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★第28話★ 内緒話 上

「ステラ。話とはいったい何だ?」


「クラヴィ様、実は……」


 私は二人っきりになった執務室で、庭園であった不思議な出来事を伝えようとする。



「その……。信じていただけないかと思うのですが、私は庭園で歌いながら、クラヴィ様達の安全を、無事なお帰りを祈っておりました」


「そうか、ありがとう……」


 クラヴィ様の柔らかな感謝に胸が温かくなる。“氷河”と言われるが、本当に優しい方なのだ。


「いえ、妻、このラルゴを護る同志としても、家族としても、当たり前でございます。

あの……。

その時、歌い終わったあと、無意識だと思うのですが、この、『ドワーフの宝』に唇を寄せ、『どうかクラヴィ様が無事でありますように』と声に出して祈っていたのです」


 私はその時の動きをなぞるように、左薬指の白金細工の指輪を口許へ持っていく。


「ステラ……」


 クラヴィ様の赤と緑の視線に熱が帯びる。こんなやきもきした話し方だといらいらされるのも無理はない。


「その時、不意に、声がしたのです。

『呼んだ?』と」


「『呼んだ?』」


 クラヴィ様の目が丸くなる。

 初めて見せてもらえた表情に私は嬉しくくすぐったくなるが、話を進めなければいけない。


「はい。『呼んだ?』と。

その声は下から、ドレスのスカートの中から聞こえ」


「スカートの中だと?!許せん?!いったい誰なのだ?!

そもそも、どうしてそんなところに、誰かを、何かを、俺を差し置いて、どうしてだ?!」


 急に取り乱されたご様子に、私はパンッと両手を打ち鳴らす。

 これほどとは思わなかったが、信じがたいことだ。

 冷静なクラヴィ様でも無理はないと思う。

 いつもと立場が逆転し、私が冷静に説明を続ける。


「クラヴィ様。だから二人だけでお話したかったのです。

結論から言うと、人間ではありませんでした。

『わてはドアーフどす』と名乗りました。

またその時は(ひざまず)いており、スカートの膨らみもかなりあり、下着との隙間で、おまけに『目は閉じとるんや。今日は曇りでえらい助かったわ』と言っておりました。ご安心ください」


 こんな恥ずかしい話、照れてしまったら、さらに恥ずかしくなる。

 私は冷静を装い続け、ついツンツンした態度を取ってしまう。すると、急にクラヴィ様が抱きしめてきた。



「よかった。あなたに何事もなくて、無事でよかった。

本当によかった」


「ク、クラヴィ様?」


 私はクラヴィ様の細身に見えても筋肉質の頑健(がんけん)な身体に囲われてしまった。

 驚きに一瞬で固まったあと、頭にかあっと血が上り、心も大きく波立つ。


 こ、これはどういうことなのかしら。

 強い動揺を落ち着こうかせようと冷静さをかき集め、胸の高鳴りを静めようと深呼吸を繰り返す。


「大切なあなたに何かあったら、俺はもう、普通ではいられない。あなたを失いたくない」


 クラヴィ様の言葉に一瞬で冷める。

 熱くなっていた心身も普通に戻っていく。


 それはそうだ。

 このラルゴを護る《結界》保持のためにも、私は必要不可欠なのだから。


「……ありがとうございます。大丈夫です。

私は無事ですわ。

それでお話を進めさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ。あなたに無礼な振る舞いをしたドアーフの話だな」


「はい。でも仕方がないとも思います。光が苦手な種族ですもの。

『契約でその指輪をしてるモンの願いを叶えなあかんのや。ただここでは話しにくいさかい、城の一番深い地下、酒の貯蔵庫に、今夜一人で来てや』と言われ」


「一人で?!絶対ダメだ!俺も行く!」


「はい。私もそう思いましたので、『二人でないと行けません』と答えましたら、『ほな、旦那と一緒に、午前零時におこしやす。ほんならまた』と言って気配が消えました。

ですので、今夜、ご一緒に来ていただけませんか?」


「ああ、構わない。しかし護衛の者達は何をしていたんだ。そんな不審者というか、魔物のようなモノを、大切なあなたに近づけるとは」


 クラヴィ様の誤解を解かなければ、護衛の方々が罰せられてしまう。

 自分の無意識の行動を、二度も説明するのは恥ずかしいが仕方ない。


「あの、歌い終わったあとも、その、指輪に口付け、て、いる間は、白く光っていたのです。

だから気づかなくても無理はないかと思います。

この白や金色の光は、害のあるモノは寄せ付けません。

どうかご安心ください」


「どうしてそんな、寄せ付けないなどということがわかるのだ?」


「ラルゴ神殿の菜園と薬草園のお手入れで、歌や角笛で白い光が出ていると、害虫が寄ってこなかったのです。

刺されたりしたら、痒かったり痛む虫です」

「虫?」


「はい。信者さんの飼い犬で乱暴な大型犬がいたのですが、光におびえ、すっかりおとなしくなったり」

「犬?」


「はい。他にもいろいろありますが、大丈夫です。

どうかご安心ください」

「ステラ!あなたって人は!」


 クラヴィ様はまた私を抱きしめる。

 今回は落ち着いていた。

 私はこのラルゴ《結界》を強く保持するのに欠かせない存在だ。

 またクラヴィ様は私を家族として、妹のように思ってくださっているのだ。

 兄が妹を抱擁(ほうよう)することもあるだろう。


 でも安心してって言ってるのに、どうしてこんなに心配性になったのだろう。

 あ、私が階段から落ちたりして、普段も危なっかしいと思ってるんだろうか。

 とりあえず、気持ちを静めてもらおうと、背中を優しくなでる。


「クラヴィ様、私は無事です。『ドワーフの宝』もあります。身を守れる魔力も魔法もあります。

どうか安心なさって下さいませね」


「ステラ、ステラ……。あ、愛してる。本当だ」


 妹として、同志として、こんなに思ってくださるなんて、なんとありがたいことなのだろう。


「はい、私も愛しております。家族ですもの。当たり前ですわ。

私の今の大切な家族は、クラヴィ様とグラツィオ様、弟のモルデン、おまけはお父様ですわ」


「……そう、か。コルピア侯爵はおまけか……ははは」


 クラヴィ様の腕の力が少し抜け、私の肩に額を乗せて何かつぶやいている。『これでダメならどうしたらいいんだ』と聞こえたような気がしたが、どうなさったのだろう。


「はい。今はおまけです。

それでこのことは、ドワーフとの話し合いが終わってから、皆様にはお伝えしたいのですが、いかが思われますか?」


 クラヴィ様は姿勢を正し、私の額にそっと唇を落とす。 慣れてきて今は少しくすぐったい。

 昔、お母様やお父様がよくしてくださっていた。

 今も心配性なお兄様が妹に気持ちを伝えてくださっているのだ。


「ああ、そうしよう。話せるかどうかもわからないからな。話して現れてくれなくなったら困る」


「ありがとうございます。クラヴィ様。今夜、よろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」


 クラヴィ様は頼もしくきりっとした表情で答えてくれた。


~~*~~~~~*~~~~~*~~~


 その夜——


 あのあと、通常の執務もすごい勢いで終わらせたクラヴィ様は、いつもの《結界》の保持作業もリュートのレッスンもされた。


「隠れた非常時なら、いつも通りに行動していたほうが、異常も検知でき、あぶり出せる」


 そんな風に仰っていた。9年間の領主としての経験なのだろう。


 私は午前中のうちに、ランザ様と話し合い、お父様と弟のモルデンに、手紙を書いて早馬で送っていた。


 大神殿の召喚を断ったのだ。

 血縁者が病気になった、などと呼び出す可能性もあるためだ。


 お父様は侯爵でもあり、王城でのお勤めも長く、今は国務大臣のお一人だ。そうそうむげには扱えないだろう。


 となると、問題は弟のモルデンで、騎士が付き添い、お父様の元で一緒にいるように、と手紙には書いておいた。

 本当はラルゴに呼び寄せたかったが、誘拐扱いされてしまう。最良ではなく、より良い選択をせざるを得なかった。


 普通に過ごされていたグラツィオ様との楽しい夕食も終え、夫婦の時間に今夜は準備をする。


 二人とも騎士服に着替え、私は“(マスターキー)”を持ち、風魔法で気配を消して、地下の奥深くへ移動していく。

 酒類貯蔵庫は大きなミズナラの(たる)がずらりと並び壮観な眺めだ。

 火魔法の炎を灯りとして進んでいくと、(たる)の陰から声がした。



「ようおこしやす。わて、ドアーフや。

すんまへんけど、あかり消してえや」


※神官アニマと同様、ドワーフの言葉も独自設定で、色んな地方が混ざっています。

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