第253羽♡ 非公式の仮面
ふたりだけの教室で窓際の席に座るリナを俺は見下ろしていた。
今は兄妹ではなく、利害の対立する敵同士だ。
だが、不思議と緊張感もなく、俺たちはどこか落ち着いていた。
「雨が降り始めたね……ぴったり40秒だよ、とりあえず空いてる席に座ったら?」
大粒の雨に濡れるガラス窓を見ながら、リナがそう告げる。
「そうだな」
俺の席はリナが座っているので、隣の席を借りることにした。
「どの辺で、わたしが非公式生徒会って気づいたの?」
「ずっとわからなかった、でも、いつも見られている気がしたから、漠然とそばに非公式生徒会がいると思ってた」
「ボロを出したつもりはないんだけどなぁ」
首をかしげるリナは、これまでのことを振り返っているようだ。
仕草は、いつもと何ら変わらない。
それに、リナが非公式生徒会会長とは信じたくない俺がいる。
でも……
「わかりやすいヒントはなかった。だから小さな手がかりを必死にかき集めた。でも、ミーティングアプリの改修依頼先が学園内のAI研だったのが大きいかな、もし外部の企業とかだったら、調べることができなかっただろうし」
「あのアプリの改修は難しいらしいの、しかも短期だと猶更ね、頼めるところがなくて、仕方なくAI研にお願いしたけど、失敗だったな。彼が口を割るとは思わなかった」
「柊木のせいじゃない、俺が無理に聞きだしただけだし、AI研に残っていたデータは破損してて、本来なら使い物にならない代物だった」
「ふーん」
リナは短く返す。
その声のトーンからは、興味があるのかないのかよくわからなかった。
「全部は無理だったけど、数日かけて、部分的にデータ復旧ができた。それにしても柊木夏蔵はバケモンだな、俺もコンピュータには強いつもりでいたけど、上には上がいるって思い知ったよ。他人が作ったVPN機能付き音声アプリの改修ができる高校生は、まずいない。大企業や研究機関が知ったら、恐らくスカウトされるよ」
「柊木君は去年、アメリカの大学を卒業したらしいよ、白花に通っているのは、妹さんに言われて同年代の友達を作るためだって」
「……あぁ、なるほど、じゃあ俺が昨日友達になったから、目的達成かな」
柊木は帰国後、日本で友達を作るのに一年かかったことになる。
だけど、風見さんが以前『ボッチ仲間の柊木君』と言っていたから、風見さんも柊木の友達で俺は二人目か? それとも柊木と風見さんの関係は友達とは違い、実は……
「緒方君も男友達が増えて良かったね」
嬉しそうに言う声も顔もいつもと変わらない。
強いて違うところを挙げるなら言葉遣いがいつもより、大人っぽいくらいか。
「広田、水野、柊木だと、周りには俺が好んで変人を集めているように見えそうで嫌なんだけど」
「違うの?」
「違うよ……それでアプリ履歴を確認したら、改修後に柊木と非公式生徒会がテスト通話した時のものが残っていたんだ。接続元IPアドレスを調べると、あり得ないことに、緒方家が引いている固有回線のグローバルIPアドレスだった。緒方家のインターネット環境は少し変わっていて、俺やリナがゲームや、SNSなどで普段使うのは、一般プロバイダーと契約している通常のインターネット通信だけど、それと別に、SEの親父が使う、仕事用のインターネット回線がある。こっちは普段は使うなって言われてるけど回線速度が速いから、PCのOSアップデートとか不正なものが入り混む余地がない通信なら、使ってもいいって言われている。リナには通常回線しか教えた覚えはないけど、親父がこっちの回線を教えた可能性はあるな。これを使うと、世界でただ一つの、他の誰にも使えない固有グローバルIPアドレスを使用することができる。履歴に残っていたIPアドレスを」
「その回線が第三者に乗っ取られる可能性は?」
「かなり低いけどゼロじゃない、だけどウチの親父は、そういうところだけはマメで、セキュリティの穴を見つかるとすぐ塞いじゃうんだよ」
「でも、IPアドレスだけだとわたしが非公式生徒会と決めつけるのは弱いかな、家の人間という意味なら、緒方君やおじさんも非公式生徒会の可能性が出てくる」
「確かにな、でもそれはありえない、俺が非公式生徒会なら、自作自演ってことになる。親父には非公式生徒会をやる動機がない。さらにそのテスト通話が行われた日は、たまたまLAに出張してたし。あと、テスト通話した柊木に、録音したリナの声を聞かせたら、同一人物で間違いないとお墨付きをもらった」
「うわっ、緒方君は、いつわたしの声を取ったの? プライバシーの侵害だよ」
「ごめん、でも、柊木は通話した相手が非公式生徒会会長と名乗り、感謝されたとも言ってた」
「……お世話になったら、お礼をするのが筋だよね、でも悪の秘密組織幹部だってことを忘れてた、失敗失敗」
リナはお手上げといった感じで、おどけてみせる。
この期に及んで、俺たちはどこか緊張感が欠けていた。
まるでいつものように兄妹でふざけ合っているようだ。
「じゃあ、秘密組織の幹部さんに聞くけど、何のため堕天使遊戯を行い、俺だけでなく楓たちを巻き込んだ?」
俺の糾弾に合わせるように、雨音がさらに強くなった。
それはまるで、他の誰かに聞かれるのをかき消しているようだった……
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