★第34話★ 王都到着
「……なんてこと」
「これはひどいな……」
「………………」
王都のラルゴ辺境伯邸に到着したあと、私とクラヴィ様でお父様をコルピア侯爵邸へ送った。
コルピア侯爵家護衛騎士と近衛騎士団で50名、ラルゴ辺境伯騎士団員50名、総員100名ほどが付いてくるので物々しい。
クラヴィ様は『ラルゴ辺境伯の存在が知れ渡るのはちょうどいい』と仰せだった。
報せを聞いてはいたが、コルピア侯爵邸の惨状はすさまじかった。
特に1階の玄関ホールは壁や天井に幾つもの穴があき、危険地帯で立入禁止となっている。
私達は1階サロンのテラスから入ってきた。
お父様は言葉がない。私も衝撃を受けていた。
グレースお母様との思い出が詰まった場所なのに、と胸が痛む。
「旦那様、お帰りなさいませ」
先触れを出していたので、かなりやつれた執事長が出迎えてくれる。お父様も気を持ち直し慰労する。
「あ、おお。大変だったな。本当によくやってくれた。使用人に怪我人は出ていないか?」
「近衛騎士団の方々が守ってくださったので、さほどはございません。軽傷者が少々ですが、お暇をいただいたものがかなりおります……」
「…………そうか、いたしかたない。お前が無事で、使用人達が無事で何よりだった」
「執事長、久しぶりです。元気では、ないようなので、ちょっとよろしいかしら」
「ステラ様、よくお戻りなさいま」
私は執事長の手を取ると、感謝の念を込めながら《治癒》する。執事長が白い光に包まれ、顔色もよくなり、目の下の濃いクマも取れ驚いている。
「…………ありがとうございます。
本当にすばらしい聖女様におなりあそばし、私は嬉しゅうございます」
大神殿に入った日、執事長が付き添い手続きをしてくれた。
『ステラお嬢様。ここで一旦はお別れでございます。すばらしい聖女におなりあそばすことを、心よりお祈り申し上げます』
あの言葉を思い出すと、瞳が潤んでくる。
「……執事長、あなたの見送りの言葉も、私の励ましの一つだったのよ。
お父様を支えてくれてありがとう」
「ステラお嬢様……」
ここでさりげなくクラヴィ様が割って入り、私は執事長の手を放す。
クラヴィ様は想いが通じ合ったあと、私の異性との接触をできるだけ少なくするために働きかけるようになった。
執事長はお父様よりも歳上なのに、大丈夫ですよ、とどこかかわいらしく思ってしまう。
確かめてくれるのも何となく嬉しい。
「ん、んんッ。失礼。
コルピア侯爵閣下。いや、義父上。
ラルゴ辺境伯王都邸にお越しになってはいかがかな。ここまでひどいと危険ではないだろうか」
「クラヴィ殿。ご厚意は大変ありがたいのですが、手紙の報告では、建築士に診断してもらったところ、2階に住む分には問題ないそうです。
私は“中立”を保っていたほうが、ラルゴ辺境伯家にとってもよいでしょう。
執事長。私の執務室は無事だな」
「はい。旦那様が派遣してくださった近衛騎士の方が執務室や旦那様のお部屋には《結界》をかけてくださり、ラレーヌ様も手が出せず、お怒りでした。《結界》周囲の壁は穴だらけですが、執務室自体は無事でございます」
「…………そうか。わかった。
国王陛下にご報告後、一刻も早くマエスト公爵家に損害賠償請求をしなければ。
万一を考え約定を交わしておいてよかった。
クラヴィ殿、送ってくれてありがとうございました。ステラをよろしくお願いします。
ステラ、父としては無事にラルゴへ戻れるよう、祈っているよ」
「義父上、ステラは我が最愛。何があっても守り抜きます」
クラヴィ様はもはや照れもなく、堂々と私を“最愛”と呼んでくださる。
お父様もその言葉で安心なさったようだ。
私も『ラルゴに帰るのだ』という強い思いを込め、当然のようにお父様にお願いする。
「……お父様。ラルゴに帰る前にお会いしとうございます。
そのときは王都邸にお越しくださいませ」
「ああ、わかった。では、失礼」
お父様は専属執事と共に正面階段とは別の階段に向かう。
私は執事長に軽傷を負った者も含め使用人を集めてもらい、《広域治癒》をかけ白い光が皆を包む。
回復したようで喜びの声が上がり、感謝される中、クラヴィ様と共にラルゴ王都邸に帰還する。
王城には明日、上がることになっていた。
カレン様の手配で、侍女総出で私の手入れをしてもらい、気持ちいい。《自己治癒》で体調は保ててはいるが、それとこれとは別物だ。
クラヴィ様もさっぱりしたようで、王都邸の心尽くしの夕食をいただく。
いつもと違う夫婦の部屋は旅路で慣れていたが、王都邸ではなぜか照れてしまう。
「ステラ、明日は俺がついている。安心してほしい」
「はい、クラヴィ様。クラヴィ様も安心してくださいませ。夕方の祈りの時も大丈夫でございました」
「休もうか。今日は手出しはしない」
これに関しては、申し訳ないが信用はできない。明日に集中するためにも、“印し付け”は絶対に避けたい。
流されてしまう私も私だ。
しかしクラヴィ様の熱のこもった表情や言葉、それを体現する手や身体の触れ合いに、恋愛初心者には 抗う術がないのだ。
なので、大きな釘を深く刺しておく。
少し心が痛むが仕方ない。
「では私には触れないでくださいませね」
「……腕枕と抱きしめるくらいはいいだろう?」
私の言葉にしょんぼりなさるが、器用な上目遣いでねばってくる。これだけでときめきを感じてしまい、誘惑を少しだけ受け入れてしまう。でも念押しは必要だ。
「…………絶対にそこまでにしてくださるとお約束くださいますか?」
「……わかった」
その夜、クラヴィ様は約束を守り、私は逞しさと頼もしさと温もりに守られ、明日の不安も忘れ深く眠った。
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王城、謁見の間——
クラヴィ様の銀の長髪が、黒い礼装に映えて美しい。
ポケットチーフは紫色で、カフスなどはバイオレットサファイアでそろえ、私の瞳に似せていた。
いつの間に、と思うが、私への想いを公に示してくださり嬉しくも心強い。
私は雪の結晶模様の銀の刺繍を刺し、裾や首元、手首などを魔兎の銀色がかった毛皮を縁取りに用いた豪奢な緑色のドレスを身に纏う。
パリュールは、指輪の『ドアーフの宝』以外はクラヴィ様の指示で王都邸の執事長がそろえていた、真紅のルビーのパリュールだ。
カレン様が「どれだけの独占欲なんでしょうねえ」と呆れていたほど、クラヴィ様の色目に包まれた私だ。
クラヴィ様は「夫婦円満を表すにはちょうどいい」と緑と赤の金銀妖瞳を細めご機嫌だった。
国王陛下がお出ましになり、ラルゴ辺境伯夫妻として謁見を賜り、ごあいさつと結婚の報告をする。
ここまでは礼式通りで、この後が本番だ。
場所を会議室に移すと、大神官様や副神殿長がいらっしゃる。お父様や国王陛下の側近らしい方々もだ。
「おお、ステラ。久しぶりじゃな。“聖具”が、あの角笛が吹きこなせるようになり、本当によかった」
「お久しぶりでございます、大神官様。
前回お目にかかれたのは、認定式でございますので、もう4年以上でございますね。
覚えていてくださり、ありがとうございます」
口調はていねいで礼儀正しく、しかし距離は置いておく。大神殿に戻る気はさらさらないのだから。
「大神官殿。ラルゴ辺境伯クラヴィだ。お初にお目にかかる。
我が最愛を呼び捨てにするのはやめていただこう。妻は辞職し、もう聖女ではない」
独占欲に見えるが、これは駆け引きだ。席に着く前から始まっていた。
私と大神殿との疎遠をはっきり示す。
「それはこれから話し合う結果次第でしょう」
大神官様は粘るが、クラヴィ様は理詰めで、氷の刃のように切って落とす。
「妻の名を呼び捨てにしていい異性は、許可を得た者以外は家族のみだ。
これは貴族女性への一般的な礼儀と思っていたが、王都では違うのか?」
「…………では、今は辺境伯夫人と申し上げましょう」
「よろしく頼む。国王陛下、お待たせいたしました」
「うむ、話し合いを始めようか」




