★第21話★ “白い結婚”生活 上
翌朝——
“工作”しておいた“初夜の証”も、侍女達に無事に受け入れられホッとする。
どこか気恥ずかしく、専属侍女カレン様に体調を尋ねられるとドギマギし、「大丈夫です!」などと力が入ってしまう。
「ああ、ステラ様は《自己治癒》できますものね。
私は身体中が痛く、ベッドから離れられたのは昼過ぎでしたのよ。恥ずかしくてたまりませんでしたわ」
女性同士だとかなりあけすけな内容で、私はぽんっと音が出そうなくらい真っ赤になってしまう。
「うふふ、失礼しました。花嫁様をからかうのもこれくらいにしておかないと、クラヴィ様に氷漬けにされてしまいますわ」
ほがらかに言いながら、支度をしてくれる。
髪型はやはり両サイドを残して編み上げてまとめ、形式上、昨日クラヴィ様が選んだドレスを身につけて朝食室へ向かう。
クラヴィ様は書類を見ながら待っていてくださった。
立ち上がると朝のあいさつを交わし私を出迎え、サイドの髪を手に取り唇を落とすと、エスコートしてくださる。
「おはよう、ステラ。席は私の隣だ」
「おはようございます、クラヴィ様。ありがとうございます」
昨夜も“白い結婚”だったはずなのに、目線があうと照れてしまう。
気持ちを切り替えようと食事に集中する。辺境伯邸の料理は朝食でも充分に美味しい。
私が素直に紫の瞳を輝かせ、嬉しさを表情に出していると、クラヴィ様がくすっと小さく笑った。
周囲は固まる。
氷魔法ではなく、クラヴィ様が笑った驚きでだ。
ご本人は気づかず言葉を続ける。
「ステラは本当においしそうに食べるな」
私は雰囲気を壊したくなくてそのまま受け答えする。
「とってもおいしいのですもの。神殿で食べるマーチャさんのお料理と同じくらいですわ」
「ああ、優しい味だと言っていたな。俺も一度は味わってみたいものだ」
「私も一緒に作っていましたから、似た味なら作れますわ」
「だったらステラの都合のいい時にでも食べてみたい」
「かしこまりました。料理長にお願いしておきます」
貴族女性は料理の手配はしても実際の調理はしないが、私は大神殿で手伝わされ学んでいた上、マーチャさんと一緒に作り教わっていた。
和やかに朝食を終え、各々の職務に別れる。
私は執事長が運んできていた帳簿に、速読で目を通していき、確認すべき箇所には《栞》をはさんでおく。
進める内に時間を忘れてしまうほどだった。
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一方、クラヴィは朝食後に一仕事を終え人払いした上で、補佐官ランザと副団長ジョッコと休憩する。
「で、昨日はうまくいったの?例のコト」
「ああ、“工作”しておいた。疑われてもいない」
「ふ〜ん」
ランザがクラヴィをじっと見つめ、ニヤニヤしている。
「おい、なんだ」
「いやあ、仕事中、やったらあくび噛み殺してるしさ〜。
肌艶いいしさ〜。ホントにヤっちゃっ」
ここでジョッコがランザの頭に拳骨を落とす。
「品のないことを言うな!クラヴィ様はまだしも、ステラ様に失礼だろう!」
「いって〜。口で言えばいいだろ。口で」
「今のはランザが悪い。“白い結婚”のままだ。
ジョッコもさりげなく不敬だぞ。
俺はまだしも、ってなんだ」
クラヴィは昨日の様子をさらっと説明する。
「ジョッコ。という訳で警備は万全を頼む。神殿との行き来もあるからな」
「はっ、了解しました」
「休憩終了。しばらくは昼食もステラと一緒だ
“寵愛”を示さなければな」
人払いをとき、真剣な表情で猛然と職務に向かう主人を背に、ランザとジョッコは囁きあう。
「なあなあ、アレって無自覚?」
「の、ようだな」
「俺達の正論逆手にとって、ホントの寵愛になってね?」
「いいんじゃないか?剣の訓練のように、形から入るときもあるだろう」
「おっ、ジョッコもなかなか言うね〜」
「おいッ!ランザ!ここの数字はどうなっている?!ジョッコはすぐに動け!辺境伯夫人に何かあっては困るからな!
ステラに関する報告・連絡・相談は密にしろッ!」
『はいッ!了解しましたッ!』
クラヴィのほうを向き背筋を伸ばし返事をした二人を尻目に、充実した仕事ぶりを見せる“氷河”の辺境伯だった。
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私は朝食後から昼食前にかけ、速読で帳簿に目を通し終え執事長を呼ぶ。
「多忙なところ、呼び出しによく応じてくれました。
小さなことなんですけどね……」
私は《栞》を入れていた箇所について、次々と質問をしていく。
最初はすらすら答えていた執事長だが、少しずつ顔色が悪くなり額に汗が浮かぶ。
「この数字とこの数字を見比べると、明らかに“お高く”仕入れてますよね。
私、ラルゴ神殿の帳簿もつけていたので、だいたいの物価は把握してるんですのよ。
庶民的な辺境伯夫人がここにおりますの」
要するに少しずつ価格の高い設定で納入し、差額を業者と分け合っていたのだろう。
「クラヴィ様に報告します。あなたの件はクラヴィ様がお決めになること。
もう30年以上、辺境伯家に勤めてこられたというのにとても残念ですが……」
「…………昨日今日、やってきたあなたに何がわかると言うのだ?!」
「執事長!控えなさい!!」
激昂した執事長へのカレン様の叱咤を、私は手で制する。
「最近出会ったからこそわかることもあるのです。
あなたのような方々がクラヴィ様を“氷河”にしたのです。
まだ若く領主教育もほぼ受けてこなかった主家の若者が、命懸けで魔物討伐をしながら、領都の復興も必死で行っていたのに、支えるのではなく、目が届かないところで少しずつ旨みを得ていた。
この分の資金があれば、もっとできたことがあったはずです。
ジョッコ様。あとはよろしくお願いいたします」
「奥様、承知いたしました」
私はクラヴィ様への報告書を書き上げ、昼食に向かった。
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昼食は弟のグラツィオ様とも一緒になった。
嬉しそうに、今日の家庭教師の授業について話してくださる。
相槌を打ちながら聞いていたクラヴィ様に、グラツィオ様が尋ねる。
「ねぇ、お兄様。僕は王立学園に行かなきゃいけないの?」
「そうだな。ほとんどの貴族は王立学園を卒業している。そこでの人脈を活かせるんだ」
「……でも、お兄様はずっとは行っていないんでしょう?僕もラルゴにいたい……」
クラヴィ様はカトラリーを置いて、グラツィオ様に答える。
「グラツィオ。王立学園は15歳からだ。
9年前の魔物の大襲来の時、俺は14歳だった。
父上と兄上が亡くなり、領主を継ぐ者は俺しかいなかった。
被害は甚大で、俺が生き残った周囲の助けを得ながら陣頭で指揮を取った。
王立学園 は15歳から18歳の3年間、通うことになっている。
ラルゴを長期に離れる訳には行かず、座学は通信教育でレポートを提出し、集中的な実技だけ王都に出向いてまとめて1か月で受けたんだ。
この往復だけでも2か月間、ラルゴを離れなければならなかった。
それでも学ぶべきものはあったと思う。
今のラルゴならお前を3年間送り出せる。どうして行きたくないんだ?」
「だって……。ステラ様、お義姉様は、たくさん、そこで嫌なことがあったんでしょ。そんなトコ行きたくないよ……」
クラヴィ様と私は顔を見合わせる。レスト伯爵令嬢のこともあり、誰かわからないがかいつまんで聞いてしまったのだろう。
ここは私が話すべきだろう。心を落ち着かせ、グラツィオ様に優美に微笑みかける。
「グラツィオ様、私は確かにイジメを受けていましたが、それでも王立学園を卒業できてよかったと思っていますよ」




