★第32話★ ひとりじゃない
夕食を終えると、私とクラヴィ様はグラツィオ様のお部屋で過ごす。
グラツィオ様はこんなにもクラヴィ様と長く離れるのは、物心ついてからは初めてだ。
不安な様子で、何度も「帰ってくるよね」と繰り返す。
その度にクラヴィ様は「必ず帰ってくる」と答えていた。
「ちょうどリュートが出来上がっているころだろう。持って帰るよ」
「あ、そっか。うん、でもリュートより兄上がいい。行っちゃやだよ」
「ステラを一人では王都に行かせられないだろう?
俺は領主でもあるが、ラルゴを守る騎士だ。
騎士の忠誠を捧げるステラを一人で行かせる訳にはいかない。
グラツィオは俺とステラが留守の間、この城を、領地を守ってほしい」
「僕にできるかな、兄上いなくて、ひとりで……」
「ひとりじゃないぞ。ジョッコもいる。シーヴォ侯爵もいる。皆でラルゴを守っていてほしい」
「……はい、兄上」
「グラツィオ様。皆様で仲良くお留守番をしてくださいませ。ピアノソナタがお上手になってるのを楽しみにしていますわ」
「う、うん。びっくりするぐらい上手になるよう、練習するよ。義姉上」
「ありがとうございます」
そうやって話しているうちに、クラヴィ様に抱きついたまま、眠ってしまう。
起こさないようにベッドに移し、温かい羽毛布団をかけそっと部屋を出た。
〜〜*〜〜
「廊下は冷えるな。俺達も早く休もう」
「はい、クラヴィ様」
今夜はソファーで話さず、そのままベッドに入る。
《常春》で温めた布団は気持ちいい。
あとは眠るだけ、となったところで、心の底に押さえ込んでいた不安が湧き起こり、襲いかかってくる。
私はこの部屋に戻ってこられるんだろうか。
クラヴィ様の妻のままでいられるんだろうか。
大神殿に留め置かれれば、クラヴィ様も離婚するしかないだろう。
そして、契約結婚を受け入れるお相手だったら、別の方と——
私はひとり、また大神殿で——
「…………いや。ひとりはいや。行きたくない」
無意識に息だけで小さくつぶやいていた。
クラヴィ様の耳に届いてしまったらしい。こちらを向き話しかけてくださる。
「ステラ、あなたはひとりじゃない。俺がいる。
行かなくてもいいぞ。あんな王都、本当はこっちから願い下げなんだ。
ステラを護るためなら何でもする」
ああ、同志としてこんなに誠実な方に、お兄様のように優しい方に、勝手な不安でわがままを言ってしまうなんて。
微笑んで、安心していただかないと。
もしも別れがあるならば、最後まで、『信頼できる同志』『守ってやりたい妹』と思われていたかった。
「申し訳ありません。行ってきちんと帰ってきます。クラヴィ様と私は同志なんですもの。
家族で、このラルゴを護ります。帰って」
不意にクラヴィ様が私を抱き寄せ、自分の腕の中にかきいだく。
そして耳元に口を当て話しかけてきた。頭の中に心地よいバリトンの声が直接響いてくる。
ベッドの中でこんなに密着するのは初めてで、私は驚きの連続になされるがままとなってしまうが、恥ずかしさを取り戻し抜け出そうとする。
そこに切なくも熱いクラヴィ様の声が聞こえてきた。
「…………ステラ、ステラ。どうか本音を言ってくれ。俺も言う。
ステラが好きだ。
家族だが、一人の女性として、あなたを愛してる。
ラルゴを、国を護る同志だが、それ以上に、女性として、あなたを大切に思ってる」
私は思わぬ言葉に身体が固まり、クラヴィ様に尋ねてしまう。
「え?それ、って……」
「あなたを愛してるんだ!女性として、俺はあなたしかいないと思ってる。
その、こ、恋してるんだ、あなたに!」
頭の中をぐるぐると言葉が回り、不安と驚きと喜びにかき回される。
昔、グレースお母様やお父様と行った回転木馬のようだ。
でも確かめなければ。
同志で、家族だ、と仰っていたのに。
妹のようになさっていらっしゃったのに。
「その、クラヴィ様が、私を?
女性と、して……?私を、恋しく?」
クラヴィ様は耳元から口を離し、私の顔の正面に現れ、疑問を打ち消すようにはっきりと告げる。
視界いっぱいのクラヴィ様に、心臓の鼓動が休まる暇がない。
「ああ、そうだ。女性としてのあなたに恋をしてる。愛してるんだ。
やっと、やっと、伝わった……」
緑と赤の金銀妖瞳は喜びにあふれ熱を帯び、潤んでさえいる美しい眼差しで私を捉え離さない。
「私を女性として、こ、恋して?愛して?くださってる……。ゆ、夢じゃない、ですよね?」
現実とは思えない、兄とも慕い敬愛している男性からの告白に、やっと理解が及んだ私はもう一度確かめてしまう。
「夢じゃない。まだ起きている。キスをしようか?唇に……」
私はクラヴィ様の腕の中で、真っ赤になり、口許を手で隠してしまう。
手の肌触りは本物だ。
自分の鼓動も早くなっているが、密着したクラヴィ様の身体から脈打つ熱さが伝わってくる。
生きてて、本当で、クラヴィ様も——
待って?!クラヴィ様“も”ってことは私“も”クラヴィ様が好きなの?男性として?
ようやく治りかけていた頭のぐるぐるがまた始まってしまう。
思わぬ気付きと、二人の密着が生み出す熱さに、思考が溶けてしまいそうだ。
戸惑いつつも、今度は自分のために口に出して確認してみる。
「クラヴィ様?」
「なんだ?ステラ」
帰ってくる短い言葉さえ、優しく甘やかな響きがする。
恋愛経験がまったくない私は、それだけでくらくらしそうだ。
「私、さっき、嫌だったんです」
「……俺が嫌か?」
急にがっかりした、しょんぼりした雰囲気になってしまったのであわてて打ち消す。
「ち、違います!
ラルゴから離れるのが嫌で、この部屋に戻ってこられるのか、クラヴィ様の妻のままでいられるのか、不安になってしまって……。
大神殿で拘束されたらクラヴィ様と離婚しなければいけなくて、ひとりにならなくちゃいけなくて……。
そして、契約結婚を受け入れるお相手だったら、クラヴィ様が、別の方と、こんな風にベッドで、って、そういうのが、全部、全部、嫌だったんです!」
勢いですべて言ってしまった。息が苦しい。身体も心も熱い。はしたなさに涙が出そうだ。
「ステラ…………」
名前を呼んでくれる声さえ、とろけるように甘い。
この方にずっと切ない想いをさせていたと思うと、申し訳なさが募る。
「クラヴィ様、ごめんなさい……」
「何を謝るんだ。ステラも俺じゃなきゃ嫌ってことだろう?」
「……はい」
私はそれ以上答えられず、覗き込むクラヴィ様にこくこく頷く。
額と額を合わせ、真偽を確かめるようにじっと覗き込んでくる。甘く優しい目線から逃げられない。
「ステラも俺が好きなんだろう?」
もう恥ずかしくて仕方ないのに、がっちりと心も身体も囚われているのに、問いかけてくるなんて意地悪だ。
それに甘やかな響きに、どこか楽しさが加わった気がする。
「…………そうみたい、です」
ちょっぴり意地を張ったら、思わぬ返しが待っていた。
「そうか。みたいか。じゃあ、確認していこう。ステラの気持ちを」
本人を目の前に確認って、やだ。恥ずかしすぎる。
やっぱりものすっごく楽しそう。優しいのに意地悪、そう、“氷河”じゃないのに意地悪だ。
「え?そ、それは自分でできます!」
「いや、ステラはすぐに勘違いするから、俺がしっかり修正する。
俺はステラが好きだ。恋してる。
契約結婚じゃなく、本当の結婚をしたい。相手はステラしかいない。わかったか?」
真摯な眼差しに射抜かれながら、子どもに言い聞かせるようにていねいな、甘やかな響きに、私は何度も頷く。
嬉しさが込み上げてきて、言葉にならず、瞳が潤んできてしまう。
「じゃあ、ステラは?」
「私も……そう、です」
「略さず、きちんと言ってくれないと」
自分の気持ちにやっと気づいて、がんばって言えたのに。告白されるのも、するのも初めてで、いっぱいいっぱいなのに。
ほのぐらい中でも、クラヴィ様のひたむきな視線と言葉に追い詰められていく。
まるで恋の罪人で、愛の裁判にかけられてるようだ。
私は両手で顔を覆ってしまう。
「もう……。恥ずかしい……」
「本当のことで、俺たちは両思いなんだぞ。きちんと言ってほしいんだ」
私の両手は簡単に外され、今度はクラヴィ様の両手が私の両頬を包む。
もう、逃げられない。
緑と赤の瞳に吸い込まれそうになりながら、クラヴィ様に伝える。
「私も、本当の結婚のお相手は、旦那様は、クラヴィ様、だけ、です……」
「俺を愛してる?」
「クラヴィ様を、愛して、ます」
「男として」
「はい、男性と、して……」
クラヴィ様は感極まったかのように、私を思いっきり抱きしめ、頬に頬を当てる。
互いの熱が伝わり合い一つになると、また離れ私を見つめる。
「ああ、ステラ。ステラ、夢みたいだ。
そうだ、明日からは新婚旅行と思えばいい。
新婚旅行は新居に必ず帰ってくる。そうだろう?」
まるで子どものような思いつきを、無邪気に得意そうに話すクラヴィ様に愛おしさが込み上げる。
ついさっきまであれほど苦しめられた孤独と不安はどこかに消えていた。
「はい、クラヴィ様。そうですわね」
「だったら帰ってこられる。大丈夫だ。
今日は最高の日だ。一生忘れない。
思いが通じて、ステラも俺が好きで、俺だけだって思ってくれてる。
はあ、でも眠らないとな。
明日あくびをしてたら、部下達にしめしがつかない」
「クラヴィ様、《治癒》しましょうか?」
「そうか。その手があったか!」
「はい」
このあとクラヴィ様と私は、互いの熱と興奮が落ち着くまで、何度も思いを打ち明けあった。
※やっと、やっとです。大変お待たせいたしました。
(*´ー`*) ゞ




