★第37話★二人の弟
ラルゴに帰った時は冬の最中で、見渡す限り雪、雪、雪だった。
王都から離れるに連れ、雪の降る日が多くなり、そして少しずつ溶けないまま積もり、積雪が増えていった。
ラルゴ領内に入ってからは顕著で、街道も雪で埋もれている箇所がある。
そこはラルゴ辺境伯騎士団の方々が、先頭で火魔法や水魔法、風魔法などを駆使し除去しながら進んでいた。
「俺がやればあっという間なんだが、そうもいかないからな」
馬車で二人っきりになったとき、クラヴィ様がぽつりと仰った。
クラヴィ様は氷魔法だけではなく、火、水、風魔法を操れる多属性魔法の持ち主だ。
ただその中に《治癒》魔法がなく、魔物扱いされないため秘匿していた。それは今も続いている。
「他の方々にはとても良い訓練になるかと存じます。
疲れていらしたら、私と共に参ってくださいませ。
私を“隠れ蓑”になさればわかりませんわ」
「それもそうだな。助かる」
「“護国の祈り”の時は、私が助けていただいています。
ありがとうございます」
そう、ドアーフの長、メルツェルと最初に話したとき、すぐにクラヴィ様の多属性の魔法を見破りこう言った。
「あんたさん、多属性の魔法持ちやろ?
それもどでかいわあ。大神官にもなれまっせ」
「はああ?」
「いやあ、大聖女はんの旦那はんが大神官みたいなんは初めてや。あんたさんも“護国の祈り”の力がありまっせ」
「…………それは本当か?」
そこからドワーフに根掘り葉掘り問い続け、やっと納得したクラヴィ様と私だったが、この事実はさらに秘匿することにした。
大神殿に目をつけられれば、厄介極まりないためだ。
できれば一生、私とクラヴィ様だけの秘密にしよう、と決めていた。
そのため、朝夕の“護国の祈り”にクラヴィ様が参加してくださると、本当に楽なのだ。時間も短くて済む。
クラヴィ様とも貴重な時間が過ごせ、私はとても嬉しかった。
〜〜*〜〜
帰りの旅路には私の弟モルデンが加わった。
当たり前だが私と一緒にいたがる。
いろいろあったし、まだ8歳ということで不安も大きいようで、私にぴったりくっついていた。
馬車の中でも私の隣りか“膝抱っこ”をねだり、今までの空白を埋めるかのように会話を求める。
クラヴィ様も仕方ないと思ってか、付き合ってくださっていたが、夜も一緒に眠ってほしいと言うのだ。
寝つかせてそっと抜け出し、クラヴィ様とのベッドに戻る日々が続いていた。
クラヴィ様はモルデンのことも思い遣ってくださり、はっきりとした不満を表に出すことはなかった。
そのぶん夜のベッドで一緒に眠る時、強く長く抱擁され、昼間話せない代わりに、熱烈な睦言を仰ってくださる。
そして見えないところに“印し付け”をされ、私は翌朝の鏡を見て真っ赤になり、《治癒》をかけることが続いていた。
ある朝、鏡越しにクラヴィ様が問いかけてきた。
「ステラ、《治癒》をしないでほしい、と言ったらわがままか?」
「クラヴィ様……」
「いや、いい。ラルゴに帰ったら、思いっきりあなたを愛でることに決めてる。覚悟しておくように」
覚悟って何?!覚悟って!!
こっそり相談したカレン様が、「お任せください」と頼もしく引き受けてくださった。
「今からしばらく、クラヴィ様とステラ様はお仕事がございます。
モルデン様には、私と弟がラルゴのことを詳しくお話ししましょう」
行政補佐官ランザ様の馬車にモルデンを連れて行き、二人で相手をしてくださった。
その間、私はクラヴィ様の膝に抱っこされ、恥ずかしさに首筋から頬、時には耳まで赤く染めながら、愛の囁きを聞き、言葉を求められ返していた。
その合間にも接吻が唇以外に降ってくる。
額に始まり、まぶたに、目尻に、こめかみに、頬に、鼻に、あごに、左右の、手首に、手のひらに、手の甲に、五指に、数えきれないほどだ。
私からも求められ、やっとの思いで頬に唇を捧げたら、「一生の記念にする」と手のひらを握り締めていらした。
「一生の記念って何ですの?」と問い返す暇もなく、降り積もる雪のような愛の言葉に、また埋もれていった。
恥ずかしくはあったし、モルデンにも申し訳なかったが、やはり私自身がクラヴィ様と二人っきりの時間が恋しくもあった。
それはクラヴィ様が、モルデンをとても大切にしてくれていたためでもあった。
モルデンを邪魔にすることもなく、毎朝、剣の稽古をつけてくださったり、乗馬が好きと聞けば馬に乗せてくださることもあった。
モルデンもすっかり懐き、ラルゴに戻った際、グラツィオ様と取り合いにならないか、ちょっと心配なくらいだ。
そんな中、カレン様とランザ様が作り出してくれた貴重な時間は、王都に行くときよりも濃厚で、恥ずかしくも照れくさくもあるが、とても幸せだった。
神殿の修行で、さまざまな楽器の恋歌を奏でてきたが、『あの歌詞は、調べは、こういう気持ちだったのか』と改めて思う。
クラヴィ様にねだられて、恋歌を歌ったこともあったが、白い光が馬車から洩れてしまい、次からはクラヴィ様の《結界》の中で歌うことにした。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
100名の騎士を引き連れての領都への帰還は、民も手を振り迎えてくれた。
ラルゴ城では、グラツィオ様を始めとし、行政府のシーヴォ侯爵、辺境伯騎士団副団長のジョッコ様、どちらの幹部もずらりと勢揃いしている。
私は国王陛下に謁見したときのドレスに、途中で届けられた魔狐の毛皮の銀色のマントを羽織り、クラヴィ様にエスコートされて降りる。
皆の視線を一心に浴びる中、お辞儀をしたあと、クラヴィ様に寄り添い、カレン様が連れてきてくれたモルデンに微笑みかけ手を握る。
「留守の護り、ご苦労だった。
報告も届いていたが、留守居のグラツィオを支え、皆よくやってくれた。
ステラは見るとおり、無事にラルゴに戻ってきた。
どこにも行かず、ラルゴ辺境伯夫人であり続ける。
この子はステラの弟のモルデンだ。コルピア侯爵邸が長期工事のため預かった。
よろしく頼む」
『ははッ!!』
凛々しく堂々とした声音に、家臣一同、礼をして従う。
私も続けて簡易にあいさつする。
「皆様、ただいま戻りました。お元気そうで何よりです。これからもよろしくお願いしますね。
クラヴィ様からご紹介がありましたとおり、弟のモルデンがしばらくお世話になります。
モルデン、ごあいさつを」
「モルデン・コルピアと言います!お世話になります!よろしくお願いします!」
クラヴィ様に初めて会ったときのように、はきはきと元気がいい。家臣団のほとんどの方が微笑んでくださりほっとする。
「さあ、中に入ろう。ステラが《常春》をかけてくれているが負担だろう?中で暖まろう」
城内に入ると、ふわりと暖かい空気に包まれる。
火魔法と水魔法を組み合わせ熱水を循環させており、冬の間はずっと暖かいとクラヴィ様は教えてくれる。
早速グラツィオ様はクラヴィ様の横を歩きながら、にこにこと報告しているようだ。
私もモルデンと手をつないだまま、用意してくれていた部屋に連れて行く。モルデンの護衛騎士のデラート様も後ろで警護を続けてくれていた。
「ね、ね、姉様。グラツィオ君ってクラヴィ義兄上に似てるね。仲良くなれたら嬉しいなあ」
「きっと大丈夫よ。音楽や剣のお稽古の話はどうかしら。ラルゴは魔物が出ることもあるから、グラツィオ様も剣の稽古に励んでらっしゃるのよ」
「わかった。話してみる」
着替えてサロンへ降りて行くと、王都からのお土産が披露されており、特にお父様からのお菓子は使用人達の分もあり、皆、和やかな雰囲気で楽しんでいる。
クラヴィ様とグラツィオ様は、暖炉の前の同じテーブルに着いている。
私達も座り、クラヴィ様がピアノ曲の楽譜とリュートをグラツィオ様に渡すと、飛び上がらんばかりに喜んでいた。
「これだけじゃないぞ。コルピア侯爵殿がグラツィオにグランドピアノを贈ってくださるそうだ」
「え?!そうなの?!ホントに?!」
「本当だとも。よかったな、グラツィオ」
クラヴィ様が頭を優しくなでると、最初は嬉しそうにしていたグラツィオ様の声が小さくなる。
「でも、ぼく、兄上が贈ってくれたピアノが、いいな……」
「グラツィオ……」
戸惑うクラヴィ様と私は視線を合わせ、小さく頷く。




