シン・ブレーメンの音楽隊
現代版ブレーメンの音楽隊です。
文体は『ブレーメンの音楽師』(グリム童話、矢崎源九郎訳、青空文庫)を参考にしています。
※動物の数え方は読みやすさを優先して「匹」で統一しています。
あるところに1匹の馬がおりました。その馬は、長い間競走馬として他の馬と競ってきましたが、走ることは向いていなかったのか、オーナーの思うほどの結果は出すことができず、また歳をとってきて一番力のあったころの走りはできなくなってきていました。
そこで、オーナーはそろそろ潮時だ、引退させることにしようと考えました。
ところが、馬の方も、今までそのようにして引退した馬と、その後の行き先についてなんとなく察していましたから、あるとき隙を見てうちを逃げ出しました。
馬は、もう捕まらないだろうというところまで逃げたあと、さてこれからどこに行こうかと考えました。
そして、かつての彼の世話係がよく聞かせてくれた曲を思い出しました。馬は音楽が好きでした。そういえば、あの「ブレーメン」という曲のタイトルは、音楽で有名な町の名前だって教えてくれたのだっけ。
そこで、馬はブレーメンという町にいけば自分も音楽ができるかもしれないと思い、向かうことにしました。
しばらくいきますと、一匹のうさぎが道で丸まっているところを見つけました。
長い道のりを歩いてきたと見えて、うさぎにしては大きめのその体は泥だらけになっていて、柔らかそうな毛並みも見る影がなくなってしまっていました。
「おい、そこのうさぎ、どうしたってそんなところでじっとしているんだ」
と馬は尋ねました。
「すみません、実は……」
とうさぎは答えました。
「私は今までとある人間の家で飼われていたのです。こう見えて小さいころはとても可愛いと評判で、飼い主が私を撮った動画は100万回再生されたこともあるんですよ。
ところが、大人になって体が大きくなると、やはり昔ほどの魅力はないようで、再生数も伸び悩むようになりました。
そしてついにこの前、飼い主は新しい子うさぎを買ってきて、そちらで撮影するようになり、私はもう用無しということで捨てられてしまいました。
それで仕方なく、ほうぼうを歩いてきたというわけですが、しかし、これからどうしようかなあ」
「それならどうだい」
と馬は言いました。
「おれは、これからブレーメンに行って、音楽をやろうと思っていたところなんだ。よかったら、一緒に来ないか。君は若くはないかもしれないが、体力は十分ありそうだ。
おれが足でリズムを刻むから、君は手拍子なんてどうだい」
それを聞いてうさぎは喜び、一緒にブレーメンを目指すことになりました。
さらにもう少し歩いていきますと、少し大きな町に出てきました。
そこで、2匹は公園の広場で1匹の白いハトがポツンとたたずんでいるのを見つけました。
美しく気取った感じのハトですが、その姿はやつれ、飛ぶ元気もなさそうです。目の前に食べられそうな虫が飛んできても、微動だにしません。
「おや、どうしたってそんなに元気がなさそうなんだい。まるで死に急いでるみたいじゃないか」
と馬は尋ねました。
「そのとおりさ。もうすぐ僕は死ぬんだ。だから、どうせなら自分で終わりにしてやろうと思っているんだよ」
とハトは答えました。
「僕たちは今まで公園で人間からごはんをもらっていたんだ。でも、ある日公園はもっと清潔に保つべきだと決まって、公園でのエサやりは禁止になってしまった。
故郷のあるやつらは山に帰ったけど、あいにく僕は都会生まれで、帰るところもない。町はどこもピカピカに清掃されていて、ゴミひとつ落ちてやいない。今までもらっていた美味しい豆に慣れてしまっているから、今さら不味い虫を食べてまで生きる気もしない。
だから、このまま飢え死にすることにしたんだ。僕でこの街のハトは最後になるだろう」
馬は言いました。
「それはもったいない。おれたちと一緒に、ブレーメンへ行こうじゃないか。お前のその声はとてもよく通るし、聞く者を振り返させる力がある」
ハトは、そう言われると悪い気はしなかったので、断食をやめ、目の前の虫をついばんでから、みんなについていくことにしました。
3匹は歩きながら、自分たちのやりたい音楽について語り合いました。
馬が作曲、ハトが作詞して曲を作り上げました。うさぎはメンバーに合う花飾りを作りました。
出来上がった曲は、馬が足でリズムを、うさぎが手拍子を、ハトが歌を担当することに決めて、さっそく演奏してみました。
それは我ながらなかなかいい感じに聞こえました。3匹はこれを早く他の者に聞かせてやりたいと考えました。
しかし、周りの人間たちはみんな忙しそうで、自分たちのことをかまってくれる暇はなさそうです。
そればかりか、普通、動物は話さないし音楽なんてやらないのが常識ですから、動物が3匹、特に大きな馬が人間の付き添いなしで町中を歩いている様子は不審とみえ、あわや通報されそうになったので、日の高いうちは自由に動くことすらままなりませんでした。
真夜中になって、3匹はなんとか、公園の噴水の前でひとり座っている、あまり忙しくなさそうな人間を見つけました。
さっそく3匹はその人間の前で作ったばかりの曲を披露しました。
「いい曲だね」
と、人間は顔を上げて、3匹を見つめました。
「心が洗われるような気持がしたよ、ありがとう。
お礼に……といいたいところだけど、残念ながら今手持ちがなくてね。恥ずかしいことに明日食べるものにも困っているんだ。人とうまく話せなくて、どこにも雇ってもらえなくてね。
君たちとはこんなに楽に話せるのに、不思議だよな」
と人間が申し訳なさそうに言うので、馬は思わず
「それなら、おれたちと一緒に行動してくれないか。
動物だけで街を歩くと怪しまれるが、人間と一緒にいればそういうこともないだろう。
ついでに笛か弦楽器かで伴奏してくれてもいい。運よく客から金をもらえたらお前のものにすればいい。」
と言いました。
人間は、この申し出をたいへん気に入りました。
そこで、3匹と1人は、今後どうやって曲を聴いてくれる人を増やすか、相談しあいました。夜じゅうかけて話し合って、皆はうまい方法を見つけました。
つまり、馬の上に人間が跨り、人間の肩にうさぎが乗り、さいごにハトが飛び上がってウサギの頭のうえに止まって、その状態で演奏しながら街を練り歩くことにしたのです。
この試みは大成功でした。珍しいものが大好きな人間たちがたくさん集まり、その曲と歌に歓声を送りました。
公演後に人間が差し出した帽子の中は、お札や硬貨でいっぱいになりました。
演奏している様子は動画に撮られ、SNSで拡散され、更に観客は増えていきました。
人間はやがて稼いだ金で1軒の家を購入しました。
3匹と1人は毎日色々な場所で演奏してお客を楽しませたあと、そろって人間の住む家に帰り、美味しいものをお腹いっぱい食べました。そして、馬はガレージに藁を敷いて寝ころび、うさぎは居間のソファーの上に丸まり、ハトは吹き抜けの梁の上に止まり、人間は寝室にベッドを置いて横になるといった具合に、各々の落ち着くところで眠りにつきました。
しかし、平穏な日常はしばしば妨害されるものです。
ある動画配信者は、良く言えば正義感の強い、悪く言えば思い込みの激しい者でした。彼は3匹と1人を見て、こんなことを考えました。
「きっと動物たちはあの人間に虐待され、無理やり言うことを聞かされているに違いない。自分が動物たちを救い出さなければ」
配信者はさっそく人間の住所を突き止め、事前の約束もなく家を突撃しました。
人間は仕方なく配信者を家に迎え入れましたが、動物たちは、配信者の急な襲撃に驚いて隠れ、身を潜めながら2人の話の成り行きを見守っていました。
人間は元から他人と話すことが苦手でしたから、口の上手い配信者にどんどん丸め込まれてしまいました。
配信者は、生配信用のビデオカメラを回しながら、動物たちを救うという名目で、3匹を配信者に引き渡すよう要求しました。
「馬は元々誰のものだったんですか?
うさぎは毛並みがあまりよくないようですけど、十分なエサを与えていないのでは?
野生のハトって飼っていいんでしたっけ?
……ほら、それではやはりあなたが悪いということになるじゃないですか。認めましたね。視聴者の皆様もご覧になりましたよね。
それでは、かわいそうな動物たちを私に引き渡してもらいましょうか」
と配信者はまくし立てました。
(人間は、我々の前の飼い主たちのように、私たちを裏切ってしまうのではないか……?)(今のうちに逃げてしまった方がいいのではないか……?)
動物たちは、人間と配信者が話している様子を陰から見ながらそう思いました。
しかし同時に、配信者に追い詰められているあの人間が気の毒に思えてならず、結局逃げることはしませんでした。
「さあ、動物たちをこの檻にいれてこちらに引き渡してください」
配信がいよいよ盛り上がり、興奮した配信者がそう言ったとたん、それまでうつむいていた人間はおもむろに顔を上げ、配信者の目を見つめてはっきり言いました。
「彼らは仲間だ。自分は彼らを檻に入れるなんてことはしない!」
その言葉が合図でした。
ハトはクルックーと気の狂ったような大きな声で叫び、翼をバサバサ広げ、梁の上から石やら木の枝やら実やらを配信者に投げつけました。
砂やほこりが配信者の目に入り、視界が遮られた隙に、うさぎがソファーから飛び出し、ブブブブブと鼻を鳴らしながら配信者の腕やら顔面やらを思いっきりひっかきました。
すっかり狼狽した配信者は、慌てて家を飛び出して逃げようとしました。
しかし、そこには馬が待ち構えていました。馬は配信者の服を口でつかんで振り回したり、ヒヒーンと嘶きながら思いっきり後ろ足で蹴り上げたりして、最後は放り投げてしまいました。
ついでに、配信中のビデオカメラもしっかり踏みつぶしたので、生配信は混乱のままに突然終了しました。
配信者は命からがら逃げ出すしかありませんでした。
それからというもの、例の配信者を含め、二度と彼らの家に突撃しようとする者は現れませんでした。
いっぽう、3匹と1人のブレーメンの音楽家たちも、ブームが去り以前よりも客は減ったものの、この家と仲間が気に入っているので、もうどこかに出ていこうとはしませんでした。
これは、刺激的なネットの世界ではもうすっかり忘れられてしまいましたが、本当にあったことなんですよ。
最後までお読みくださりありがとうございました。
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