第251羽♡ 告白の行方
――7月31日、月曜日、午後0時41分。
「つまり共学でも実際、彼氏彼女ができるのは全体の1割から2割程度、白花学園高等部も例外ではなく、恋人ゲットは高難易度ミッションなわけで……」
「うんうん」
「だから俺に彼女がいないとしても何ら不思議なことではなく、むしろ自然なことだ、全然おかしくない」
「へぇ~」
黒髪マッシュボブの風見さんは適当な相づちを打つ、その手には食べかけのおにぎりがある。
「……あのさ、報酬は払ったし、もっと聞く姿勢を見せてよ」
「そうしたいとは思うよ……でも理屈っぽいし、話長いしで眠くなる、ふわぁ~」
猫の様な大きな伸びをする。
狭いピアノ室でマジマジと見るわけにはいかないが、手足が細くて長い、均整のとれたプロポーションをしているからドキッとする。
「……やっぱり、おにぎり返して」
「え~もう無理だよ、ほら、食べちゃったもん」
舌をペロっと出すと米粒が一つだけ残っていた。
だが、それも美味しそうにごっくんと飲み込む。
「さっきの話の続きだけど」
「……その話はもう無理、せめておもしろいのにして」
「陰キャモブに話のおもしろさなんて求めないでぇえ――!」
ピアノ室で俺は絶叫する。
防音付きだから外には、ほとんど聞こえない。
「優しい彼女が彼氏を慰める演技ならできるよ、どう?」
表情を変えた風見さんは、蠱惑的な笑みをニコッと浮かべる。
何も知らなければ、コロッと騙されそう。
「遠慮しておく、それに演技と宣言されている時点で冷める」
「え~贅沢だなぁ、ボクに出来ることなさそうだし、もう帰っていい?」
「やだぁ、今は一人にしないでぇえ――!」
「長い人生の中で一度や二度はフラれることもあるよ、だから気にしなさんな」
「じゃあ聞くけど、風見さんはフラれたことあるの?」
「うん? ないよ」
頭の中で、何人の異性がフラれる様子が浮かんだがわからないが、当たり前のようにそう告げる。
「言うことに説得力がない」
「だって、ボクは遠野奏多だよ? 当然でしょ」
女優遠野奏多こと風見刹那がドヤ顔でいう。
「……そうだよね、ちょっと前まで芸能界でもカースト最上位だったし」
「そうそう、実はボク凄いんだよ! もっと褒めて!」
「わー奏多ちゃん、最高、かわいい、腹筋切れてるよぉ~」
「褒め方がおかしい~ まぁいいや……君がフラれるとは思わなかったよ」
「本当に?」
「うん……でもあの告白はない、一人の女の子としてボクが告白される立場でもノーと言うね」
「何で?」
「だってあまりにもクズいから」
「そんなにクズですかね?」
「うん、マジで超クズい」
「ぐはっ」
……自分でもわかっている。
でも仕方ない、他に方法が浮かばなかった。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
「好きです、俺と付き合ってください」
真夏の太陽の下、俺は深々と頭を下げ、右手を差し出した。
「ねぇカスミ君、一応聞くけど、誰に向かって言ってるの?」
数秒だか、数十秒だか、わからない時間を経てようやくさくらが口を開いた。
「……(皆さんです)」
「小さくてよく聞こえない、もう一度」
「望月さん、高山さん、前園さん、宮姫さん、そして赤城さんです!」
俺は全力で声を張り上げた。
「「「「「えっ?」」」」」
五人の「えっ?」はこれ以上ないくらい綺麗に揃っていた。
「カスミは、わたしたち全員と付き合いたいの?」
「はい、楓さん」
「カスミ君、自分が何を言っているかわかっている?」
「わかっています。五股です。さくらさん」
「兄ちゃんは、五人全員とイチャイチャしたいの?」
「そうです高山さん、五人といつもイチャイチャできる愛の楽園オガターランドを作りたいです」
「つまり緒方の望みはハーレムだと?」
「お察しの通りです、前園さん」
「……わかった、緒方君」
「よかった宮姫、わかってもらえて、てっきりダメかと思った」
「うん……よ~く、わかったよ……だからさ、今すぐ爆発四散して」
「……ん?」
「誠実じゃない人は論外、ハーレムとか以ての外、絶対に無理!」
宮姫は人差し指を向け、俺を激しく糾弾した。
「ちょ、ちょっと宮姫さん?」
「……わたしも無理ね」
続いてさくらが、まるでお茶でも飲むようにしみじみという。
「え? さくらも!?」
「そういうのはさ、冗談にして欲しかったな……悪いけどオレも」
前園は、激しく責めることはない。だがハッキリと拒絶しているのが伝わる。
「前園まで!?」
「ないわ~兄ちゃん、わたしは非常に悲しい、同級生としても妹としても、うんうん」
腕組みしたリナが、目を瞑ったまま噛み締めるようにいう。
「リ、リナ!?」
「……カスミ、わたしそんなつもりないから、ごめん」
楓がまるでドラマのワンシーンのような台詞を告げる。
「楓、ちょっと待ってくれ!」
「待っても何も、そんなの納得できるわけないでしょ! わたしもう行くね、未来永劫さようなら緒方君」
「お願い待って宮姫、話せばわかるから!」
俺の制止を振り切り、怒りの収まらない宮姫は、ずかずかと屋上出口に向かう。
「楓、凜、校門前に車を待たせているわ、行くわよ」
「待ってくれ、さくら」
「……じゃあな緒方」
「前園、待てって!」
「カスミ、わたしたちはずっと親友だよ……多分だけど」
「楓、多分って?!」
「お腹減ったから行くのだ、ばいばいクズ兄ちゃん」
「リナ、ご飯あるから待ってーー!」
「うるさい緒方君、静かにして!」
「……はい」
振り向いた宮姫の一喝で俺は口を閉ざす。
「よーし皆、撤収」
「おーっ! なのだ」
「行こ、行こ」
「それで午後からのレッスンだけど……」
こうして五人の天使達は、第二校舎屋上から去っていった。
七月の青い空の下、膝から崩れた俺は只一人その場に取り残された。
その後、第二ピアノ室からそそくさと退散しようとしていた風見さんを捕え、昼ご飯のおにぎりの見返りで話を聞いてもらい、今に至る。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
「誕生日に5人にフラれるって、なかなか凄いよね」
「そんな凄さいらないから!」
「でもさぁ、皆の前でハーレム作りたいと叫ぶとか正気の沙汰とは思えない」
「俺は正気だし、至って真剣だよ!」
「いつの日か夢が実現できたらいいね、そろそろボクは行くよ、おにぎりごちそうさま」
「待って風見さん! 見捨てないで」
「無理、もう終わり、この後、バイトの面接あるし」
「え? バイトって?」
「もちろんヒ・ミ・ツ♡」
風見さんはそう告げると、グランドピアノの鍵盤蓋をパタンと閉じ、第二ピアノ室から出ていった。
……きっつい。
いざフラれてみるとホントにきつい。
しかもフラれる×5。
これが青春の味?
全然甘酸っぱくない……。
まぁ……全部予定通りだけど。
――その時だった。
第二ピアノ室にピンポーンという、RIMEメッセージの着信音が響く。
スマホを取り出しメッセージを確認すると「1-Bの教室で待ってる」とだけあった。
「すぐ行く」とメッセージを返し、俺も第二ピアノ室を後にする。
これで舞台は整った。
いよいよ最終決戦だ。
相手は白花学園最大の謎、非公式生徒会。
ようやく俺はここまでたどり着いた……
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