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第4話 地下猫神殿にゃぱりぱーく①

 大理石の玄関から白い石畳を抜ける。

 吾輩は悠然と歩きながらアーチの外に出た。

 フリーダム!


 王の座す猫神殿は決まった場所に入り口を用意されていない。

 だから吾輩も正確な場所は知らない。

 猫ならば適当に歩き回っているだけで着くので、場所を気にしたこともない。

 たぶん地下にある。

 人間が一緒にいると入り口も現れないので猫時空にあるのだろう。

 吾輩も猫時空がなにか知らぬ。

 ただ人間が頻繁に猫ねこネットワークや猫時空などの存在について提唱しているので、存在するのだろう。


 適当に塀の上を建物の隙間を抜けていく。

 猫の認識は人間のように空間に惑わされない。

 人間は右に回り続ければ建物を一周する。

 同じ道を通れば同じ道を通り続ける。

 そんなくだらない思い込みなどどうでもいいというのに。


 猫は同じ道順で常に違う道を移動する。

 本能のまま好き勝手に狭い塀のうえや側溝の中を疾走する。

 吾輩は汚れるのは嫌なので側溝の中には呼ばれたときにしか行かないが。


 ――にゃ〜


 ちょうど呼ばれたので側溝の中に入った。

 本来ならば側溝の中は汚れている虫も多い。

 けれどここはもう猫の道だ。

 穢れも虫も侵入できない。

 だから綺麗好きな吾輩も躊躇いなくダイブインした。


 薄暗い側溝の中。

 猫の王の悪戯心か、四角く狭いはずの側溝の形が円になっていた。

 上部には耳を模した二つの三角形がついている。

 少し進んでいくと壁に赤い猫ボタンがあった。

 吾輩は綺麗に滑ることができるように後ろ足で立ち、二足歩行で肉球を合わせるようにボタンを押す。


 ――にゃ〜ん


 気の抜けた王の鳴き声。

 それとともに地面も抜けた。

 瞬間の浮遊感。


 吾輩は慣れた感じで仰向けに寝転がり、右後ろ足を前に出す。

 抜けた地面の先は地下深くに続く猫スライダーだ。

 スライダーはつるつるで一度落ちれば、猫でも駆け上って脱出することはできない。

 爪を立てても肉球を押し付けても止まらないつるつるだ。

 猫でもビビるくらいスピードが出る。

 ヘビのように上下左右にうねっていて、視界も方向感覚もぐるんぐるん回りまくる。


 猫神殿までノンストップだ。

 初めての猫はパニックを起こすか気絶してしまう。

 まったくもって趣味の悪いからくりである。

 人間のえれべーたーの方がまだマシだ。

 だから吾輩は何度も猫神殿にえれべーたーをつけてくれと陳情している。

 他の猫も頼み込んでいる。

 けれどそんな当たり前の願いを猫の王が聞き届けてくれたことはない。

 故にベテランの猫はみんな心に誓うのだ。


『猫の王……許すまじ! 猫誅にゃんちゅう!』 


 吾輩は右後ろ足に気合いを入れた。

 そしてスライダーの勢いそのままに、光り輝く出口を飛び出して滑空する。

 ドロップキックである!

 伸び切った身体。

 スラリとした後ろ足を見せつけながら、巨大な三毛のもふもふ壁と衝突した。


 もふもふに突き刺さるドロップキック。

 もふっと沈み込んだ。

 衝撃の全てをもふもふされた。

 やはり効かないか。

 吾輩渾身のドロップキックを食らって痛痒もないとは、さすがは猫の王である。

 気を取り直して吾輩は自然落下中に姿勢を整えてすたりと着地した。

 そして目の前の巨大なマンチカンの猫の王を見上げる。


 猫の王は猫らしい愛くるしさと呆れを醸し出しながら吾輩を見下ろしている。

 でかい。

 さすがに吾輩の住まう十階建てのレディースマンションよりは大きくない。

 けれど人間の住まう家よりは大きい。

 三階建てはわからん。

 そんな塩梅の大きさだ。


『どうしてお前らは来るたび来るたびはドロップキックを決めてくるのだ?』


『おのが行いを顧みられよ猫の王よ』


 吾輩がそう告げると猫の王は首を傾げた。

 金色の王冠に赤いマント。

 そして近年猫の王が身につける物として加わった長靴を履いている。

 正確には長靴ではなくバッシュだが。


 王の世代交代の折にマンチカンは短足種なので長靴を履けない問題が勃発したらしい。

 吾輩の生まれる前の話なのでよく知らない。

 とりあえず靴を履いておけばいいという猫マインドに従い、選ばれたのがバッシュだったらしい。

 まあ長靴をはいた猫よりも、バッシュを履いた猫の王マンチカンの方が強そうではある。

 これが今代の猫の王だ。


 恒例の猫の王への挨拶は済ませた。

 王から視線をずらすと、そこは壮大な地下空間だ。

 巨大なコンクリートの床。

 十階建てのレディースマンションがすっぽりそのまま入りそうなほど高い天井。

 それを支えるのは何本もの巨大なキャットタワーだ。

 その中には我が同輩の猫どもがにゃんにゃんと寄せ集まっている。


 猫の王が御わす場所がなぜ猫宮殿ではなく猫神殿なのか。

 この場所から感じる畏怖。

 それこそが神殿と呼ばれる所以である。


 ちなみに……だが、人間の建造物にこの猫神殿ととてもクリソツな施設がある。

 首都圏外郭放水路と呼ばれている。

 過去に猫神殿に迷い込んだ人間がおり、猫神殿に感銘を受けたため真似て建造したのだろう。

 吾輩は猫の尊厳をかけて、頑なにその説を信じている。

 信じているが、もしかすると猫神殿の方があとかもしれない疑惑がある。

 猫が先か人が先か。

 悩ましい問題であるが、正直どうでもいいので気にしていない。


 さて本日、猫神殿まで赴いた目的を果たすとするか。

 それは……あれだ。

 なんだったか。

 吾輩も忘れかけていたが忘れてはいない。


 ニャコのアラサーの呪いを解くのだ。

 同胞猫達に飼い主の婚活を促進する檄を飛ばす。

 全ては吾輩のちゅーとろのためだ。

 そんなわけでぷれぜんの許可取りをしなければならない。


『猫の王よ。お立ち台に上がらせてもらっていいか? 吾輩達、猫の未来をかけたぷれぜんを行いたい』


『猫の未来をかけたプレゼン?』


『このままでは犬に負ける』


『今すぐやれ。協力は惜しまん』


『感謝する』


 猫の王は犬へのライバル心が強いので許可取りは一発だった。

 吾輩はお立ち台の上に乗る。

 目の前には何本もの巨大なキャットタワー。

 一本につき千猫と考えると、目の前には……えーと……とにかく同胞猫達がいっぱいいる。


『聞け! 皆の衆!』


 吾輩は意を決して叫んだ。

 にゃおーんと鳴いた。

 ……反応はなかった。


 想定されていたことだ。

 基本的に猫は唯我独尊。

 人の話を聞かない。

 同胞の話も聞かない。

 だいたい聞き流している。

 これが猫だ。


 仕方がない。

 久しぶりにアレをやるか。

 この猫神殿でのみ可能な変身を!


 外でやったことがないからできるかどうか知らぬが。


 吾輩は両前足を天に掲げて伸びをする。

 猫背矯正するように伸びをする。

 スラリとしたら腰をクネクネして後ろ両足の力を溜める。

 そしてくるりと後ろ回りにジャンプした。


 毛のない細い二本足でお立ち台に降り立つ。

 細い腰と豊か胸を包むのは純白のサマードレス。

 艷やかな白銀の髪の毛がお尻ぐらいまで大量に流れている。

 お耳にはピンと純白の猫耳。

 お尻にはメインクーンの特徴でもふわふわの長い猫尻尾。

 人化の法である。


 人間で言えば年の頃は十代後半に見える細身の少女といったところであろう。

 吾輩はまだ一歳ほどであるからな。

 それでもニャコよりは背が高くスタイルもいい。

 ちんちくりんのニャコに勝っても自慢にはならないが。

 吾輩は人間の手で用意されたマイクを持った。


「吾輩の歌を聞けぇぇぇーーーーーっ!」


 人間の少女の高い声質が猫神殿に響き渡る。

 分厚いコンクリートに音が跳ね返り、何度も何度も山彦される。

 キーンとマイクが悲鳴をあげる。

 これにはキャットタワーでにゃんにゃんしていた同胞猫達もビクンと動きを止めた。


 吾輩に視線が集まる。

 近年家猫は人間にご飯をもらっているので、人間の声の方が反応がいい。

 そのため猫神殿でなにか主張したいならば、こうやって人化するしかない。

 なんたる皮肉であろう。

 ちゃんと猫の話を聞くのだ猫同胞よ。

 それにしてもマイクを握って思わずニャコのカラオケの第一声を真似てしまったが。


『歌うのか?』


「歌わないが?」


『ならばなぜ叫んだのだ……』


 ニャコのモノマネである。

 ちなみにニャコの趣味は吾輩を連れての一人カラオケに行くことだ。

 人間の歌はわからないがよく『99』や『98』、たまに『100』という数字が出ていたので、おそらくニャコは歌が上手いのであろう。

 そして吾輩もニャコの真似ができるので歌は上手いはずである。

 歌わないが。


 猫の王の呆れた視線を感じながらも、注目を集めることに成功した吾輩は本題に入ろうとする。

 だが邪魔された。

 奴が現れた。

 憎き黒い稲妻が。


 キャットタワーの十階から一匹の黒猫が飛び出してきた。

 五階辺りでくるりと一回転して、猫耳少女の姿に変化する。

 そして二本の足で着地するとスタイリッシュなポーズを決めた。


 無風なのに靡く漆黒のツインテールとピョコンとした猫耳。

 赤と黒のプリーツスカートから飛び出るほっそりとした黒の猫尻尾。

 メタリックブラックの肩だしシャツと黄色い雷型のネクタイ。

 左手は腰に添えて、右手と人差し指は吾輩を指す。

 そしてババンと宣言した。


「つまり私と歌で勝負するということね雪見大福!」


「いや歌わんが」


「そう歌わないの。……えっ!?」


「それじゃあ本題に入るとするか」


 吾輩は猫らしく華麗に話を聞き流すことにした。

 だって今は喧嘩中だし。

 登場の仕方が我輩好みでポイント高かったからポーズ完了まで見ていたが、そこから先は付き合う道理なし。

 なぜか凄く困惑して涙目になっているが無視するに限る。


 ちなみに此奴の品種はボンベイだ。

 吾輩とニャコが住むレディースマンションの十階に住んでいて、おそらくエレベーターであった黒ジャージが飼い主。

 名前をブラックサンダーという。



100%趣味で書かれた猫視点の猫小説です。

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