★第29話★ 内緒話 中
ドアーフは私の腰ぐらいの背丈で、地面につきそうなほどの立派な鬚が生え、皮革の衣服を着ていた。
男女の区別はよくわからないが、今、大切なのはそのことではない。
「クラヴィ様、火を消していただけますか?」
「だが、真の闇では危険だ」
「ほんなら、このカンテラやったら良ろしかろ?」
ドアーフはほんのりわずかに明るいカンテラを差し出してくる。
「ありがとう、私はステラと言います。よろしくお願いしますね。あなたのお名前は?」
「俺はクラヴィだ。よろしく頼む」
「わてはメルツェルと申します。ドアーフの長やってます。よろしゅうお頼申します」
メルツェルは礼儀正しく騎士礼をしてあいさつした。
ドアーフのイメージとは違うが、ラルゴ辺境伯夫人達との交流があったためなのだろうか。
とりあえず知的好奇心の分析は置いて用件を聞こう。
「メルツェル様、良いお名前ね。
それでご用件はどういったことなのかしら」
「いや、それはこっちが聞きたいことどす。
あんさんの願いがえらいことやけど、面白そうやさかい、やってもええかなぁ思て来たんやで」
「私の願い?は、クラヴィ様方の無事だったんですけど……」
「それとはちゃいます。もっと遠大で、すっごいことや」
「ん〜?その前に一つ聞いてもいいかしら?」
「なんどす?」
「あの、塔の上の《結界》装置、特に黒光りしている不思議な器を作ったのってあなた達ですか?」
「へぇ、わてらどす。その指輪の最初の持ち主、大聖女様から頼まれたんどす」
ここまで私とのやりとりを黙って聞いていたクラヴィ様が割って入る。
「この指輪の最初の持ち主が大聖女だと?辺境伯夫人が大聖女?」
「へえ、仰るとおりやで。あの塔の上の仕掛けを作ってや、って頼まれて作ったんどす。
効率的に《結界》張りたい言われて。
ラルゴの分だけやのうて、国の分やるの忙しいし面倒なんで困っとるんや、言われて。
色々考えてラルゴの分、作ったんどす。今のところ、順調でっしゃろ?」
「それは、まあ、そうだ……」
「ありがとう、メルツェル様。その遠大な計画ってひょっとして……」
ここからはさらにひそひそ声になる。
言われたことで思い当たるのは、ただ一つだったためで、他に露見したら面倒なことになりかねない。
クラヴィ様は“遠大な計画”に呆れてらしたが、私の身柄について大神殿がこのまま許すとは思えない。
私も自衛策を取るしかないのだ。
ドアーフのメルツェルは、クラヴィ様にもとんでもないこと言ったあと、とりあえずご機嫌に帰って行った。
私とクラヴィ様は行きと同様にして、夫婦の部屋へ戻る。互いに背中を向け騎士服から寝衣に着替える。
衣ずれの音が心臓に悪い。恥ずかしさに頬がうっすらと紅色に染まりそうになってしまうが、『家族、兄と妹よ、ラルゴを護る大切な同志よ』と心を静める。
ソファーに座ると、先ほどの貯蔵庫から汲んできていた、クラヴィ様が「とっておきだ」という琥珀色のお酒を出してくださる。
ドワーフのメルツェルに、報酬として10樽を要求された時、“かなり無表情”で渋る口調だったので、よっぽど“とっておき”なのだろう。
そういう人間らしさもちらほらと見え、以前よりずっと魅力的に思える。
水と氷を水魔法の《水滴》と氷魔法の《結氷》で作り、「初心者向けだ」と、水割りを冷やし渡してくださる。
豊かな森の香りがふわりとした。
クラヴィ様はそのままで、二人、グラスを掲げ「お疲れ様でした」「お疲れ」と労わり味わう。
口当たりがなめらかで、熟成した甘みを感じる。クラヴィ様は一気にあおり、お代わりをすぐに注いでいた。
「しかしステラ。あなたって人は……」
「こんなこと考えて、心配させてごめんなさい……」
「いや、いいんだ。数少なくとも王都や領地には家族以外に大切な人がいるんだろう?」
「………………はい」
私は王都で大切に思える、魔物に殺されたくない人々、執事長、大神殿や王立学園で私を信じ態度が変わらなかった神官様や先生方、そしてコルピア侯爵家の領地の人々を思い浮かべる。
「ステラらしいと思う。俺が逆の立場でも見捨てるのは辛い。でも皆の前では出せないだろう?
俺の前では気にせず出して良い」
「……クラヴィ、さ、ま……。ありがとう、ございます……」
切り捨てられない自分の弱さ、ラルゴ辺境伯夫人としての情けなさ、受け入れてもらえた嬉しさなどが入り混じり、酒精が効いてきたのか、ほろほろと泣いてしまう。
クラヴィ様は私を囲うようにふんわり抱き、大きな手のひらで私の顔を自分の胸に寄りかからせる。
本当のお兄様のようだ。
「ここでは気兼ねなしに泣いて大丈夫だ。いや、泣いてほしい」
クラヴィ様が私の頭をそっとなでながら囁く言葉の優しさに、まるで子どものように泣きじゃくってしまう。
「……申し訳、ありません。あんなに、庇って、護って、くださった、のに、裏切る、よう、なことを……」
「裏切りではない。そういう優しいステラが俺は好きだ。その……。本当に、大切に、思ってるんだ。
家族としてだけではなく……。ステラ?」
強いお酒が緊張をゆるめ、疲れからの眠気に襲われ、私はクラヴィ様の胸でくうくうと眠ってしまっていた。
ふわりと抱き上げベッドまで運んでくれる。
「…………あなたくらいだ。こんなに俺を翻弄して。
愛してる。同志だけじゃない。家族としてだけじゃなく、一人の女性として、愛してるんだ、ステラ……」
夢のような言葉を勝手に思い浮かべながら、眠りの底に落ちていった。
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神官モレンがラルゴ辺境伯領を出たと、ラルゴ辺境伯クラヴィに知らせがきてから数日後——
大神殿にラルゴ辺境伯の書状などが早馬で届けられた。
大神官は副神殿長から渡された書状などを読みながら、わなわなと震える。副神殿長もすぐに目を通す。
「まさかラルゴ辺境伯と結婚したとは……」
「知らせは来ていなかったのか?!」
「はい。3か月おきの定期報告のみで、『聖女として献身的に務めている』とのみ。内容やこういった身分の変更は一切ありませんでした。
はあ?神殿を辞職したと?」
「……辺境伯夫人となったのなら、そしてこの要求は大神殿だけでは到底達成できない。
王家にも協力してもらい、辺境伯と共にステラを呼び出してもらうしかあるまい」
「はい。“公表”はどうされますか?」
「それも王家に相談なしに進められまい。
すぐに使いを出せ。私が出向こう」
「大神官様ご自身でございますか?!」
副神殿長は驚きを隠せない。何年振りかのお出ましだ。
「ああ。そのほうが話が早いであろう?もう猶予は少ない。
そういえば、あの愚かな神殿長が身分や上納金の有無などで除外していた人材の調査はどうなったのだ?」
「はい。5名ほど出てきました。実はその中にラルゴ神殿を預かる者がおりました……」
「なんと?!5名もいたのか?!それもラルゴ神殿とは……。その5名も大至急召喚せよ!
儂が直々に見極めようぞ」
「はっ、かしこまりました!」
大神官の気合いに押されるように、副神殿長は動き始めた。




