★第18話★ 女主人
私がどこに住むかは、墓地から神殿へ向かう馬車の中で決めていた。
どう考えてもラルゴ城でないと疑われるということで、私が引っ越し神殿に通うこととした。
大神殿でも既婚の聖女はそうしていた前例もある。何か言われても反論の根拠となる。
私が神官アニマ様や“仕え女”マーチャさんと共に、ささやかながら結婚のお祝いの夕食を囲んでいたころ、クラヴィ様は行政補佐官ランザ様、副団長ジョッコ様と食後の祝杯を挙げていた。
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「ヘタレ卒業と思ったら、やっぱりヘタレだったか?」
「ん?なんのことだ。結婚したんだ。文句はあるまい」
「ふ〜〜〜ん。まあ、いいや。
明日の会議は覚悟しときなね〜。
娘が死ぬことだったって、クラヴィが凍らせかけたレスト伯爵令嬢の父親が怒鳴り込んで来たんだよ。論破して追い払ったけどさ〜」
「俺の結婚相手は俺が決める。前から言ってたことを実行しただけだ」
「ステラ様の指にある『ドアーフの宝』を見たら何も言えないっしょ。あとは角笛を一曲吹いていただければね。
騎士団で文句は出そう?」
「いや、それはないと思う。むしろ歓迎してる」
「で、部屋はどこにすんのさ」
「……母上の部屋を手入れさせた」
「初夜はきちんと一緒に寝ること!手は出さないって誓ってね。その後もなるべく毎日一緒がいい」
「はあ?初夜はわかるが次の日からはいいだろう?
仕事が忙しかったら別々でも仕方ないだろう」
「ジョッコ……。このバカになんか言ってくんない?
夫からそんな扱い受けてる妻が、使用人達から軽く見られてるって、なぜわからない?!
問題なのは使用人達より家臣団だよ!
いい?見えるところでは寵愛しとく。大神殿からつけ込まれないためにもね!」
「ジョッコ……」
「ランザが正しいかと。ステラ様を『新婚から夫に冷たくされている、魅力のない妻』などと侮らせ軽く扱わせ、悲しませたくなければ。
また契約婚、“白い結婚”と疑われないためにもご寵愛を。
それに大切になさらないと、騎士団内でクラヴィ様への不信が出る可能性もあります」
「…………わかった。見えるところではそうしよう。
ス、ステラにも話しておく」
「ちょっと!名前くらいスラスラ言えなくてどうすんの?練習しとくこと!
で、初夜の“証”はどうすんのよ」
「それはだな……」
三人で打ち合わせしたあと、クラヴィはベッドの中で真面目にステラの呼び方の練習しながら、いつのまにか眠っていた。
夢の中でステラはいつものように明美に微笑み、そしてクラヴィを優しく包み込んでくれていた。
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翌日——
朝早く迎えに来た馬車には、クラヴィ様と、カレン・シーヴォと名乗る女性が乗っていた。
ランザ様のお姉様で、ラルゴ辺境伯の家臣団の中で二人いる内の侯爵の一人、シーヴォ侯爵家当主に嫁がれている。
この王国では辺境伯は侯爵の上の身分とされており、ラルゴ辺境伯領は半ば独立国家だ。
馬車の車中で相対し、私からあいさつする。
「カレン様、どうぞよろしくお願いいたします」
「ステラ様。ステラ様は私達の主人でございます。
それだけお美しく聖女でいらっしゃり、母方では名門マエスト公爵の血を引き、コルピア侯爵令嬢のご出自。
文句のつけようがございません。つけるほうがどうかしております。堂々と振る舞ってくださいませ」
私は静かに深呼吸しながらグレースお母様を思い出し、優美に微笑む。
「忠告ありがとう、カレン。よろしくお願いします」
「奥様。誠心誠意、お仕えする所存にございます」
ランザ様に似た目が細まり口調も和らぐ。
早速さまざまな打ち合わせを行い、クラヴィ様にも容赦がない。
姉弟でこういうところもよく似ている。
「今日の午後、30分でいいのでお立ち会いください。
『あのクラヴィ様が』という重みがあり、ステラ様のお立場も強固になるのです」
「わかった」
「決して気のない素振り、退屈な様子を見せてはなりません。激務の間、30分を割く価値のある愛妻だ、と見せつけるのです」
「努力する」
「努力ではなく実行です。よろしいですか?」
「あい、わかった」
「あの、カレンはクラヴィ様とお親しいのですか?」
「はい。弟と同い年で、よく遊びに来られていたので、幼馴染のようなものでございますね」
「そうなのね……。では昔のクラヴィ様のお話を聞かせてもらえるかしら?」
「もちろんでございますとも。ふふふ……」
私とカレン様は小さく笑い合う横で、クラヴィ様は少しむすっとしたすねた表情をされていた。
だがラルゴ城に到着し降り立つと、雰囲気はガラッと変わり、“氷河”と呼ばれる冷たい表情を見せる。
それでも私を降ろしてエスコートしてくれる手は、優しく気遣ってくれ安心する。
そして出迎えた使用人達に宣言する、
「今日からこの城の女主人となる私の妻、ステラ・ラルゴ辺境伯夫人だ。
ステラの言葉は私の言葉と思うように。よいな!」
『かしこまりました!』
「ステラ。部屋まで送りたいが時間がない。許してほしい」
クラヴィ様はハーフアップにしていた私の金髪を一すくい取ると、そっと唇を落とす。
整った顔立ちで冷たい表情だが優雅な所作で、声は使用人への周知とは異なりとても優しい。
破壊力満点で、女性使用人の中からは声にならない悲鳴が聞こえてくる。
「はい、クラヴィ様。いってらっしゃいませ。ご無理はし過ぎませんように」
私は小さく手を振って見送る。
心臓に悪いことはいきなりしないでほしい。あとでお願いしておかないといけない。
動揺を抑えつつカレン様に促され、使用人達にあいさつする。
「今日からこの城の女主人となったステラ・ラルゴです。執事長と家政婦長は後ほど指示があった際、私の部屋に来るように。よろしくて?」
「はい、奥様」
「はい、ステラ様」
執事長は早くも奥様と呼んでくれたが、家政婦長は“ステラ様”だ。
最初が肝心と思い、左薬指の『ドワーフの宝』を見せつけるように、髪を少しかきあげてから問いかける。
「家政婦長、それがこのラルゴ辺境伯家の女主人、ステラ・ラルゴへの物言いですか?
あなたに名前を呼ぶ許可を与えてはいません」
「…………申し訳ございません。奥様」
認めたので良しとしよう。公衆の面前での追い詰め過ぎはよくない。
「思い出してくれたようでよかったわ。ありがとう。
これからはよろしくね。
では、カレン。案内してもらえるかしら」
「はい、ステラ様」
私達はクラヴィ様のお母様が使っていたお部屋に入る。ほっとしたのも束の間、カレン様の檄が飛ぶ。
「さあ、聖女様から辺境伯夫人に、華麗なる変身を遂げさせていただきますわ」
カレン様が選りすぐった侍女により、私はまずバスタブに送り込まれ、磨き上げられた。
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「よく来てくれました。そこに座って」
数時間後——
執事長と家政婦長は、私をポカンとした顔で見つめていた。それはそうだろう。
今まで白い聖女服しか着たことがない私が、クラヴィ様の瞳の色である緑に銀の刺繍入りのドレスを纏い、金髪も編み込みを駆使し、両サイドを少し残した以外は美しく結い上げていた。
そして何より、左薬指には『ドワーフの宝』が輝いていた。
「これから二人には私の下で、この辺境伯家を盛り上げていっていただきたいの。
そのために、執事長にはここ3年間の帳簿を、家政婦長には“鍵”を、宝物庫も開けられるものを渡していただきたいの。
ああ、これはクラヴィ様のご命令です。
お怒りを受けたければ、確かめてくれても構わないわ」




