第260羽♡ 彼ともう一人の彼の終幕
――7月31日、午後11時40分。
もうすぐ7月31日が終わる。
そして、緒方霞としての“役目”も、今日で終わるはずだった……。
ベッドに寝転がりながら、DreamLatteのダンス動画を何度も再生する。
……明日は初ライブだ。
本来なら、今日はライブ前の最後の仕上げ日になるはずだった。
だが、堕天使遊戯の最終日であることから、事前に休みを入れていた。
明日はディ・ドリームでのバイトはなく、朝からスタジオで練習とリハーサルになる。
アイドル活動する上では大事な時期なのに、まったく集中できていない。
『堕天使遊戯の終焉は、システムの望む結果じゃなかった。だから、終わらない』
記憶が消える前のリナが残した言葉が、ずっと気になっている。
非公式生徒会を調べようにも、リナの記憶が消えたことで足取りは途絶えた。
ひょっとしたら、リナのスマホや部屋に何か手がかりが残っているかもしれない……。
とはいえ、本人の同意なく勝手に探すわけにはいかない。明日、リナが退院した後、様子を見てからお願いするしかない。
……リナからもらった薬。
俺の頭の中にある疑似シナリオを消すもの。
今日が終わった時点で、疑似シナリオは役目を終える。
以降は、持っていても身体の負担になるだけだ。
やはり消すしかないか。
疑似シナリオを今の俺にコピーした時、未来の緒方霞は7月31日以降のことを考えていたのだろうか。
シナリオは理路整然と選択肢と対処法が分かれており、未来の緒方霞の想いは極力排除されている。その心情は、ほとんど読み取れない。
感じ取れるのは、天使たちへの後悔と救いたいという強い意志だけ。
過去の俺のことは、特に考えていないのかもしれない。
これまでのことは、考えをまとめるためにスマホにメモ程度は残してある。
万が一のスマホの故障に備え、PCや紙にバックアップを残し、薬を呑むしかなさそうだ。
……とはいえ、いますぐやる必要はない。
体調には不安があるけど、もうしばらくは大丈夫だろう。
……だから、なるべく早めに……なんだか眠くなってきた。
どうせ数時間寝たら、夜中に起きてしまうだろうけど。
そういえば、まだ洗濯機を回していない。
リナが不在だし、朝一で回せばいい。夜中に回したら近所迷惑だ。
加恋さんとのダンス朝練もある。行く前に洗濯機を回せば、ちょうど終わる頃に洗濯もちょうど終わっているだろう。
……8月も7月と変わらずハードだ。
男子高校生の夏休みだから当然?
俺はスローライフ希望なのに。
堕天使遊戯が終わったばかり……いや、まだ終わっていない。
だが、今晩は天使メールが届かなかった。
こんなことは堕天使遊戯が始まってから、初めてだ。
……親父から誕生日プレゼントをもらっていない。
でもPCのお下がりくれたりとか、何だかんだで一年中、世話を焼いてくれるし……別にいい。
今も仕事しているだろうし。
……なんだか眠くなってきた。
もう、大丈夫だよな?
寝ても……7月31日のやり残しは……ブルキュアの毎日ガチャを回すくらいか。
……でも、そうじゃなくて。
楓、リナ、前園、宮姫、さくら……に、何か言うべきことは残っていないか?
楓と前園はさくらの家で合宿中。
リナは病院で、宮姫は自宅だ。
何かできることはないかと考えても、半日前に5人にフラれたばかり……。
フラれたばかりで「何してる?」なんて、振った相手にすぐ連絡できるほど図太くない。
それにもう深夜だし……。
誕生日に5人同時にフラれた男子高校生って、全国に俺以外にもいるのだろうか。
ひょっとしたら、高校生記録?
いずれにせよ、かなりレアケースだと思う。
そして、紛れもなく黒歴史だ。
でも、よく頑張ったよな。
これで皆、救えたのだから。
あ……ダメだ、もう限界。
母さん。
今日くらい、いいよね……
……そこで意識が落ちた。
後日、俺はこの日のことを後悔することになる。
未来の緒方霞は、俺の脳内にある疑似シナリオを7月31日に消えるよう仕掛けていたようだ。
俺が気づいたのは、数日後、スマホに残った僅かなメモを発見したから。
これまで蓄えた非公式生徒会の知識がない状態で、9月から新たな堕天使遊戯に臨むことになる。
五人の天使とともに……。
そして、手元にはリナからもらった薬が残った。
この薬が後で役に立つことを、この時の俺は知らない……
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