第83羽♡ 田中さんと山田さん(上)
楓との勉強会を終えた翌日、小雨の午後のこと。
区営体育館内には床を擦るようなバッシュの音とバスケットボールが弾む音が響く。バスケサークルリーダーの指示のもと、ドリブル、シュートなどの練習メニューをこなす。
他のサークルメンバーと同様にドリブルからレイアップシュートを放つ……が決まらない
リングに嫌われボールが零れ落ちる。
……わかってたけど簡単ではない。
そもそもわたしはバスケ部だったことがない。
過去のバスケ経験もあってないようなもの。
リナの家に住んでた頃、庭にバスケゴールがあったので遊びでやってたのと体育の授業と昼休みに宮姫の練習に付き合う程度。
他のサークルメンバーは、当たり前のようにすいすいとゴールを決めていく。中学生くらいから社会人までいるようだけど、レベルはそれなりに高い。
一緒に参加しているさくらはどうかというと、綺麗なフォームで次々とシュートを決めていく。他のサークルメンバーと比べても遜色ないというか、それ以上かもしれない。
さすが……
赤城さくらに苦手なものはあるのかな。
わたしのヘタクソが目立つから少しは加減してほしい。
今日はさくらとふたりでバスケ練習に来たわけではない。
目的は潜入調査。
このバスケサークルには宮姫が中等部時代に在籍していた。
サークルの現代表を務める矢島さんは、宮姫と仲が良かったらしい。
つまり宮姫の想い人の可能性がある人物……。
矢島さんは私大通う二回生らしく、爽やかなイケメンっといった感じ。
宮姫と並んで歩いてたらお似合いのカップルに見えると思う……悔しいけど。
宮姫は想い人と上手くいっておらず、悩んでいる。
だが肝心の想い人が誰かがわからない。
人の恋愛には本来踏み入るべきではないだろう。
でも、わたしは現在宮姫と仲違いしている前園に間を取り持つよう頼まれている。
確たる証拠があるわけではないけど、ふたりのすれ違った原因として恋愛がらみの可能性は捨てきれない。
恋愛は強い感情を伴うものであり、時には誰かを傷つけるから。
練習は午後一時から二時間ほどで終わった。
途中何度か休憩があったものの終わる頃には膝がガクガクになっていた。
さくらは余力がある感じで涼しい顔をしている。
さすが高校トップクラスのアスリート。普段と違うスポーツでも何ら問題はないらしい。
年代別サッカー女子日本代表であり有名人のさくらが身バレしないように、わたしとさくらは姿を変えている。また矢島さんの他にも宮姫と連絡を取っているサークルメンバーがいるかもしれないので、その対策でもある。
合わせて偽名を名乗っている。
さくらが田中良子で、わたしは山田信子。
田中良子は普段のポニーテールではなく、動きやすいお団子ヘアーにスポーツゴーグル。
わたし山田信子はアルバイト先と同様に素顔を出す女装モードにしている。
つまり女子二人でサークルに体験参加したことになっている。
わたしは当然女装だけどアルバイト時と同様、なぜか男だとバレない。
「田中さん、山田さん」
「「はーい」」
練習着から着替え終えたところでわたしたちは矢島さんに声をかけられた。
「今日は参加してくれてありがとう。練習どうだった?」
「楽しかったです……わたしは付いていくのがやっとでしたけど」
素直に所感を伝える。
帰宅部には二時間の練習は体力的にきつい。
「わたしも楽しかったです」
さくらも控えめに答える。
「田中さんは凄かったね。どこの高校でもすぐにレギュラー取れそうだけど」
「いえ……今日はたまたま良く出来ただけです」
バスケの事は詳しくはないけど、矢島さんの評価は正しいと思う。
さくらの動きにはキレがあった。
ひょっとしたら、あれでも本気を出していなかったかもしれない。
「できればふたりとも継続して参加してほしいけど、どうかな?」
「ごめんなさい。ちょっと考えてみます。それでいいよね信子?」
「あ……うん」
――やばっ、信子ってわたしだったね。
反応が遅れた。
カスミンだったり山田信子だったり、最近は名前が多くて難しい。
学園ではたまに『ぼっち男爵』とか呼ばれてるし。
「山田さんは最初のうちは大変そうだったけど、飲み込みは早いね。継続的にやればすぐに上達するよ」
「ありがとうございます」
お世辞はあるだろうけど、思ってたよりはやれたと思う。
次に参加することがあればもう少し上手くやれそう。
今日はバスケをするためだけにここまで来たのではないので、そろそろ本題に入る。
「矢島さん、ちょっと伺いたいことが」
「ん? 何かな」
「以前、このサークルに参加していた宮姫すずを知っていますよね?」
「あぁすずちゃんのことはもちろん知ってるよ」
「わたしたちは高校の同級生なんですが、最近すずの元気がなくて……何か知りませんか?」
「いや……思い当たる節はないな、この前連絡した時も普通だったし」
とぼけている様子はない。
本当に知らないのかもしれない。
「失礼ですが、すずのカレシって矢島さんだったりしませんか?」
結論に急ぎ過ぎているかもしれない。
でも、ここで躊躇っていたら先に進まない。
わたしは矢島さんに一気に詰め寄る。
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