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★ 25話★ 召喚状 下


「遅い!いつまで待たせるつもりだ!」



 王都からやってきた神官モレンは、ウロウロと歩き回っていた。

 ステラをすぐに馬車に押し込め、今日中に前泊した宿場町に戻るつもりでいたのだ。

 “底辺聖女”のくせに神官である自分を待たせるとは、と思うが、並外れた“癒しの力”が《萌芽》したらしい。

 モレンは半信半疑だったが、ステラ関連で処分され上席が減った今、連れ帰れば出世できると思い引き受けた。


 こんな僻地までわざわざやってきたというのに、肝心のステラが神殿にいないとは思ってもみなかった。

 薬草を届けに行ってると、あの役に立ちそうにないアニマというヤツは話していた。

 ということは、まだ他者への《治癒》もできていない、ということか?

 大神官様はステラが《萌芽》したとの仰せだったらしいが、本当なのだろうか、などと改めて考えていると、大きな物音が響き、ガチャガチャと甲冑のような音も聞こえる。



「誰だ、いったい、うるさ……」

「ほう。それは失敬」


 現れたのは、甲冑姿の男だった。


「私はジョッコ・スケルツァという。ラルゴ辺境伯騎士団の副団長を務める。

聖女ステラ殿は、我が家に薬草を届けに来ていたのだが、あのような無礼な書状にひどく(おび)えていらっしゃる。

王都では虐待され、階段から突き落とされるのは日常茶飯事で、百回以上も殺されかけたそうだ。

出直していただこう。“防壁”の壁門が閉まる前に帰るがいい」


「な、何を仰る。いくら辺境伯騎士団副団長といえども、大神官様の命令だぞ!」


「ステラ殿には常日頃、大変お世話になっている。

そのような命の危険があるところに返せるとお思いか?!」


 ジョッコの一喝にモレンの身体がビリビリと震えるが、ステラを連れずに帰る訳にはいかない。


 大神殿長も“首席聖女”も、ステラを粗雑に扱っていたことが露見し、罰せられたのだ。

 関係者も《正邪の鏡》の前に立たされ、次々とイジメ行為が明らかになった。

 そうだ、そのことを言えばいいだろう、と思いつく。


「副騎士団長殿。ご懸念には及ばない。聖女ステラ殿に被害を加えていた者達は一掃された。大神官様自らが行われたのだ。安心してほしい」


「この書状には一切触れられていない。貴殿の口だけでは信用できない。

何の権限もない一神官の口約束など、何の意味もなさない。

安全だ、危害を絶対に加えない、と正式な書面にて保障すべきだろう。それでも足りないかもしれないが」


「そんな、私が信用できないというのか?!

こんな田舎では知らないかもしれないが首謀者の一人、“首席聖女”まで罰せられ、第二王子との婚約も破棄となり、王都は大変な騒ぎだったのだ」


「残念ながら、第二王子の婚約が“解消”されたのは知っている。

『婚約者だったピア・フォーコ侯爵令嬢の“不行跡”のため、有責で解消された』との正式発表で、その罪状は明らかにされていない。

聖女ステラ殿、ステラ・コルピア侯爵令嬢を、“悪辣(あくらつ)令嬢”と仕立て上げ、殺人未遂を何度も繰り返したとは、ひと言も触れていない。

娘の監督責任があるフォーコ侯爵への処分もない。

要するにやったことに対しての処分が甘すぎる。

悪辣(あくらつ)令嬢”との評判も噂もそのままだろう。

まずはステラ殿の名誉回復が何よりも先ではないのか?」


「ど、どうして、そこまで……」


「ラルゴ辺境伯家を随分と甘くみているな。

王家から外交以外の権限を認められている、言わば半独立国家だ。情報収集は当たり前だろう。

そんな逆恨みしている者達があふれかえる王都へ返せるものか。ステラ殿も怯えていらっしゃる。

今度こそ殺される、とな。

王立学園で階段から突き落とされ、首などが骨折し、《自己治癒》も上手くいかなかったときは、笑いながら『死んだらさすがにマズいわよね』と言い、《治癒》されたそうだ。

要するに《治癒》されなければ、殺されかねない、ということだ!違うなら言ってみるがいい!」


「うぐぐ……。しかし、大神官様が直々に加害者を罰せられ、帰還を命じられているのだ!

本当だ!私は大神殿の神官だ!

この王国を守る《結界》のために、大神官様がステラが必要だと仰っているのだ!

あなたにはわからないかもしれないが、偉大な大神官様がステラの力が《萌芽》したと仰せなのだ!

ステラしか今のところ役立つ人間がいないとお困りなのだ!

大神官様に何かあれば、魔物の巣に程近い、ここラルゴが一番にヤられるぞ!それでもいいのか?!」


「ジョッコ、もういい。コイツが知っているのは、それくらいだろう」


「はっ、クラヴィ閣下」


 クラヴィがジョッコの背後から現れる。

 モレンが一歩下がってしまうほどの覇気があり、それに急激に寒くなった。

 冬が長く来月には雪が降るという北国にしてもだ。


 クラヴィは緑と赤の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)を暗く(かげ)らせ、モレンを見つめる。


「私はラルゴ辺境伯クラヴィだ。

モレンとか言ったか。神官殿。

聖女ステラ殿は確かに神殿に属しているかもしれないが、それ以前にラルゴ辺境伯領の領民でもある。ラルゴ神殿に赴任の際、住民としての籍も移された。

領民を保護するのは、領主である私の役目だ。

早々にお帰り願おう」


 まさか領主(みずか)らが出てくるとは思わなかったモレンは焦る。

 噂通りの冷酷な雰囲気で、緑と赤の金銀妖瞳(ヘテロクロミア)も神官である自分に敵意を宿していた。“魔物付き”と呼ばれるはずだ。


「いくら領主でも、神殿に属する者なら、大神官様の権限のほうが上だ。諦めたほうがいいのはそちらだ」


 クラヴィは眉を寄せ不快感を露わにし、一段と声も温度も低くなる。


「あなたは本当に大神殿の神官か?

私をラルゴ辺境伯と知っても、名前を名乗りもせず、身分を証明するものも提示しようとしない。私を単なる領主と呼びつける。

無礼にもほどがある!!!」


 クラヴィの一喝と《寒気》にモレンは震え上がるが、火魔法を発動させ、周囲を《暖気》で温める。

 自分がここに派遣された理由もこれだった。


「それは失礼した。改めてごあいさつする。

私はモレン。王都大神殿の神官だ。この身分証明書をご覧いただきたい」


「ふむ、失礼する」


 『ふん、“氷河”とあだ名される辺境伯の氷魔法もたいしたことはないな』と思っていると、クラヴィが手指で触れた証明書がバリバリと凍り始め、指で折り曲げるとピシッとひびが入り、パラパラと砕けていく。


「あ?は?しょ、証明書が?!」


 《暖気》を発動しているはずなのに、自分の衣服に霜が降り始める。

 クラヴィがモレンの手首を掴むと、肌も霜が降り、指の末端から感覚が消えていき、氷がうっすら張り始める。振り解こうとするが抵抗も無意味な握り方と腕力でびくともしない。


「モレン殿、良いことを教えて差し上げよう。

氷の上でも火は付くが、どこまで温められるかは、その火力次第だ。

貴殿の火力は大したことはないらしい。ああ、《発火》をしても無駄だ。

水魔法の使い手が後ろに控えている。


貴殿が脅されたとおり、ここラルゴは魔物が多く、騎士団は全員、実戦経験が豊富だ。

何ならあなたを一度凍らせ、暖かいお湯をかけて、また凍らせてしんぜようか。

死にかけて生き返り、また死にかける。

ステラ殿がされた、100分の1でもその身で味わえば、危険な王都に帰りたくないと仰るステラ殿の気持ちもよくおわかりになるのでは?」


「ひ、ひぃ、ひぃ、や、やめて、くれ」


「くれ?辺境伯にこの後に及んでも命令するとはいい度胸だ」


「おやめ、くださいっ!た、たいへん、しし、失礼、しました!もう、ああ!」


 モレンが悲鳴を上げた瞬間、一気に氷が溶ける。


「おそらくは軽い凍傷になっているだろう。霜焼けというヤツだ。

王都の帰還までには治るだろう。一刻も早くお帰りを。

それとステラ殿はもうステラ・コルピア侯爵令嬢ではない」


「…………コ、コルピア侯爵令嬢ではないと?」


「ああ、ステラ・ラルゴ辺境伯夫人、私の妻だ。

不審ならば、この証明書を持っていくがいい。

ここラルゴ辺境伯領の領主たる私の権限で、領民の結婚許可を与えている。その結婚証明書だ。

それと大神殿宛ての書状2通を預かっていただこう。

よろしく頼む」


火魔法の魔力も尽きかけ、霜や氷が溶けた水で、震えているモレンに、証明書と封をした書状などをしっかりと握らせる。


「え?ス、ステラ……、ヒィ、ど、殿が、辺境伯、夫人?え?」


 さらにステラを呼び捨てにしようとした気配を察し、クラヴィは睨みつける。

 また寒気が押し寄せてきたモレンは、急ぎステラに敬称をつけ、握らされた証明書に目をやる。

 確かにステラ・コルピアからステラ・ラルゴとなっていた。


「おい。風魔法で乾かして差し上げろ。

ラルゴの秋は早い。風邪から肺炎にでもなれば大変だ。

猿ぐつわで転がしておいた御者も自由にして、壁門の外までお送りするように。

一刻も早く次の宿場町へ着いていないと、魔物が出没しやすい夜もやってくるぞ」


「ひ、ヒィィイッ!帰ります!帰ります!申し訳、ありませんでした!」


「では失礼。ジョッコ、半数を連れ途中までお見送りするように」


「はっ!了解しました!」


 クラヴィは振り向きもせず、ラルゴ城へ帰還した。


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