★第16話★ 告白
「ここだ。地下には遺骨の一部や遺品を納めている」
墓地の奥、殉職者の葬った墓というよりも大きな碑があった。
『ラルゴを護りし者、ここに眠る。その名誉と武勲を讃える』と刻まれている。
「俺の父母と兄も、一部や遺品はここにあるんだ……」
「神の御許での安らかな眠りをお祈り申し上げます……」
「……感謝する。参ろうか」
クラヴィ様と私は花束を捧げると、碑の前に立ち殉職者を追悼する。
特に『俺の父母と兄も、一部や遺品』ということは、遺体も残らなかった方々もいるということなのだろう。凄惨な犠牲の上に堅い守りがあるのだ。
私達二人を副団長閣下ジョッコ様がいつものように黙って見守っていた。
〜〜*〜〜
「聖女殿、ついてきてほしい……」
クラヴィ様の背中を追い碑の後ろ側に回ると、階段があった。
「ジョッコはここで待機しろ」
「承知しました」
二人で階段を降り、扉の鍵を開け中へと踏み入る。
入り口で灯りをともし、カンテラを持ち一番奥へまっすぐ進むと、大きな区画があった。
「ここには先祖代々、魔物と戦い死亡した辺境伯一族が眠っている。『遺体は無くとも想いは共にある』と父母がよく話していた」
「そうなのですね……」
不思議と怖くは無かった。ここはラルゴの平和を守ろうと力を尽くした方々が安らかに眠る場所なのだ。
クラヴィ様はカンテラをフックに掛けると、壁に鍵を差し込み、隠し棚のような箇所を開け何か小さな箱を取り出していた。
また鍵をかけると黙って私の前に跪ずく。
「クラヴィ様?」
「聖女殿。いや、ステラ・コルピア侯爵令嬢、私と結婚してほしい」
「…………何を仰っているのですか?!」
言葉の意味だけでも理解するのに時間がかかった。
急な話に私は戸惑うばかりだ。クラヴィ様は真剣な表情で、私を緑と赤の金銀妖瞳の眼差しでじっと見上げる。
長い銀髪にカンテラの光が揺らめいていた。
「俺と共にラルゴを護ってほしいのだ。
俺はあなたを護ると誓った。あなたを王都から、大神殿から護るにはこれが最もいい、いや、これしかないんだ……」
「クラヴィ様。きちんと事情を教えてください」
「そうだな。実は……」
クラヴィ様は立ち上がると、私はランザ様が説明した内容を聞かされた。
「こんな風に急に言われても困るだろうが、ここラルゴに留まりたいなら、この方法が最も効果的だと俺も思う……。
ラルゴを護る同志として、結婚してほしい、
契約結婚で……。白い結婚で……。
あなたが自由になれるときが来たなら、いつでも離婚に応じる」
「そんな、そんな、私を守るために、クラヴィ様が犠牲になるなんて、嫌です!それぐらいだったら……」
「俺にも利益のある話だ。本当に結婚したくなくて断り続けていたが、それも難しくなっていた。
ラルゴの跡取りにはグラツィオがいる。
俺は子どもを作る気がない。理由はこれだ」
クラヴィ様が左手の手のひらを上にすると、小さな炎が浮かび上がる。
「え?!」
「そうだ。俺も多属性の魔法を操れる。
氷以外は、火と風と水だ。
このラルゴ辺境伯家では、15歳を待たずに出現したらすぐに魔法の訓練を始める。
魔物との戦いが厳しいためだ。ヤツらは魔力の強い者に惹かれやってくる。
それから身を護るためだと伝えられてきた。
ラルゴが辺境伯領だからできることだ。
王家も知らぬふりをしている」
確かに国法に違反する行為だが、事情を聞けば仕方ない。命を守るためなのだ。
「俺に多属性魔法が出現したとき、父も母も驚き絶対に言ってはならない。秘密だ、と口止めされた。
多属性の中に《治癒》魔法がなかったためだ」
「それは……」
「本当に稀だが、男にも《治癒》魔法が出現し、聖女のような存在として神殿に入ることがある。
数十年に1度、あるかないかと言われているが、優秀だったあなたは聞いたことはないか?」
「はい。あり、ます……」
大神官様を始めとした数名がそうなのだ、と座学で聞いた記憶がある。
「そうだろう?
だが俺には《治癒》魔法は出現しなかった。こんなことは聞いたことがない。
人間ではないとひどい差別を受け、下手をすれば大神殿に連れて行かれ、調べ尽くされたあと、人の形をした魔物として殺されるかもしれない。
そう危惧した父と母は、俺に封印のピアスを与え、訓練のときだけピアスを外し行っていた。
俺の制御はまだ不安定で、暴発しかねず危険だったからだ。
あの、大襲来の時も、俺はピアスを付けたまま、父母が飛龍と戦い、殺され、喰われる姿を目の当たりにした。
今ならわかる。飛龍の目当ては、魔力の強い俺だったんだ。
兄も俺を護ろうとして殺された。
それを目の前にして、ピアスを外した。喰われても仇を取れればいいと思った。
皮肉なことに、その時初めて操れたんだ。
飛龍を《突風》で落とし、目を《燃焼》させ燃やし、身体中に《氷柱》を突き立て殺した。
その時、右目が熱くなったのは覚えている。気づけば赤くなっていた。なぜこうなったかは俺にもわからない。
やっと冷静になって、隠れていた姉とグラツィオを探しに行ったときには姉は殺されていた。
グラツィオはその遺体に抱かれていたんだ……」
悲惨な、むごたらしい、しかし、クラヴィ様を守ろうとしたご両親の気持ちも痛いほどわかる。
大神殿では魔物の研究も一部では行われている。魔物退治のためと言われ、私達が修行の一環で見せられた魔物もそうだった。
「クラヴィ様……」
「俺は自分の子どもを作りたくないんだ。
俺のような子どもがもし生まれたら、父母のように育てる自信などない。
俺のせいで父母は死んでいったようなものだ。
だから……。この魔力を用いて、領都の《結界》を強固にしている。
そうでないと、いつ俺目当てで、強大な魔物があの山脈を越えて現れるかわからないからだ」
強大な魔物は国の東西南北の四辺、人の手があまり入っていないところに生息していた。
いや、追いやられた、と言ったほうが正しいかもしれない。
「……それで、私にも協力を?」
「ああ、そうだ。《結界》の保持作業は本当に感謝している。俺にも利益があると言ったのはこのためだ。
あなたにはラルゴにいてほしい。ここで、俺と共に、ラルゴを護ってほしい。
だが、本当に好きな相手が現れたら言ってくれ。
大神殿が諦めて安全なときだったら、いつでも離婚に応じる。書類にしてもいい」
私は理性と知性では状況をしっかり理解していても、心は混乱していた。
私は協力者として誠実に求められているのだ。
大神殿から護られ、王都に戻らなくても良くなる。
それはとても光栄なことなのに、名誉なことなのに、どこかで胸が痛んでいた。
でも、このままでは、大神殿に連れて行かれる——
「クラヴィ様。いえ、クラヴィ・ラルゴ辺境伯閣下。
私、ステラ・コルピアは求婚をお受けいたします。
どうかよろしくお願いいたします」
「その……。契約結婚としてくれるか?」
「はい……」
「“白い結婚”でもいいだろうか」
「はい、構いません。私も父は大好きですが、事情は理解しますが、それでも再婚後はとても苦しいものでした……。
7歳までの父母の愛があったからこそ生き残れました。
ですがそれ以降は、たとえ義理でも血は繋がっているのに、とても苦しい思いをしました。
ですので一生独身のつもりだったのです。
ご安心ください……」
「そうか……」
「はい……」
クラヴィ様の言葉には、どこか安心した響きがあった。
また胸がチクンと痛む。
安住の地を得られそうなのに、喜ばしいことなのに。
「では、改めて求婚を受け入れてくれた証にこの指輪を贈る。
我が家に伝わる魔法の指輪だ。
母も贈られ身につけていた。飛龍の消化液にも耐えていたものだ。っと気持ち悪いな。すまない」
「いえ、命懸けでお子様を守ろうとされたお母様のように、私もラルゴとクラヴィ様をお守りします。
互いに守り合う証といたしましょう」
「ああ、ありがとう……」
繊細な白金細工の指輪を左手の薬指に付けられると、大きかった輪がすうっとはまった。
「まあ、なんて不思議な……」
「ドアーフが作った品で、ラルゴ辺境伯家にふさわしい女性を選ぶと聞いていた。
あなたなら選ばれると思っていたんだ」
少しはにかんだ表情を見せる。グラツィオ様に似てらっしゃって、今はどこか少年らしい。
「名誉なことでございます。どうぞよろしくお願いします、クラヴィ様」
「俺、いや、私こそ、よろしく頼む。え、あ、そのステラ、殿」
「俺で構いません。どうぞ、気を楽にお過ごしください。
私のことは、ステラ、とお呼びくださいますか?
疑われてしまいますでしょう?」
「ああ、そうだな。よろしく頼む。ステラ」
抱擁ではなく手を差し伸べられ、握手を交わす。
しかも墓地の中だ。
私の結婚生活はこんな風に始まった。
全く雰囲気のない求婚で、申し訳ありません(^^;;
ポンコツなクラヴィに代わり、お詫び申し上げますm(_ _)m




