとえ実践できないレベルでも頭に叩き込み、座学の試験ではトップを争えた。

 実技は最下位というアンバランスを、さらに嘲笑(あざわら)われたが、新しい学びは嬉しかった。


 聖女達はいなくても、義姉ラレーヌの“お話”を信じた生徒達の嫌がらせはあったが、教師の前では露骨にはされない。


 逆に取り扱い注意人物と教師に“目をつけられた”分、安全ではあり、『噂とは違うようだ』と思ってくださる先生も数人はいた。

 それがほんのわずかでも救いだった。


 学園生活では、お母様と家庭教師の先生の言葉に励まされ得た知識と、噂に惑わされない、ほんの一握りの誠実な方々が私を支えてくれた。



 大神殿でも少しずつ、私の待遇も変わっていったが、王立学園ほどではなかった。


 それは、嫌で嫌でたまらなくなっていても、角笛の練習を続けたことと、お父様の寄進が続いたためだろう。


 大神殿での慰めは文通だった。

 相手はお父様と、領地に移り住んだ弟モルデンだった。

 お父様に頼み作ってもらった頑丈な金属製のからくり箱に手紙をしまった。


 そうしなければ、嫌がらせで奪われていたことだろう。


 角笛に関しては、不思議なことがいくつかあった。

 私に悪意のあるものが持とうとしても、重くて持ち上がらなかった。

 また物理的、もしくは魔法で壊そうとしても弾き返し、魔法を用いた者はしばらく魔法が使えなくなっていた。


 そこから神官様に知られてしまい、さすがに“聖具”を壊そうとした者として、大神殿から追放された。

 中には聖女も一人いたが、彼女の“聖具”が消え、魔力の一切が無くなった事件から、この角笛に手を出そうという者はいなくなった。


 学園に持ち込められればよかったのだが、“聖具”の管理は厳格だった。

 神殿の外に持ち出すには神官様の許可が必要で、正当な理由がなければ無理だった。


 他にも、練習室に私が忘れてしまったとき、いつのまにか部屋にあった。必ず私のところに戻ってくるのだ。


 角笛に付きまとわれている気も少しはしたが、他の聖女達の話を食堂の片隅で聞いていても、神官様に念のため確認しても、他の“聖具”の楽器にはそういったことはなかった。



 そんな3年間を過ごし、王立学園でも単位だけは取得し、卒業できた日——


 私に下った人事命令は、ラルゴ辺境伯領の領都にある、小さな神殿への異動だった。


 私は磨きに磨いたお辞儀(カーテシー)の姿勢を取り、(うやうや)しく答える。


「聖女ステラ。確かに(うけたまわ)りました。

長い間、大神殿で修行させていただき、誠にありがとうございました」


※文中に出てくるタンギングとは、『管楽器の演奏で、舌による音の出し方』という意味です。


ステラの王都時代を読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m

次回からラルゴ辺境伯領です。よろしくお願いします。

(*´人`*)

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