★第38話★披露宴
「グラツィオ様。どちらもグラツィオ様のピアノなのですから、お好きなほうを弾けばいいと思います。
もしよろしければ、弾いていないときはどちらかをモルデンに貸していただけますか?
ヴァイオリンが好きなのですが、この子がよければピアノも教えてみたいと思ってますの。
ねえ、モルデン。ピアノで連弾とかしてみたくない?」
「してみたい!あ、弾いてみたいです。
ヴァイオリンは大好きだけど、ピアノもやってみたい。
だってピアノと同じ曲が多いんだもん」
「よろしいですか?グラツィオ様」
「はい。ステラ義姉様。
モルデン君、僕はグラツィオと言います。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。グラツィオ、様?
えっと。グラツィオ君って呼んでもいいですか?」
「いいよ。音楽室に行ってみる?」
「うん、行ってみたい!」
リュートとピアノの楽譜を抱えたグラツィオ様に先導され音楽室に向かう二人の背中を、私とクラヴィ様は眺める。
「仲良くなれそうだな」
「さようでございますね。お心遣い、ありがとうございます」
「最大のライバルをグラツィオに預けられて一安心だ」
「まあ、クラヴィ様ったら」
私の金髪をすくい、口付けをし微笑みかけてくださっていると、久しぶりに帰還した主人の変化に戸惑う気配がしてくる。
そう、クラヴィ様は私には人前でも涼やかな笑顔を向けてくださるようになっていた。
他の方にはまだ無表情が多いが、カレン様とランザ様は大進歩だと仰る。
「クラヴィ様のあんな笑顔は、“大襲来”前に見たきりでした。
ありがとうございます、ステラ様。
クラヴィ様に笑顔を取り戻してくださって」
「ホントだよね〜。小さな一歩だけど大きな進化だよ。
あのヘタレがここまで変わるって思わなかっ」
パシッ!
カレン様がランザ様の頭を軽く叩き、私達は笑い合っていた。
〜〜*〜〜
夕食では、グラツィオ様とモルデンがすっかり仲良くなり、互いに“君”が取れて、「グラツィオ」「モルデン」と呼び合っている。
「楽器が早くくるといいね」と素直に喜んでおり、私は内心ほっとしていた。
『夜も一緒に眠る』という仲良しぶりに、クラヴィ様も私も顔を見合わせ、微笑みあっていた。
そして、いよいよ迎える“本当の”夫婦の時間——
念入りにマッサージされ、磨き立てられた私が夫婦の寝室へ行くと、いつものようにクラヴィ様が待っててくださった。
横に座ると、長い銀髪に湿り気を感じる。
私が《温風》で乾かしていると、そっと頬に口付けされた。
「ステラ。あなたがほしい。いいか」
「はい、クラヴィ様」
心臓の鼓動がクラヴィ様に聞こえるのではないかと思うくらい緊張している私を、優しくエスコートし、ベッドに横たえてくださる。
「……愛してる。愛してるんだ、ステラ」
「私もお慕いしています、クラヴィ様……」
「クッ…………」
繰り返される唇への接吻が軽やかさから、熱い想いを込めた深いものに変わっていく。
接吻の合間に見える、金銀妖瞳の緑と赤の眼差しが、今までにないほど熱を帯びる。
このあたりから、私はクラヴィ様の想いに応えるため、我も忘れるように必死だった。
翌朝——
クラヴィ様が仰った「覚悟しておくように」という言葉と、カレン様からの「私は身体中が痛く、ベッドから離れられたのは昼過ぎでした」という体験談を改めて噛み締める。
あちこち軋む身体を《自己治癒》し、“本当の証”を《浄化》していると、クラヴィ様がお目覚めになる。
「……ステラ、おはよう」
「おはようございます、旦那様」
「……ッ」
クラヴィ様が私の手首を取り、逞しい胸に飛び込ませるように抱きしめる。
「あなたときたら、こんな朝に『旦那様』とか言うなんて……。
また俺のものにしたくなってくる」
私の言動がクラヴィ様の何かを押してしまったようだ。
「クラヴィ様?もうそろそろ、ベッドから出るお時間ですわ。朝の“祈り”もございましょう?」
「…………国など滅してやりたい」
物騒な言葉をつぶやき、私の頭頂部に何度も接吻を繰り返す。
「クラヴィ様。夜はまたやってきますわ。
今夜こそ私がお待ちしてますね」
「いや、俺が先だ。一分でも一秒でも早く逢いたかったんだ」
「……クラヴィ様」
『いけない。このままでは流されてしまう』と思った私は、歌を歌う。
白い光が辺りを照らし、クラヴィ様の腕が緩んだ瞬間、抜け出してベッドから降りる。
カーテンを開けると、やはり銀世界でしんしんと雪が降っている。
「美しい……ですわ。民は大変ですのに。
贅沢にもそう思ってしまいます」
「こうしてステラと見ると美しいな。あなたがいると、どんな景色でも美しい」
「もう、クラヴィ様ったら。それは景色ではなく私を見ているのでは?」
クラヴィ様が耳元でそっと囁く。
「その通りだ。ステラは俺の眼差しのすべてを奪ってしまうんだ」
「クラヴィ様……」
始まった接吻を止めたのは、私の小さなくしゃみだった。
窓際で冷えたのだろう、とすぐに《温風》で温められ、カレン様を呼び、寝衣から着替える。
『虎口から脱したウサギの気分だわ』と思いながらも、二人っきりになれる祈りの時間が楽しみでもあった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
一部の方々が待ちに待った披露宴は、新年の祝いと一緒に行われた。
真っ白で繊細なレース遣いのウエディングドレスに、白魔狐と白魔兎の毛皮をたっぷり使ったボレロを纏った私と、白い礼装姿のクラヴィ様が、ラルゴ城の大広間の壇に並ぶ。
「ステラ、綺麗だ。そうしていると冬の女神のようだ」
「クラヴィ様も素敵ですわ。私、旦那様に何度恋すればいいのかわからないくらいですのよ」
「ステラ……」
クラヴィ様の私に向けるとろけそうな笑顔に、「おお〜っ!」という声が上がる中、新年のあいさつをクラヴィ様が堂々と述べる。
そこからは家臣団のあいさつを身分の順番に受けて行く。
ほとんどの皆様が祝福のお祝いをくださるが、時折、年ごろの女性で私をにらむ方もいる。
しかし笑顔から切り替わったクラヴィ様の酷寒の眼差しに震え上がって退散する。
「おめでたいんだから、いちいちイライラしないの〜。
バカはどこにでもいるんだって」
「ステラへの不敬など、俺より許せん!」
「はいはい、冷気はもらさないでね〜。ほら、せめて“普通”の顔して!」
花婿の付き添いをしている、行政補佐官ランザ様がとりなし、花嫁の付き添いのカレン様が微笑む。
「ステラ様、お気になさらず。まともな方々は皆、ステラ様を歓迎してますわ。
先日も氷蜘蛛の群れの討伐に参加され大いに活躍し、負傷者を《治癒》されました。
『ラルゴの《氷河》の傍らには《常春》がいる』と言われているのです。
自信を持ってくださいませ」
「ありがとうございます、カレン」
お母様の形見のダイヤモンドのパリュールも後押しをしてくれている。
最後にグラツィオ様とモルデンが私とクラヴィ様に、4本の紅薔薇と8本の白薔薇でできた12本の紅白の薔薇の花束を、各々贈ってくれる。
「ステラお義姉様、とってもきれい。兄上をよろしくお願いします」
「クラヴィ義兄上、ステラ姉様を幸せにしてくださいね」
「はい、グラツィオ様。皆で幸せになりましょう」
「もちろんだとも、モルデン」
クラヴィ様は私の前に跪くと、花束を掲げる。
「俺の最愛、ステラ。いつまでも俺の星でいてほしい。あなたの思いやりと励ましは決して忘れない。
共にこのラルゴを護り生きていこう」
「クラヴィ様、私も愛してますわ。
ペザンテ山脈のように気高く勇ましく、そして優しいあなた。心からの尊敬を捧げます。
共にこのラルゴを護り生きてまいりましょう」
立ち上がったクラヴィ様が、私の唇に軽く接吻する。
ぽんっと真っ赤になった私の左薬指の『ドアーフの宝』から、金色の光が煌めき、色とりどりの花びらが舞い散る。
そして煌めきを纏った花びらが大広間中に広がって行き、家臣の皆は驚き喜びあう。
「ははっ、ドワーフも粋なことするもんだね〜」
「うふふ、そうね」
家臣の方々や新郎新婦に付き添う姉弟が笑い合う祝福の中、クラヴィ様が私の腰を優しく抱き、二人で寄り添い見つめ合う。
夫婦の仲睦まじさに万雷の拍手が沸き起こり、ラルゴ城に響いていた。
本章はこれにて終わりです。残るは終章、エピローグのみ。
もう少しお付き合いください(*´ー`*) ゞ




