★第27話★ 話し合い 下
王都、大神殿——
「ステラはまだか?!」
大神官はいらだちの声を上げる。焦りで祈りにも影響が出てきていた。
神殿長にあれほど命じておいたのに、まさか大神殿からステラを出すとは思いもよらなかった。
副神殿長がなだめるように答える。
「大神官様、ラルゴは辺境の地。
行き帰りに1か月はかかります。今ごろ到着し連れ戻しているでしょう」
「であれば良いのだが。
《萌芽》を感じてからの動きが全く読めなくなったのも気がかりだ。
あの“聖具”を吹きこなすのに4年も苦労していたので無理はないと思っていたのだが、あれほどステラの修練を邪魔していたとは。
神官や聖女とは名ばかりではないか!
儂も甘く見られたものよ。
で、処罰はどうなったのじゃ?」
大神官の押さえきれない怒りに、副神殿長はかしこまって答える。
「はい。神殿長は入牢させ余罪を洗い出しております。
元“首席聖女”ピアは神殿から追放処分とし、王家に行状を通告したところ、第二王子殿下との婚約も解消されました」
「ふむ。で、そのピアとやらに加担していた者どもらはどうしたのじゃ?」
「ステラを虐げた年月である8年間、無償で《治癒》の奉仕を行うよう申しつけましてございます。
その間は親の死に目以外は外出を禁止し、この大神殿からは一歩も外には出られませぬ。
見張りをつけ逃亡を防止しております。
全員追放すると、巡礼者の《治癒》もままならなくなります故」
「親の死に目も関わらず、一切外出を許すでない。
この者どもの仕打ちで、何度ステラが死ぬ目に遭っている?神殿に属していなければ縛り首が妥当であろう。
そのピアとか申す者は追放しただけなのか?
『厳しく罰せよ』と言うたではないか?」
国を加護する祈りを捧げてきた大神官に、副神殿長は世情も含め、追放された者の行き着く先を説明する。
「大神官様、ピアはフォーコ侯爵家の者にございます。
“首席聖女”の称号を剥奪され大神殿を追放され、第二王子殿下との婚約解消となれば、社交界にも顔を出せず、婚姻もままなりませぬ。
私どももピアには婚姻の祝福は授けぬよう、各神殿に通達をいたしており、その旨はフォーコ侯爵家にも伝えております。
さらに、そういった訳ありの貴族女性が選べる道、神殿に“仕え女”として入殿することも叶いません。
行き場所もなく屋敷か領地で飼い殺しにするしかない身の上でございましょう。
また大神官様の《試し》により魔力は無くなり、“聖具”であるヴァイオリンもいつのまにか消え失せましてございます。
《治癒》ができぬ者を神殿においても役立たずを養うだけにございます」
「魔物の餌にでもすればよかろうに」
大神官の声の冷たさと無慈悲に、副神殿長は背筋がぞくっと粟立つ。
緑と赤の金銀妖瞳に潜む暗い光が人外のものに思え、その考えを必死で振り払う。
祈りを極めた聖なる者は、人にはわからぬ領域にいるのかもしれない。
「そ、それはさすがに。人の味をまた思い出せば凶暴になりまする」
「ふむ、それももっともじゃ。
とにかく一刻も早うステラを呼び寄せるように。よいな」
「はっ、かしこまりました」
「儂は祈りに入る。ステラのことは逐一報告するように。わかったの」
「はっ、必ず申し上げます」
大神官は疲れた心身に鞭打ち、護国の祈りの場へと戻っていった。
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王都、コルピア侯爵邸、応接室——
ステラの義姉ラレーヌを前に、元“首席聖女”ピアは興奮していた。
「あなたのせいよ!ステラがひどい人間だ、“悪辣令嬢”だって、あなたが言うから罰していたのに、嘘を教えるなんてひどいじゃない!」
「ピア様?侯爵令嬢ともあろうお方が、そうぎゃあぎゃあと喚かれては下品でしてよ。
ご実家からも出され、ご友人のところも断られた挙句、ここにいらしたのでしょう?
警護の者に叩き出すよう言ってもよろしくてよ?」
『家の恥め!お前は除籍した!フォーコ侯爵家とは縁もゆかりもない!どことでも行くがいい!』
自分を冷たく突き放した、父フォーコ侯爵の侮蔑の眼差しを、ピアは忘れられない。
一文無しで追い出され、あれほどちやほやしていた友人宅は門前払いだった。
唯一受け入れたのが、ここコルピア侯爵家、あの忌々しいステラの実家だった。
「…………それは感謝しているわ。でも元々はあなたの嘘のせいなのよ。
あなただってその内、大神殿から呼び出しがあるに決まってるわ」
「ふふふ……。はははは……」
ラレーヌは扇の影で小さく笑っていたが、堪えきれなかったのか高笑いを始める。
「な、何がおかしいのよ!」
ぴしゃっと畳んだ扇で、ラレーヌはピアを指し示す。
「ピア様、いえピアは本当に世間知らずなのね。
あなたが言うことが事実なら、私は大聖女の義姉になるのよ。
そんな醜聞、大神殿が認めるはずないじゃない?
それに世俗のことには、いくら大神殿でも口ははさめないでしょう?
さらに私のお母様は、あの名門マエスト公爵家の娘なのよ?
私がピアの代わりに第二王子殿下の婚約者になっても、何の不思議もないくらいなのに」
「ピアですって!呼び捨ては許さないわよ!
魔法も使えない無属性のくせに!
不義の子のくせに!父にも母にも親族の誰一人にも似てないくせに!」
また喚き始めたピアを冷然と見つめながら、ラレーヌはローテーブルに置いてあった大理石の置き物を掴む。
握る指の先から大理石に食い込み始め、両手で持ちねじる動きをすると、飴のようにぐにゃりと曲がった。
自分の目で見ているものが信じられないピアに、ラレーヌは楽しそうに笑いかける。
「うふっ、ふふふふふ……」
「あ、あなたは、いったい、何なのよ?!」
「ふふふ、ああ、おかしい。
私、どうやら、魔法が発現したみたいなのよ。
ご覧の通り、血のつながった実のお父様の《身体強化》魔法を受け継いでるの。
稀に遅くなることがあるけれど、ぎりぎり10代、19歳ですもの。
お母様も大喜びなのよ。
『《身体強化》は珍しい魔法だし、不義などしていなかった証だ。認知させて、私とお母様の名誉も回復され、慰謝料を請求できる』と仰って、ご実家のマエスト公爵家に頼んでいるところなのよ」
「そ、そんな、ことが……」
ピアはテーブルに転がった曲がった大理石を見つめ、ごくりと唾を飲み込む。
ラレーヌと距離を置こうと、座ったまま後ずさりするが、すぐソファーの背もたれに当たってしまう。
「ねえ、ピア。私、あなたの首、ひねりちぎることもできるのだけど、どうする?
平民が散々、侯爵令嬢に無礼なことを言ったんだもの。
不敬罪に問われたら、あなた牢獄行きよ。それも平民は男女ごちゃ混ぜって聞くわ。
そんなところで元貴族の若い女がどうなるか、いくら世間知らずのお馬鹿さんでもわかるでしょう?
私の奴隷になるのなら、許してあげてもいいわ。
さあ、どうしたい?」
ピアは決して来てはいけない場所に来てしまったことを悟る。
このあと逃げ出そうと必死にあがいたが、すべての努力は無駄に終わった。
笑いながら痛めつけられ、ぼろぼろになったドレスの上から、パサっとお仕着せのメイド服が放り投げられた。




