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首の誉  作者: しめさば
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6

「困るよ、そういうことは言っておいてもらわないと!」

 幹島の怒りの原因は、桜井が休職中に「赤根事件」に関わっていたことを、知らされていなかったことだった。

「すみません。プライベートな事項だと認識していました」

「そうっちゃそうなのかもしれないけど、内容が内容でしょう!」

 幹島は頭を掻きむしった。


 ***


「こっぴどく怒られちゃいましたよ」

「あははは、まあ助かったんだし、おあいこじゃん」

 課長との話が終わり、仕事に戻った桜井の肩は丸かった。

 その姿に黒江は大笑いして言った。

「でもな、あいつが怒るのは、自分が舐められたときだけ」

 煙を吐いて、灰を落とす。

「部下を庇おうなんて気はさらさら無いんだなあ、これが」

 二人は大笑いした。


「何笑ってんだい」

 トラックが近づいてきて、運転席からしわがれた声に尋ねられた。

「おー、銀ちゃん。元気?」

 黒江が返事をする。

 桜井が振り返ると、それはいつかの業者だった。

 笑うと前歯が輝いている。

「もう若い兄ちゃんに手つけたんか」

「ばーか」

「兄ちゃんも、気をつけねえとハマるで」

「何の話ですか」

 桜井はビジネススマイルで乗り切った。

 運転席から腕だけ振られ、トラックは走り去った。


「銀歯だから銀さんですか?」

「ぶっ。違うよ、名前が銀なの」

 黒江は鼻水を啜っている。

「まあ、どっちでもいっか」

「前に言われたんですけど、兄ちゃんは(ネック)が綺麗だなって。どういう意味ですかね?」

「ぼけ始まってるから、話半分」

 黒江は煙草を缶にねじ込んだ。

「さ、仕事仕事。明日は君、早上がりなんだから、今日はしごくよ」

「人聞き悪いですよ、定時に帰るだけです」

 仕事が多いことが、不思議と嫌ではなかった。


 ***


「それ終わったら、いいよ。お疲れ」

「大丈夫ですか?」

20時を過ぎた頃、黒江が言った。

「上出来。早く赤ん坊の顔みてやんな」

黒江は笑顔で手の甲を振って、人払いのジェスチャーをした。

「そうですか……では、お言葉に甘えて」

桜井は頭を下げる。

最後の仕事を片付け、挨拶をして、立ち去った。



***


出退勤のゲートを抜けると、一人の同僚と帰るタイミングが重なった。

「お疲れ様です」

桜井が声をかけると、軽く会釈だけを返された。


彼はメガネをかけていて、桜井よりも若く見えた。

地味というか、品行方正な感じで、賢そうである。

彼も同じ部署、資材部資材課の人間だった。

今の部署に、そういう人もいるということが、桜井には少なからず意外だった。

粗野な男ばかりが集められている印象だったからだ。

左遷で飛ばされてきた人間の勝手な偏見かもしれない。

現に、黒江のような女性もいるのだ。


「残業?」

話題として、わかりきったことを尋ねた。

「はい」

「大変だね」

「大変です」

男は、ほとんどオウム返しに会話をした。

「多いの?」

「何がです?」

「残業は」

「多いですよ」

「早く帰りたいものだね」

「早く帰りたいものです」

男はふざけている様子もなく、至って真面目な顔だった。


ふいに男の首元を見た。

「首、どうしたの?」

「首? どうもしていません」

男はきょとんとしている。

どうもしていないわけはなかった。


男の首周りは、(すす)のような黒いもので、酷く汚れていた。

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