第252羽♡ 黒幕の素顔
白花学園高等部1年B組緒方霞の席は窓際の後ろ、所謂アニメ主人公席だったりする。
この座席がアニメ主人公席なのは理由がある。キャラの背後が窓と空だけになるため、人物描写を最小限に抑えることができるらしい。
青空や雲は青春を抽象的に表現するには最適な素材だとか。
学園ラブコメでは転校生ヒロインのため、隣の席は空席のことが多い。残念なことに隣の席には、内田君という陽キャがいる。
彼とは今まで三回くらいしか話したことがない。
入学早々、放課後の天使こと前園凜に告白しフラれ、翌週には月明かりの天使こと望月楓にも轟沈、クラス内では周知の事実だ。にも関わらず、平気そうにしているのは、ただのやせ我慢なのか、はたまたメンタル強者のどちらなのかわからない。
いずれにせよ、只者ではないと思う。
ただし普段、前園や楓と話をする俺に冷たい視線を向けるのは止めて欲しい。
だが、俺も二人にフラれたことで、内田君に少しは歩み寄れるかもしれない。
『内田君、実は俺も前園と楓にフラれて……だから友達になろう』
うん……やっぱり、これは言えない。
そもそも陽キャの内田君と陰キャの俺で何を話せばいい?
接点がまるでない。
友達になるとしたら、何か大きなイベントや事件など共通項がない限り難しい。体育祭とか白花祭とかクリスマスイベントとか。
しかし、これらは陰キャ苦手イベント、トップ3だ。
白花祭で俺が輝ける道理はない。内田君と共通項ができる可能性は低い。
……というわけで、内田君フレンド化計画は優先度を下げてこのまま塩漬けにする。
お互いに社会人になった後の同窓会なら、酒を酌み交わし、愚痴を言い合える関係になれるかもしれない。
多分そうだ。そういうことにしておこう。
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――猫は俺の席で気持ち良さそうに眠っていた。
時刻は午後1時を5分ほど回った頃。
年中暖かいこの席はとにかく眠くなる。
朝から居眠りしていて、前園にイタズラされて起きることがよくある。
揺れる電車の座席並に、眠くなるのがこの席の特徴だ。
さて……
「おい、この季節だから風邪はひかないけど、起きろ」
「……うにゃ? せやから……もう食べられへんわ、にゅふふ」
机に突っ伏した彼女が、もぞもぞと動く。瞳は閉じたまま、半開きの口からは、よだれと寝言のような声が漏れた。
「大阪人じゃないだろ、お前は」
俺はため息をつきながら、タオルハンカチでよだれを拭き、座席を占拠する猫のくせっ毛をさらさらと撫でる。
撫でられた猫は、気持ちよさそうに目を細めるだけで、起きる気配はない。
仕方なく拳を握り、後頭部にグリグリと押しつける。
手加減は不要。
甘やかすとすぐ調子に乗るから。
「いた、いだだだぁっ、ちょ、ちょっとやめて、おバカになっちゃう!」
(……もう十分おバカだろ)
天然茶髪の猫は、がばっと顔を上げ、クリっとした瞳をぱちくりさせる。
「はっ!? ここは異世界?」
「寝起きに、そのボケは鮮やか過ぎるだろ」
「そしてあなた様は転生を司る女神……ではない、先ほど同級生女子五股を画策し、失敗した緒方君」
「プロフィール紹介ありがとうございます、ねぇ本当に寝てたの? ふり?」
「……意識が半分くらいあったかな」
机に柔らかそうな頬を押しつけながら、猫は苦笑する。
俺は肩をすくめた。
「そりゃ硬い机の上じゃ、熟睡なんて無理だな」
「でも寝不足ぎみだったから、頭がすっきりしたかも」
「めずらしいな、どこか体調でも悪かったのか?」
「明日フラれるかもって思うと寝付けなくて、乙女だからね」
「そっかぁ……でもなぁ、実際フラれたの俺だし」
「自業自得でしょ、わざとフラれるように仕向けたくせに」
どうやら気づいていたらしい。
他の四人も気づいた上で話を合わせてくれたのだろうか。
「まぁそうだけど、確信があったわけじゃない、愉快犯が出たかもしれないし」
「そんな子いないよ!」
……知っていた。
悪ふざけできるような子が一人もいないから俺はずっと悩んだのだから。
「ごめん……悪いことしたなって思ってる、ところで、昼ご飯食べたのか?」
「うん、カフェテリアでさくらが持って来たお重を!」
「マジで!?」
赤城家のお重なら美味しいのは間違いない。
――ちくしょう、俺なんて風見さんと自作おにぎりを分け合ってたというのに。
「ホントは、誰かさんの誕生日会と新カップル祝福会の予定だったんだけど、緒方霞撲滅決起集会に変わった」
「撲滅決起集会って何?! というか俺、聞いてないし」
「サプライズに決まっているじゃん。 ……それより、何で誰も選ばなかったの?」
「選ばないじゃない、選べなかったの」
急に声のトーンが変わった。
明らかに怒っているようだ。
「それは、優しさじゃなくて残酷なことだよ。選ばれたいと思っていたけど、選ばれなくても仕方ないとも思ってた。みんな素敵な子だから、覚悟を決めてた。それなのに……」
「誰かを選ぶでも、誰かが俺を選ぶでもダメだった。決着がつかない状態、引き分けに持ち込む以外、確定シナリオを回避する術がなかったからだよ、リナ……非公式生徒会現生徒会長さん」
「……何を言ってるのだ兄ちゃん?」
「今更とぼけるなよ、ネタは上がってる」
「ふーん、じゃあそのネタとやらを聞かせてもらおうかな」
「その前に、窓ガラスを締めてもらっていいか、あと40秒で雨が降り始める、そうだろ?」
「……そっか、知ってるんだ。システムのこと。知らなければ良かったのに」
その声は、いつもの無邪気さとは違っていた。
俺は窓の外に目をやる。雨を含んだ黒くて暑い雲が厚くなり、日の光が急速に薄れていく。
「あぁ悪いな……全部じゃないけど」
「……想定外だけど仕方ないか」
その瞬間、瞳が稲光の様に鋭くなった。
被疑者が容疑を認めたのと同じだ。
……信じたくなかった。
いつもそばにいる義妹もどきが、堕天使遊戯の黒幕だった。
灯台下暗しもいいところだ。
でも、どこかで気づいていたのかもしれない。
また一緒に暮らすようになってから、たまに俺が知らない笑顔を浮かべていた。
それは、どこか怪しくて、でも魅力的だった。
窓ガラスの向こうは、もう真っ黒な雲に覆われている。
雷鳴が轟き、大粒の雨が一斉に降り始めて、窓の向こうの見通しはたちまち悪くなる。
まるで俺とリナだけが、セカイに閉じ込められたようだった……
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