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帰りの車中。
「なんか、疲れたね」
『お疲れ様です』
「疲れたでしょ?」
『私は疲れません。が……そうですね』
街灯が両脇を通り抜ける。
「フェイス・トゥなんて、知らなかったよ」
桜井は体を伸ばしながら言った。
『いかがわしいものです。知らなくてよろしいかと』
蒼月は短く言った。
「そういえば珍しく、感情的だったね」
警官が王冠について説明したときのことを、桜井は思い出した。
「気色悪い、だっけ?」
『お聞き苦しいことを。失礼しました』
「いや、いいんだけど」
車は停まらず、街並みは過ぎていく。
『かつて、とあるドラッグが流行しました。首の機能を一時的に抑制するものです。様々な犯罪に利用されました』
桜井は黙って頷いた。
『それは薬物ではなく、首の上から覆い被せて、電波信号によって演算アルゴリズムを錯乱させるというものでした。今回のデバイスと使用方法が類似していて、悪い連想を』
「そうなんだ」
『現在は、その有害電波を遮断する機構が、保護皮膚に採用されています』
「もしかすると王冠も、似たような機能を果たす必要があって、保護皮膚を突破できるよう改良されたものなのかもね。何となく危険な感じだ」
『そのドラッグは「首の誉」と呼ばれていました』
「日本酒みたいなネーミング」
桜井はつい笑ってしまったが、蒼月が気を悪くしたか少し心配になった。
蒼月は黙っていた。
桜井は窓の外を眺めた。
街頭の合間に、夜景が輝いて見える。
浅い時間の夜は、まだ活動を止めたくないという人間の足掻きが、光エネルギーを伴って発散されている。
王冠の輝きを思い出す。
戴冠も、誉高いことだと連想した。
『実はあの事件以来、なんだか変なのです』
蒼月が唐突に言った。
「へん?」
『はい、変、です』
歯切れ悪く言う。
『自分の中に、何か、黒いものが渦巻くような……』
そう言って、黙る。
「どうした?」
『初めて考えました』
「黒い渦という感覚?」
『いいえ』
蒼月は至極フラットな口調で。
『自分。自分とは、何です?』
窓の外で雷が鳴った。
『そんなこと、初めて考えました』
雨は降っていなかった。