第255羽♡ 可逆性と果てしなき狂気
緒方霞の人生には大きな岐路点があり、それぞれを分岐A、分岐Bとする。
まず、分岐Aは中学入学前に東京に戻らず、そのまま高山莉菜の義兄もどきとして村に残るルート。分岐Bは東京に戻り、中学で旧姓黛楓こと望月楓に再会し、一緒に白花学園高等部に進学するルートだ。
システムは緒方霞が分岐Aを選ぶと想定しており、分岐Bは確率の低いイレギュラーとしていた。
実際、緒方霞は分岐Aを選んだ。
分岐Aの緒方霞は、高山莉菜のほか、小学校から一緒だった岡崎竜二、向井瀬夏と中学時代を過ごし、そのまま4人で、電車通学で1時間半ほどかかるOY市内の高校に進学する。岡崎竜二は野球を続けるが、緒方霞と高山莉菜は中学入学と共にサッカーをやめた。
また、分岐Bであったように中学時代に岡崎竜二と向井瀬夏のふたりが付き合うことはなかった。
緒方霞が16歳になった夏休みの7月31日、仲良し4人組で誕生日祝いも兼ねて、午後からOY市内の屋内アミューズメント施設で遊ぶ予定だった。
この日、霞だけが午前中の用で別行動になり、現地で3人と合流する予定だった。
……そして、この僅かなすれ違いが悲劇の呼び水となった。
3人を乗せ、高山莉菜の母が運転した車は、最寄り駅に向かう途中で落雷による倒木事故に巻き込まれた。
高山莉菜の母、岡崎竜二、向井瀬夏は重軽傷を負ったが、命に別状はなかった。
だが、助手席に座っていた高山莉菜は事故発生から1時間後に、帰らぬ人となった。
緒方霞は、搬送先の病院にすぐに駆けつけたが、高山莉菜の最後には、間に合わなかった。
事故から半年後、緒方霞は高山家を後にし、東京で一人暮らしを始めた。
岡崎竜二、向井瀬夏とは疎遠になり、連絡を取ることはなくなった。
都立高校に通っていたが友達を作ることもなく、現実逃避故か、憑りつかれたように数学や物理に没頭した。
大学、大学院と進学しても、それは変わらなかった。
30歳手前のある年、未完の仮説理論を引き継ぐことになった。
理論名は「クロノスの不可逆性」、事実上のタイムリープ理論だった。
実現できれば、過去に失った大切なものを取り戻せるかもしれない。
緒方霞は、異端としか言いようのない、仮説研究にのめり込んでいった。
基礎理論は前任者が既に90%まで完成させていた。残りの10%は数年程度で突破できるはずだった。
しかし、ここから四半世紀にも渡る長い戦いが始まる。前任者がこの基礎理論を研究していたのはおおよそ30年ほど前だ。
そして、なぜか研究の終わりが見えた段階で研究を止めた。
研究停止の理由は不明だが、恐らく資金不足や膨大な演算が発生するため当時のコンピュータでの処理性能限界だと考えていた。
――だが、事実は違った。
この残り10%を突破しても、新たな物理法則の未解決分野発見に留まり、タイムリープが実現出来ないことがわかっていたから、意図的に手を引いたのだろう。
つまり「クロノスの不可逆性」は机上の空論だった。
緒方霞は、完成まで残り3%の時点で、ようやくそのことに気付いた。
愛する妹に再び会えることは2度とない。
研究が無為になったことで彼は絶望した。
……しかし、悪魔は彼を見捨てることはなかった。
10年前にサブシステムに割り当てた研究があった。サブシステムは来る日も来る日も演算を続け、ついに因果を束ねる悪魔を見つけたのだ。
悪魔の捻じれた尻尾を手繰り寄せると、尻尾は網の目のように広がっており、一つ一つが因果と繋がっていた。
観測と分析の結果、コンピュータでいうところの履歴であることを確認した。
こうして緒方霞は、一人一人の履歴を解析することで、特定人物の過去、現在、未来を確認することに成功した。
また、因果は一人の脳を通し、記憶にリンクしているため、事実上、干渉することも可能になった。
緒方霞は新しく見つけたこれらの理論を「タルタロスの可逆性」と名付け、身体を伴う物理的なタイムリープを行わずに、過去の自分に干渉し、過去の悲劇を回避する手段を思いついた。
彼の専門外である脳医学や情報工学、機械工学の領域は、秘密裏に各分野の権威を頼った。
これらの研究成果をもとに回避ルートと、高山莉菜以外に新しいシナリオに関わる人物を割り出し、まるでゲーム攻略サイトを見ながら、選択肢を間違えず選べるように、都合の良い疑似シナリオを作成した。
疑似シナリオは、緒方教授が寿命による死を迎える直前に、12歳の緒方霞の脳にアクセスし、脳から脳へのハードコピーを模した因果干渉を行った。
亡き妹の幻を追い、常識、倫理を捨てていた彼は、既に正常な感覚を有しておらず、この異常な作業を過去の自分にためらうことなく実行した。
こうして、疑似シナリオを得た12歳の緒方霞は、迷うことなく分岐Bに進んだ。
以降、緒方霞は順調に最適な選択肢を選んでいたが、あるタイミングから疑似シナリオにないイレギュラーが多発するようになり、順調だったシナリオ消化が上手くいかなくなった。
中でも最大のイレギュラーが正体不明の非公式生徒会であり、人を弄ぶような堕天使遊戯だった。
また、分岐Bを選んだことで出会うことが予見されていた五人の天使たちも、想定外の言動を繰り返すようになる。
緒方霞は、再演算するシステムを持たないため、脳内で現状と今ある疑似シナリオを突合させた上で、シミュレーションを繰り返し、最適解を模索するしかなくなった。
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