★第33話★ 熱愛の被害
「は〜、もうやってらんないよ〜」
王都へ向かう馬車の中、同乗している行政補佐官ランザ様が伸びをしながら仰り、首を左右に振ったりしている。
長旅で身体をあまり動かしてないためだろうか。
「ランザ様、《治癒》いたしましょうか?」
「ステラ様。そこ、違う。それじゃない。
雰囲気が甘くて、甘すぎて、仕方なくて、やってらんれないの〜。
ね、カレン姉様?」
私の専属侍女で、旦那様のシーヴォ侯爵と離れ随行してくれているカレン様に話を振る。
姉弟で気兼ねはない。クラヴィ様とも幼馴染なのだ。ちょっぴりうらやましくもある。
「ふふふ、そうね。私も旦那様を恋しく思ってしまったわ」
「うわ、そっちからも惚気?
あ〜、俺も恋人か奥さん欲しいな〜」
意味をやっと理解し、恥ずかしさに首筋が火照ってしまう。クラヴィ様は逆に堂々としていた。
「夫婦なんだから当たり前だ。結婚後の初めての長期旅行だ。新婚旅行と言ってもいい。
妻を愛でて何が悪い」
「あ〜。それ、騎士団員の前で絶対言っちゃダメだからね。
熱々のお二人の様子に、家族持ちや恋人がいる騎士達に、ただでさえ里心がついてんのに。
離反されても知らないよ?」
「部下達の前ではいつも通りだ。もう王都も近い。
気を引き締めて、朝晩も訓練してるじゃないか」
この王都への“移動”には総勢100名のラルゴ辺境伯騎士団員を連れてきていた。
ラルゴに残った員数は副団長ジョッコ様が統率され、留守を預かるグラツィオ様を行政府のシーヴォ侯爵と共に支えてくれている。
辺境伯騎士団とお父様の護衛騎士を足すと150名だ。小規模な行軍とも言える。
宿泊施設は先触れの早馬が手配しているが、足りないときは野営訓練になっていた。
私の角笛の演奏による《広域治癒》と《浄化》で、今のところ健康は損ねていない。
コルピア侯爵であるお父様や王都からきた騎士達は、白い光や金色の光に最初は驚いていたが、今はすっかり慣れてきている。
「自覚がないって恐ろしいよね〜。
『“氷河”が自分で溶けた』とか『甘い氷河湖で溺れそうだ』とか言われてんのに〜。
無駄に元気がよくて張り切りすぎてて、ステラ様に良いとこ見せようとしてんの、バレバレなんですけど〜」
「な、何を言う?!俺はそんな風に思ってもしてもいない!」
クラヴィ様もからかわれ狼狽している。にやにやしていたランザ様の顔が引き締まる。
「で、“例のこと”はうまくいってんの?」
「ああ、うまくいってる、とステラが言ってる。
俺はまだまだだからな。ラルゴの時と逆だ」
「そっか。了解。ステラ様がそう言ってるなら大丈夫でしょ。でもよく思いついたよね〜」
「記録に残ってましたし、《結界》装置を見ていてひょっとして……。と思ってました。
朝晩の祈りでも感じています」
9年前の魔物の大襲来で、ラルゴ城も被害を受けたが、図書室には強力な《守護》が仕掛けられており、蔵書は無事だった。
書物や記録の重要性を理解していた方がいたのだろう。
「大聖女様が言うんだから、間違い無いでしょ」
「まだそうと決まった訳ではありません。称号とかは絶対に固辞します。
私の居場所はクラヴィ様の隣りです。ラルゴ辺境伯の妻の座が私の誇りですわ」
「ステラ……。光栄だよ」
「クラヴィ様……」
ついクラヴィ様と見つめあっていると、ランザ様がぼやく。
「あ〜。もうやってらんない!次の休憩でコルピア侯爵かアニマ神官殿の馬車に移る!
姉上もそうしない?」
「私は残るわ。だって二人っきりにすると、クラヴィ様が何をなさるかわからないんですもの。
クラヴィ様?お義父上のコルピア侯爵閣下もいらっしゃるんですのよ。
昼間はどうか自粛なさってくださいませ」
私は耳まで赤くなってしまう。確かにクラヴィ様が私に触れる機会と回数は増えていた。
ことあるごとに、頭をなでたり、髪に接吻したりなさる。今も腰に手を回しぴったりよりそっている。
膝に乗せられようとしたときは、さすがに恥ずかしくて抵抗し、カレン様も止めてくださった。
「なっ?!何を言ってる?!カレン?!」
「あら、本当のことでしてよ。いいですか。
いくら《治癒》で消えるからといって、見えるところの“印し付け”は厳禁です。
私やステラ様が気づかなければ、恥をかくのはステラ様なんですのよ」
「……わかった」
私達はまだ“白い結婚”を継続中だ。
主に私の希望である。落ち着いてから、ラルゴに帰ってから、とお願いしていた。
クラヴィ様も同意してくれたのだが、同じベッドで休むと必ず抱擁され、首やうなじにいつのまにか“印し付け”されていたのだ。
最初は何か分からず、虫刺されかと思っていたら、カレン様が教えてくださったのだ。
とても恥ずかしい記憶で、《治癒》のように消してしまいたいほどだ。
ちなみに唇の接吻はしていない。
クラヴィ様に『歯止めが効かなくなりそうだ』と言われ、茹であがったように赤くなってしまった。
そこに「かわいい、ステラ。愛してるよ」と追撃されるのだ。
確かに“氷河”は溶けていた。
恵みの水が私の孤独を潤してくれている。
クラヴィ様も「ステラは私の癒しだ」と仰ってくださっているので、一方通行ではないことに安心する。
私達は互いに守るのだ。
恋は初めてだが、一方に大きな負担がかかる恋や愛はなんとなくだが私にとっては違う、と感じていた。
ただ世の中にはさまざまな恋や愛の形がある。それは恋歌でも歌われていた。
また私も恋愛ごとだけしている訳ではない。
宿泊地では朝晩、“祈り”を捧げており、手応えは感じていた。今はそこにクラヴィ様と神官アニマ様も加わってくださり心強い。
そして時折、指輪で連絡を取り合っている。“仕掛け”は順調でほぼ完成していた。
アニマ様は能力の高い者として選抜されたことに、複雑な心境のようだった。
「おりゃあ、南部神殿の前の神殿長と“仕え女”の間にできた子どもっちゃ。
神官や“仕え女”は結婚を許されとらんけん、子どもができたとわかったとき、母親は神殿を追い出されたっちゃ。
まあ、ステラ様に近い境遇で、実家も頼れん中、必死で育ててくれたんよ。
無理しすぎて、早う亡くなってしもた。
ただおりゃあにはもう土魔法が出現しとって、生きてくんに工事現場とかでこっそり使っとったんを知られて、神殿に連れて行かれたっちゃ。
生まれて初めての親子の対面やったけど、何も感じんかったなあ。『ああ、コイツが母ちゃんを捨てたヤツか』しか思えんかったっちゃ。
向こうは向こうで邪魔くさいけど、おりゃあの魔法を便利に使うとったわ。
まあ、いろいろ言われとったんやけど、よりにもよってソイツまで母親のことあんまり悪く言ったけん、『言うこときかんなら追い出すっち、お前がおどして、無理矢理手え付けたんやろがあ!』っち、ぶん殴ったらラルゴに飛ばされたっちゃ。
スッキリしたし、ちょうどええと思って行ったら、ええとこやったんになあ……」
長旅で話してくださった“訳あり”の“訳”は複雑だった。
お母様が亡くなったあと一番暮らしたくないところで暮らさざるを得ず、やっとラルゴで伸び伸びされていたのに、また……と、私も思ってしまうほどだった。
アニマ様のほうが淡々としており、『まあ、あれこれ考えても仕方ないっちゃ。今はステラ様が無事にラルゴに帰られるのが一番や』と笑っていた。
私は思うところがあったが、アニマ様には伝えず、長旅で痛むという腰に《治癒》をかけていた。
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そのころ、王都では動揺が波紋のように広がっていた。
最初に投げられた一石は、義姉ラレーヌの逮捕だった。
《身体強化》をいいことに、気に食わないことがあると、屋敷を破壊し、使用人に暴力を振るう。
侯爵家の使用人は平民だけではない。
子爵家や男爵家の令嬢も行儀見習いを兼ねて、来ていることも多い。
そんな者達にまで暴力を振るったのだ。
執事長が神殿で《治癒》する前に、医師の診察を受けさせ、診断書を何枚も取っていた。
屋敷や調度品の被害報告も毎日こまめに記録し、破壊された物品も捨てずに取っておいた。
中には王家から下賜されたものもあった。
準備万端整えたところに、王家から指示があり被害を訴えたところ、近衛騎士団が捜査し、ラレーヌは拘禁された。
実父は近衛騎士団の隊長で、《身体強化》を日々訓練で鍛え上げていた。
王立学園で魔法科の授業も受けていないラレーヌの前に立ちはだかり、それでも凄まじい格闘の結果、魔力を封印するピアスを付けられ逮捕された。
侯爵邸がどうなったかはご想像にお任せしたいところだが、お父様は茫然とし、マエスト公爵家に損害賠償請求を速やかに行い債権者の一人になったという後日談までついてきた。
家宅捜索で押収された手紙や日記、使用人からの事情聴取などで、私の“悪辣令嬢”話を広めた発信源が、義母マルカと義姉ラレーヌと立証された。
そこからさらに、『マルカが頻繁に出入りをしていた』という理由で、マエストロ公爵家の家宅捜索に入り、裏捜査で判明していた不正蓄財を理由に公爵一家を拘禁しているという。
私はこの知らせをあと3日で王都という宿場町で知らされ、複雑な気持ちだった。




