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★24話★ 召喚状 上


 召喚状は当然ながら、ラルゴ神殿を預かる神官アニマ様からラルゴ城に届けられた。


 だが最初に受け取ったのは、私ではなかった。

 ラルゴ辺境伯クラヴィ様の元に届けられ、神官アニマ様もそのまま残られた。


 そこに私が呼ばれ、現在事情説明を受けている。


「アニマ。届けたのは郵便業者ではなく、神官が直接やってきたのか?」


「はい。まあ、えらい慌てようで、今すぐステラ様を連れて帰る勢いだっちゃ。

薬草を届けに患者さんとこ行ってるけん、呼びにいく。ちょっと待ってえなっち言うて、おりゃあ出てきたっちゃ」


 私はぞっとし、思わず両腕を両手でさする。

 クラヴィ様は立ち上がると、不意に私の肩を抱き寄せる。


『え?!こ、これは何?!』


 心の中で召喚された驚きが、クラヴィ様の行動に上書きされる。

 異性の力強さをこうも感じたのは初めてのことで、肩が縮まり身体が固まってしまう。


 お父様にされても、こんな風に思ったことはなかったのに。どういうおつもりなのだろう。

 確かめるために声を発するが、震えてしまう。


「ク、クラヴィ、様?」


 思わず見上げて視界に入った顔はとても凛々しく、冷たさもあるが、私の呼びかけに応えこちらを向いた顔も声も頼もしく力強く思えた。


「ステラ。不安や恐れを抱かなくていい。

俺はあなたの夫だ。絶対に守ってみせる」


「クラヴィ様……」


 ああ、不安を見せた私を、グラツィオ様にするように、安心させてくれたのですね。

 それでもどこかでチクリと私の胸が痛む。


 このまま、頼もしい腕と胸に守られていたいと思うが、私達は“白い結婚”で、このラルゴを護る同志であり、名義上は家族なのだ。

 誤解しちゃダメ、これは家族愛なのだ、と理解する。


 そこに行政補佐官ランザ様と、副騎士団長ジョッコ様も駆けつけてくださる。


 この状況では恥ずかしく、抜け出そうとするが、クラヴィ様の手はがっちりしていて、外せそうにない。


「アニマ。書状を読み上げろ。

ステラ、ランザ、ジョッコ。よく聞け。なかなかふざけた内容だぞ」


 寒い!クラヴィ様も魔力が怒りで洩れている。



「聞くけどさ〜。魔力洩らすのやめてくんない?

もうすっかり秋なんだから〜。

ステラ様も凍えてるじゃん!《常春(とこはる)》出してくれてるけどさ」


「あ、すまない。寒かったか、ステラ」


「大丈夫です。クラヴィ様。あの、肩を……」


「え?あっ!つい、失礼した!」


 クラヴィ様はここで初めて気付かれたようで、すぐに離してくださった。やはり無意識に私を励まそうとしてくださったのだろう。


 このところ、グラツィオ様に対するように、優しく見つめてくださることが当たり前になっていた。

 リュートのレッスンでは、うまく奏でられたら子どものように喜んでいらっしゃった。

 気安くしてくださるようになったとしても、“家族”なのだから、誤解してはいけない。

 あれ、誤解って、何と……?


 私の考えは、朗読し始めたアニマ様の声にかき消される。



『聖女ステラ殿に通達する。


ラルゴ神殿での勤めを離任し、王都大神殿の勤めに復帰するよう命ずる。


なお、これは大神官グラーヴェ直々の命令である。

何よりも優先し、可及的速やかに王都に帰還するように。


               王都大神殿 副神殿長』


「はあ、なんちゅう物言いっちゃ。何度読んでも偉そうじゃっち。あ、失礼しました」


「その通りだ、アニマ。

ステラ。神殿に戻る必要はない。返事はすでに俺が書いてある。

聖女ステラは婚姻しラルゴ辺境伯夫人である。王都へ行く命令には従えぬ、とな。

ステラは相手にせず、声も姿も見せず出てこないほうがいい、と俺は思う」


「そうだね〜。これは単なる『聖女ステラ殿』への召喚状だ。結婚してる『ラルゴ辺境伯夫人ステラ様』への書状じゃあない、

だったらあまりに無礼だよ〜。ね、破いちゃってもいい?」


「それは止めておけ。無用に刺激するだけだ。

アニマ。ラルゴ神殿には私が行こう。この城にも立ち入らせたくない。

何属性の魔法持ちかもわからないのだろう?」


「そうですのお。それが無難でございましょう」


「クラヴィ様……」


「心配するな、ステラ。あなたを守るためならば、俺は何者にも負けはしない。

そうだ。城全体に《結界》を張るぞ。どんな手を使ってくるかもわからない。

ステラ、力を貸してくれ」


「はい、クラヴィ様」


「ジョッコ!騎士団の“精鋭”、一個小隊を連れて行く。選抜しておくように」


「はっ!」


「クラヴィ様!もう神殿に辞表を出して受け取ったことにしませんかの?

それもあって、おりゃあが慌ててやってきた、と」


「なるほど、いいな。アニマとランザはその旨の追加の書状と書類の用意を頼む!

ステラ!塔へ行くぞ!」


「はいッ!クラヴィ様!どうか先にお願いします!角笛を持ってまいります!」


「だったら一緒に行こう。今はなるべく離れないほうがいい」


 執務室を出て急ぎ足で歩く私を、クラヴィ様がふわりと抱きかかえた。風魔法だ。

 突然のことにうろたえる私に、きびきびとした声で説明してくださる。


「淑女には申し訳ないが時間を節約する。緊急事態だ。俺の首にでも(つか)まっていてくれ」


「か、かしこまりました!」


 傍目には普通に抱きかかえてるようにしか見えないが、全く違う。

 私を《浮遊》させてるので、仰るとおり(つか)まっていないと、万一離れているのが見られたら不審がられてしまう。

 私は恥も外聞も忘れ必死に(つか)まり、角笛を入れたケースを持ち、塔へ続く扉をくぐったあとは、人目を気にせず《浮遊》で宙に浮き、《追い風》で上がっていく。

 制御もできていて本当にすばらしい。


 塔の最も上の《結界》装置に魔力を注ぎ込み、新たに城の周囲に《結界》を張った。


『ラルゴに、ラルゴ城に、加護を与えたまえ』と祈りながら角笛を吹く音は、いつもよりも高らかで金色の光も強かった。


「これで良し。ステラを連れ去ろうとする者、俺やステラに悪意のある者は、城への出入りはできない。引っかかった者は衛兵が逮捕し地下牢へ連れていく。

戻るとするか。ステラは執務室にいて、俺の帰りを待っててくれ。いいな」


「はい!クラヴィ様!お待ちしています!」


 クラヴィ様は私を見つめると、拳を握り締め精神を集中させ気合いを入れているようだった。

 私にできることはないか、と歯がゆい思いだ。待っている間に考えよう。


 行きと同じように、今度は執務室に移動する。

 ジョッコ様はすでに甲冑も(まと)い、クラヴィ様の騎士服の正装を用意して待っていた。


 私の目の前で着替え始めるのですぐに後ろを向く。

 夫婦の寝室でちょっとはだけた姿とか見ているけれど、こんな昼間からでは眼のやり場に困る。 

 でも非常事態なのだ。こんな事を考えるほうが不心得(ふこころえ)だ、と思い切り捨てる。


「アニマ。“(つか)()”がいたな。

今、どこにいる?」


「湯茶を出したあと、そっと抜け出し、シーヴォ侯爵様のところに行くように言っときましたわ。

誰かにつけられてるかもしれんし、直接お城に来るのもまずいと思いましたけん」


「お前はつけられてないんだな」


「はい、その気配はなかったっちゃ」


「ではお前もここにいろ。信者総代に『危険なので神殿には近づくな』と伝えろ。『アニマとステラを捕まえる悪者が来てる』とか言っておけ。

人質に取られたら厄介だ」


「かしこまりましたっちゃ!そうか、信者さん達もやりかねんっちゃ!」


 クラヴィ様は用意された書状などをランザ様から受け取る。


「では行ってくる。最初が肝心だ。ラルゴ辺境伯の妻を無礼に扱ったことを後悔させてやろう。

ステラ、行ってくる。祈っていてくれ」


「はい、クラヴィさ」


 クラヴィ様は私をまた抱き寄せ、頭頂部に接吻すると、「ジョッコ!行くぞ!」と声をかけ、颯爽と出て行かれた。


 一つに結ばれた銀髪さえなびかせるその姿は凛々しくて、青みを帯び神秘的に見えるという“氷河”のようだった。

 不意打ちの逞しさと温もりから伝わってきた、私を守るという決意と優しさと心強さに、ついぼうっとしてしまった私は、頬を叩き気合いを入れる。


「ランザ様、すぐにシーヴォ侯爵家へ迎えをやってください。マーチャさんもこの城へ」


「了解!」


「アニマ様は急ぎ総代様をこの城に呼んで説明してください。手紙では話が通じにくいでしょう」


「おりゃあもそのほうが良いと思ったっちゃ」


 アニマ様は早速動き始める。


「郵便事業者に連絡し、貴族から王都へ出す手紙を留め置いたほうがいいかしら」


「あ、ステラ様。それはクラヴィがとっくにやってるよ〜。チクったヤツだけ抜いといて、マトモな手紙は送ってるから大丈夫だよ〜」


 こうなる前に始めるのはやりすぎではないかしら、と思うが今となればありがたい。


「それでは……」


 私は考えうる限りの手を、ランザ様と検討しながら次々と指示した。


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