3_揺れる想い
それから数日後、彩香は湊と再び会う約束をした。
次は、音楽室にまつわる話を少しだけでも実現させたくて、湊を誘うことに決めた。
土曜日の午後、二人は久しぶりにあの音楽室へ足を運んだ。
校舎の古びた扉を開けると、懐かしい匂いが漂っていた。
長い年月が経っているにもかかわらず、どこか温かみのある空気が感じられる。
「すごいね、まだこのままだ。」
湊が呟いた。
音楽室の壁には、過去に二人が書いた楽譜やメモが残されているのを見つけた。
「うん…」
彩香は静かに頷きながらも、少し照れくさい気持ちが込み上げてきた。
あの頃と変わらない空間に戻ることができて、懐かしさが心に満ちていく。
しかし、それと同時に、湊との関係が過去の延長線上でないことも感じていた。
湊は、音楽室の中でピアノの前に座った。
数年ぶりに触れる鍵盤に、彼は少し緊張しているようだった。
「弾いてみてもいい?」と湊が尋ねる。
「もちろん、どうぞ。」
彩香は微笑んだ。
湊が指を鍵盤に置くと、音楽室に静かな旋律が広がった。
それは、二人がよく弾いていた曲だった。
湊が弾くその音楽は、まるで過去の時間を再び呼び戻すかのようだった。
彩香はただその音色に身を任せながら、湊の横顔を見つめていた。
「懐かしいね。」
湊は演奏を終え、静かな声で言った。
「本当にね。」
彩香も答えながら、少しだけ目を伏せた。
湊との再会がただの偶然ではなく、何か運命的なものであるように感じていた。
けれど、彼女は自分の気持ちに正直になることが怖かった。
「でも、君のピアノは本当に素晴らしい。」
湊は真摯な眼差しで言った。
「今でもこうして弾くと、昔の自分に戻れる気がする。」
その言葉に、彩香は胸が詰まった。
湊の真剣な視線に、思わず気持ちが揺れる。
彼の優しさが、昔よりももっと大きく感じられた。
しかし、彩香はしばらくその思いに踏み込むことができなかった。
「湊、私、今、恋愛とか怖いんだ。」
急に言葉が口をついて出た。
湊は驚いたように見つめたが、すぐに優しく頷いた。
「わかるよ。だって、昔みたいに簡単にいかないよね。」
彩香はしばらく黙っていたが、湊の言葉が何か心に響いた。
そして、気づいたときには、もう湊に心を開いている自分がいた。
「でも、湊に会えてよかった。昔のことを思い出して、少しだけ心が軽くなった気がする。」
彩香はふっと笑った。
湊も笑いながら、
「俺もだよ。昔から変わらない彩香の笑顔が見れて、嬉しい。」
と言った。
その瞬間、彩香は湊の目の奥に深い孤独を感じた。
それは、彼がどれだけ自分を大切に思ってくれているか、そして自分もその想いに応えたいという気持ちが湧き上がっている証だった。
けれど、彩香はまだその一歩を踏み出すことができないでいた。
過去の恋愛の傷がどうしても足を引っ張る。
それでも、湊と過ごす時間がだんだんと大切に思えてくる自分を感じていた。
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