★第1話★ 義母と義姉
※暴力的な表現があります。閲覧にはご注意ください。
「これからどうなるんだろう……」
がたごとと馬車に揺られ、行儀悪く壁に頭を寄せて車窓から景色を眺める。
幾つもの町を過ぎていくうちに、どんどん農地が増え、田舎らしい景色に変わり、今は荒野だ。
最初は北の空の彼方に小さく見えていた、白い氷河をいただく山脈も、間近に迫っている。
明日にはラルゴ辺境伯領の領都に到着する。
あの山の向こうは隣国だ。
とうとう、こんなところまで来てしまった。
聖女認定式から3年間——
最初はあの不思議な輝く金色の光に包まれた“聖具”が下賜され、私も光を全身に纏ったせいか、神官様の中にはていねいな対応をしてくれる方もいた。
しかし、私が毎日練習しても角笛から音さえ出せない日々が続くと、次第に距離を置かれてしまった。
聖女候補の修行には、音楽演奏も含まれる。
私はピアノやヴァイオリン、フルートやオーボエなども、真面目に練習し、指導してくれた神官の方々からも褒められるほどだった。
ただし、聖女認定され、“聖具”を下賜されると、その楽器以外は演奏できなくなる。
こっそり試してみたが、ピアノや他の楽器に触れても、やはり音は出なかった。
修行という以上に、音楽の演奏を愛していた私にはとても強い衝撃を与え、心が沈んでいった。
〜〜*〜〜
私はコルピア侯爵家に生まれ、両親や周囲に愛されて育った。
それが7歳で変わってしまう。
お母様が急な病気で亡くなってしまわれたのだ。
それでもお父様と二人、慰めあい、励ましあい、一層大切にされた。
『ステラはグレースが残してくれた形見だ。
紫色の瞳と目許はそっくりだ。
まっすぐな金髪と口許は私に似ているね』
こういってお母様を懐かしみ、涙ぐみながらよく抱きしめてくれていた。
私もお母様が恋しくて、枕を涙で濡らしながら寝たこともある。翌朝は腫れた目許をお父様が優しく冷やしてくれた。
しかしそんな時間も長くは続かなかった。
私が9歳の時、周囲の勧めもあり、お母様のお姉様、私には伯母にあたるマルカ様と、お父様が再婚する。
マルカ様は母の死の1か月前に、私より1つ歳上の娘ラレーヌ様を連れて離婚し、実家のマエスト公爵家へ戻っていた。
娘ラレーヌ様が伯母マルカ様やその夫とも、髪や瞳の色が違い、顔立ちも似ておらず、不貞を疑われ、そこから不和が広がり、離婚となった。
と、後から知った。
伯母マルカ様を持て余していたマエスト公爵家が、
『ステラには母親が必要だ。伯母と従姉妹、血のつながりもあり上手くいくだろう。マルカとグレースは仲の良い姉妹だったのだから』
と、言葉巧みにお父様に押し付けた。
何よりお父様も、グレースお母様から、『マルカお姉様との楽しい思い出』を聞かされており、私のことも考えて、と説明してくれた。
この思い出話は私も聞いていた。
『ステラも妹や弟がほしいでしょう。早く来てくれるといいのに』と優しく頭をなでたり、刺繍を教えてくださりながら、『マルカお姉様ともね』と嬉しそうに話してくださっていたのだ。
この再婚により、私はコルピア侯爵家の一人娘の長女ではなく、形式上は次女となった。
最初の顔合せの時は、義母マルカは優しそうで、実際に再婚後も、義姉ラレーヌの私への小さな悪戯やからかいも宥めてくれていた。
翌年、弟が生まれる。
モルデンと名付けられた男の子は、お父様そっくりで、まっすぐな金髪に青い瞳だった。
私もゆりかごをのぞき、お父様とあやしたりもした。
「本当にかわいい。お父様そっくり」
「ステラにも似ているよ。かわいがってくれるかい」
「はい、お父様」
その時は義母マルカの冷たい視線に気づくこともなかった。
〜〜*〜〜
そんなある日——
私は家庭教師の先生の授業を終えると、弟の部屋を覗いてみた。
義母マルカはソファーに寄りかかり眠っており、ベビーベッドの弟は起きて、かわいく笑っている。
本当に愛らしくて、鈴入りのラトルを振ったりしていた。
背後から義姉ラレーヌが、そっと近づいていることも知らずに——
いきなり思いっきり背中を突き飛ばされた。
私はベビーベッドに身体を強打し床に転がる。
ベッドは激しく揺れ、ラトルは弟の上に落ち、火が付いたように泣き始める。
「何をしているの!ステラ!」
義母マルカがソファーから立ち上がり、私に近寄ると腕を持って立ち上がらせる。
ビシッ!!
頬を思いっきり叩かれた。
打ち付けられた腹部と床に転がった時に打った半身の痛みに、頬が重なる。
物音を聞きつけた乳母が、隣室から現れ、弟を抱き上げ、あやし始める。
「私は……、モルデンを、あやしてた、だけです……」
「だったら、どうして、泣いているのよ!」
「わかりません。私も、後ろから突き飛ばされて……」
「あなたと私以外、誰もいなかったじゃない!
嘘をつくのはおやめなさい!」
ビシッ!!ビシッ!!ビシッ!!
連続して頬を叩かれ、頭がくらくらしていたところに、執事長が駆けつけ、私と義母マルカとの間に割り込む。
その背中に庇われたところで、私は意識を失った。
お父様は王城の出仕から帰られたあと治療をすませ、ベッドに横たわる両頬が腫れ上がった私の手を握ってくださったが、大きな溜め息を吐かれた。
「ステラ。弟に焼きもちを焼いても、ケガをさせてはいけないよ」
「……ちが、い、ます。おと、う、さま……」
口の中も腫れ、上手く話せない私の手をお父様は優しくなでる。
「……そうか。でもしばらくモルデンには近づかないように。わかったね」
「……は、い、おと…さ、ま……」
私は悲しくて、悔しくて、涙が止まらなかった。
私の言葉を信じるべきなのか、というお父様の迷いが伝わってきたからだ。
どうして信じてくれないの——
お母様、グレースお母様は、どうして、どうしていらっしゃらないの——
お父様の手を振り払う力もなく、身体を動かそうとすれば痛く、握り返す気力もなかった。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
1週間後——
怪我から回復したその日から、義母マルカの“厳しい躾”という名のイジメが始まった。
義姉ラレーヌの悪戯や嫌がらせも激しくなる。
子どものお茶会の誘いも勝手に断られ、文通も邪魔される。
私を庇った執事長は、その後も止めに入ってくれたりしていたが、ある晩、お父様から呼び出されてからは様子を見守り、傷の手当てを命じるだけになった。
優しかった使用人達は辞めさせられ、新しく入ってきた者は、私に冷たい目を向ける。
グレースお母様が生きていらっしゃれば、という想いが日に日に強くなる一方で、お父様とグレースお母様の肖像画も外されてしまい、お母様の遺していかれた侯爵邸ではなくなっていく。
まるで本で読んだ継子イジメだ——
そう思った私は、翌日の夜、お父様の書斎をそっと訪ねた。
〜〜*〜〜
書斎には入れてくれたが、お父様に心からの笑顔はなかった。
嬉しいが困った。そんな困惑を取り繕うような微笑みだ。
私は気にせず、ある箱を渡した。
その中には、お母様からの手紙や贈り物、形見分けの遺品など、大切な宝物が入っていた。
お母様がくださった、木製の大きなからくり箱で、私とお父様以外は開けられない。
でも、このままでは脅されて開けさせれるか、斧などで壊されるかもしれなかった。
「ステラ?これはいったい、どういうことだ?」