★第15話★ 妙案
「で、聖女ちゃんはどうだったのさ?」
「聖女ちゃんはやめろ。失礼だ」
「じゃあ、ステラちゃんで」
クラヴィは行政補佐官ランザをじろっと睨む。
「はいはい。聖女殿は役に立ったの?」
「立ちすぎだ。死者無し、負傷者もほぼ無しだ。
《治癒》以外の魔法も発動して使えていた」
「え?!ホントに?!」
「事実だ。すごかった。聖女殿が言うには……」
クラヴィはランザに説明しているところに、副団長ジョッコが報告に現れる。
騎士団は後処理を終え、三頭犬を火魔法で焼き尽くし土魔法で埋め、風魔法と水魔法で火種と痕跡を消し去っていた。
他の魔法は一部を除き、クラヴィの氷魔法の効果が落ちるため、また相乗効果が得られるほどの者がいないため、戦闘中は用いないことも多い。
その代わり魔物の処理などで活躍していた。
「ご苦労。皆、休ませたか?」
「飲みに繰り出す者もいましたが、ほとんど休養しています。箝口令は重ねて厳しく命じました」
疲弊していたステラは、クラヴィ自身がラルゴ神殿へ送っていき、神官アニマに事情を伝えていた。
アニマは覚悟はしていたようだが、くれぐれもステラを守ってくれるように、重ねてクラヴィに依頼していた。
「ここまでやっちゃったら、遠からず大神殿に知られて、連れ戻されちゃうよ〜」
「聖女殿がいなければ、死者が何人出たかわからないんだぞ。誰が話すって言うんだ」
「それは騎士でしょ。仲間内だけでも盛り上がっちゃうと、親しい相手には『ここだけの話だ』って喋るのは目に見えてるじゃん。
今日、飲みに行ったヤツらも守れるか怪しいもんだよ。『人の口には戸は立てられず』だ」
ランザにばっさり指摘され、さらにはジョッコも渋い表情で頷く。
「何か妙案はないか?アニマ神官にも聖女殿にも誓ったんだ」
「だ〜か〜らっ!手っ取り早い手があるじゃない。
とっても有効で、神殿も早々手は出せなくなる方法が!」
「前にも言ってたな。いったい何だ?」
「え!マジわかんないの?!
クラヴィが聖女殿と結婚するんだよ。婚約じゃダメ。婚約破棄とかさせられそうだし、結婚が一番の妙手だよ」
「…………ジョッコはどう思う?」
「私は聖女殿が了承されれば、ランザの言うとおりかと思います。あれほど王都に帰りたくないと仰っていたのです。殺されるかもしれないと、怯えてらっしゃいました。
また騎士ならば守るべき対象でございましょう」
「では、騎士団長の俺を含めて全員で、いや、騎士団全体で、忠誠を捧げるのはどうだ?」
「それでも弱いと思うよ〜。
はっきり言えば、聖女殿は大神官の言うとおり、“お墨付き”で特別だったんだ。
話を聞いてたらまるで“大聖女”だ。
第二王子あたりが、あの処分要求してきた侯爵令嬢と婚約解消して、聖女殿に結婚を申し込んだら逃げられると思う?」
「………………」
「どう考えたって無理でしょ?
それで王都に連れ戻されて、いいように使われる訳だ。
聖女殿は真面目だから、国全体を守るためだ、とか何度もしつこく言われたら、嫌って言えなくなるだろうね〜。
めでたく、第二王子妃、大聖女の誕生で国を挙げてのお祝いモード。実際はこき使われる毎日で、第二王子は浮気し放題って感じじゃないの?」
「………………本当に結婚しか手はないのか」
「逆に聞くけどさ〜。どうしてそんなに嫌がるの?
契約結婚だっていいじゃない。最悪“白い結婚”だってさ〜。
その時でも後継者はグラツィオ様がいる。まあ、聖女殿の肩身は狭くなるだろうけどさ〜」
「はあ?どうしてだ?」
「あのさ。自分の状況、思い出してよ。
降るようにある縁談も、口説こうとする強者もずっと冷たく拒絶してきたじゃない?
ソイツらが実家も含めて、聖女殿をよく思わないのは想像つかないの?
恋愛関係も凍りすぎてて、マジ、ポンコツだなぁ」
「…………わからないから、わからないと言ったまでだ。
そんなに恩知らずがいるのか?」
「だって、結界の保持作業だって公開してないし、《治癒》も人数限定してるし?
それなのに、クラヴィと一緒に塔に上ってなんかしてるし、グラツィオ様のピアノ教師で仲はいいし、クラヴィを狙ってる令嬢達の嫉妬の的になってんだよ?
ジョッコがいるから近寄れないけどさ〜。
恩知らずな親どもがライバルを蹴散らして自分の娘を辺境伯夫人にするために、喜び勇んで王都に手紙を、いや、早馬を送るのは目に見えてるさ。なあ、ジョッコ?」
寡黙なジョッコが何度も大きく頷く。
ランザの主張への全面的支持を意味していた。
「…………ちょっと考えさせてくれ」
「ちょっとってどれくらいだよ。
長くても1週間だ。王都に早馬がついて大神殿が動き始める前に、婚姻して入籍しとかないと誓いは絶対に守れないよ」
「…………わかった」
「クラヴィ閣下。ラルゴ神殿に警備が必要だと思います。
慮外者が聖女殿に危害を加えかねません。
暴行を加え、クラヴィ閣下との婚姻を諦めさせるような手に出るかもしれません」
「そんなコトをさせてたまるか?!
ジョッコ!明日の早朝から、いや今から護衛役を差し向けろ!
遠慮するだろうから隠密でだ!」
「はっ!かしこまりました!」
「だから早く婚姻しろって言ってるんだ。
はっきり言えば不能でもいい。最初は“白い結婚”で上等だよ」
「ランザ!言い過ぎだぞ!不敬だ!言葉を控えろ!」
「不敬結構!俺との結婚で聖女殿が守れるなら、今すぐ申し込むさ。でもたかが伯爵には無理なんだよ。
ああ、クラヴィ。隣国に逃げないよう気をつけろ、って護衛役に伝えといてね。あんなに嫌がってたんだ。
思い詰めたらやりかねない。複数属性持ってるなら実行も可能だ。アニマ神官も後押しするだろう、
そしたらクラヴィの立場が危うくなる。
女性騎士も加えてずっと張り付かせといて」
「…………承知した」
ステラが隣国に逃亡するかもしれない、と聞きクラヴィは焦る。
なぜかわからないが、完全に自分の手の届かないところへステラが行くことを考えると胸がズキンと痛んだ。
王都ならまだ取り返せるチャンスはあるかもしれない。
しかし隣国では自分の手では守れないし手出しも無理だ。
離れてしまうのも嫌だった。
「クラヴィ、ホントのコト、言いすぎたかもしれないけどさ。まずはゆっくり休んで、マトモな心身になってから、考えてくれ。今夜眠らずに考えてもどうにもならないよ」
「わかった。すぐに寝る」
珍しくクラヴィが先に立ち、執務室を出て行く。
残った側近二人は顔を見合わせ、ため息を吐いたあと、何事か話し合っていた。
〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜〜〜*〜〜〜
翌日——
私は《結界》保持作業を手伝っていた。
クラヴィ様もいつも通りで、昨夜手を重ねてしまったことに触れてくれないのは正直助かった。
迎えの馬車から副騎士団長ジョッコ様と一緒に乗っていたのには驚いたが、体調確認を何度もされた。心配してくださったのだろう。
身体は回復しむしろ楽なほどだった。
菜園や薬草園で歌った時も白い光が取り巻き、その分、元気をもらった気がする。
リュートのレッスンも仕事のため、もう少し延期させてほしいと言われ、ほっとしている自分と残念に思う自分がいて戸惑う。
——何を考えてるのよ、ステラ。クラヴィ様は私の能力を認め役立つようにしてくださる稀有な方なのに。
知れば知るほど、最初のあいさつの時は試されていたんだな、と改めて思う。
「それで……、殉職者の墓には、ジョッコが案内する」
「あ、ありがとうござい」
「クラヴィ様、それは失礼かと存じます」
珍しく、この塔の上での会話にジョッコ様が加わってきた。それも割り込んでくるなんて、普通の会話でも初めてかもしれない。
クラヴィ様は小さなため息を吐くと、言葉を続ける。
「やはり私が案内しよう。殉職者に失礼だ」
「あの、無理をなさらなくとも、また今度でも大丈夫です」
用意した花束はもったいないが、神殿に飾ればいいだけだ。
「いや、一期一会とも言う。私も彼らの前で言うべきこともある」
「……そうですか。ありがとうございます」
エスコートの優しさは変わらない。心を配ってくださり1階まで降りる。
「少しだけ待っててくれないか。持っていきたいものがある。玄関で落ち会おう」
「はい、お待ちしています」
優美に微笑むと、クラヴィ様は少し頭を振り足早に去っていく。
「クラヴィ様。ご無理でしたらまたの日で大丈夫ですのに……。心配です」
「……聖女殿。クラヴィ様ならご心配には及びません。
やる時にはやる男だと思いますよ」
「そうですね。職務にとても忠実な方だと思いますわ」
ジョッコ様も小さなため息を吐かれる。
『私、何か変なことを言ったかしら』と思いながら、玄関で待っていると、知らない女性が話しかけてきた。
服装からして貴族令嬢のようだ。家臣団のご令嬢なら失礼があってはならないと思いお辞儀をすると、ふんっと鼻で笑われた。
王都での記憶が蘇り、警戒すべき相手だと告げる。
「ここのところ、クラヴィ様にいつもくっついて!失礼なのよ!分をわきまえなさい!」
「職務を共に行なっております。“いつも”ではなく、職務の間だけです。それもクラヴィ様から依頼されたことですので、ご不快ならばクラヴィ様に仰っていただけますか?」
「……本当に図々しい。グラツィオ様にも取り入って!
ピアノ教師ですって?!ピアノも弾けないのに何をしてるのだかわかっ」
「レスト伯爵令嬢。それ以上失礼な物言いをするのは、私が許さない。ピアノのレッスンには私も立ち会っているが、正当で素晴らしいものだ。変な憶測はやめたまえ。
また聖女ステラ殿の出自は侯爵令嬢だ。
あなたが侮ってよい方ではない。この領都に住むなら尚更だ」
「…………ジョッコ様にまで取り入って!本当に“悪辣令嬢”ね!」
「?!?!」
“悪辣令嬢”……?
どうしてこの方がこの言葉をご存知なの?いったいどうして?!
私が黙っていると、ふふんと嘲り笑う。
「やっぱり本当だったのね。早く帰りなさいよ!この城に二度と足を踏み入れないって約束」
ここでジョッコ様がレスト伯爵令嬢の腕をひねり上げる。
「不敬罪と名誉毀損罪の現行犯で逮捕させていただこうか?聖女殿がどれだけラルゴ領のために貢献されているか、お父上に聞くといい!」
「い、痛い!やめて!誰か!助けて!」
そこにクラヴィ様が花を持って現れる。ジョッコ様が手を緩めると、レスト伯爵令嬢はクラヴィ様に駆け寄る。
「クラヴィ様!あんな“悪辣令嬢”に騙されてはいけませんわ。王都で散々、酷いことをした挙句、ラルゴでも」
レスト伯爵令嬢の全身が霜で白くなっていき、ところどころ小さく氷が張っている。
「聖女ステラ殿の名誉のために断言する。
“悪辣令嬢”などは聖女殿を貶めるための妄言だ。
昨日の魔物討伐でもどれだけの人間を救っていただいたかわからないほどだ。
なのにそのような暴言を言うとは、我が家臣の子女ながら情けない!
警護役!不敬罪、名誉毀損罪の現行犯で逮捕・拘禁しておけッ!
地下牢へ連れて行けッ!」
『ははッ!』
「違うわ!やめて!私は何もわるくフォガフォ#%^*+“$€……」
ジョッコ様にハンカチを口に突っ込まれた令嬢は、警護役に引き立てられていく。
「領民がすまないことをした。申し訳ない。
さあ、行こう」
「は、はい」




