第245羽♡ 仲良しアイドルと敏腕プロデューサー
「出たわね、この裏切り者!」
――7月30日、日曜日、午後9時41分。
ボーカルレッスンが終わり、帰宅してご飯を食べ終わったところで、突然ビデオ通話が掛かってきて、言われたのがこれだ。
昼間の件で、グリーンパジャマ姿の婚約者様は今もご立腹のようだ。
「……さくらさん、それは誤解だってば」
「カスミ、お疲れ様」
ピンクパジャマの楓がさくらの横から、ひょっこり顔を出す。
「お疲れ、そっちのレッスンはどう?」
「うん、頑張ってるよ」
「鬼プロデューサーにいじめられてない?」
「大丈夫だよ、さくらはそんなことしないよ」
「あれ? 名前呼びにしたのか?」
「うん、凜も含めて、わたしたち3人が団結するために」
どうやらアイドルユニットKa-Rinの望月楓と前園凜、プロデューサー赤城さくらは、今のところ順調に準備を進めているようだ。
「そっか、じゃあDreamLatteも負けてられないな」
「鬼プロデューサーで悪かったわね」
さくらが、ぎろりと睨んでくる。
「言葉の綾だからね、ところで前園は?」
「……凜なら、お仕置き部屋よ」
「お仕置き部屋? 何かしたの?」
「脱獄しようとして、途中で罠に引っかかったの、今日で三日連続」
「三日連続? そんなに!?」
家の中になぜ罠があるのか。
そんなことは考えてはいけない。
赤城家のお屋敷は、世間の常識は通用しない魔境だ。
「今日は上から籠が落ちてくる仕掛けにひっかかったわ」
「そんな漫画的な罠に!?」
「昨日は一か所だけ色違いで凹んだところのある落とし穴、一昨日は『この先抜け道』という立札が付いた偽装通路、どうして、こんな見え見えの罠にひっかかるの? もしかして、アホの子なの?」
「それはないと思う……この前のテストは学年一位だっただろ」
「まぁいいわ、それより凜が了承した鈴木真凛さんの美容系チャンネル出演の件だけど、プロデューサーとして、スケジュール都合で断ろうと思ったの、でも、やっぱり受けることにしたわ」
「ありがとう、先輩も喜ぶよ」
「ただし、赤城グループの化粧品部門からのオファーと言う形に変更させてもらうわ。もちろん、相応の費用を鈴木さんに支払うつもり」
「企業案件ってやつ?」
「そうなるわね」
「詳しく知らないけど、普通はフォロワー何万人とかいないと来ないやつだよな? 先輩のチャンネルは、おそらく趣味でやっているようなのだと思うけど、いいの?」
「えぇ、Ka-Rinの宣伝になるし、凜や楓と同世代の女の子がやっているチャンネルなら応援してくれるファンにも親しみを感じてもらえるはずよ」
「なるほど、確かにそうだな」
「ただし、こちらはプロとして対応する、鈴木さんにも一切の妥協をせず、やってもらう、来週には契約書のサインと打ち合わせを行う予定よ、段取りは全てこちらが行うわ……きっちり、しっかりね……ふふふっ」
そう言うと、さくらは悪だくみをする悪役令嬢のような笑みを浮かべた。
「先輩も、了承しているんだよな?」
「えぇ、こちらの条件を全て呑んでくれるそうよ……まったくもって身の程知らずね」
……これは、まずいかもしれない。
恐らくさくらは、昼間のビデオ通話で、先輩にやられたことを根に持っており復讐しようとしている。狙いはざまぁ。
赤城さくらは高校生にして、既に二つの会社を起業している経営者だ。
ビジネスという土俵でさくらとぶつかれば、普通の高校生である真凛先輩に、万に一つも勝ち目はない。
「念のためもう一度聞くけど、先輩にはちゃんと説明してるんだよな?」
「えぇ、だまし討ちはしない」
「なら、良いけど」
……良くはないけど、第三者の俺には何もいえない。
「上京して来たら、カスミ君にも鈴木さんから連絡があるかもしれないわね、困ってたら、多少は相談に乗ってあげて、多少ね」
「……わかった、俺からも先輩に確認しておく」
「早く来ないかしら……ふふふっ」
禍々しいオーラ全開のさくらは、ざまぁする日を心待ちにしているようだ。
……嫌な予感がする。俺にも何か回ってきそうだ。
「わたしも凛みたいに個別のお仕事ができれば良いんだけど」
俺とさくらの会話を大人しく聞いていた楓がようやく会話に参加してきた。
「いいのよ、楓はよく頑張っている、その心意気だけで十分よ」
「でも……」
「ダメよ、無理は絶対に」
先ほどまでの悪役令嬢はどこへ行ったのか。
今度は楓を慈しむように優しく抱きしめる。まるで聖女のようだ。
「ごめん……わかった、さくら」
「いいのよ」
そう告げると、さくらは楓の長い黒髪をそっと撫でる。
望月楓は前園凜ほど器用ではない。
でも頑張り過ぎるところがあるため、さくらは心配しているのだろう。
「すっかり仲良しだな」
「うん、合宿の間は、レッスン以外も3人でいることが多いからね」
「お風呂も皆で一緒よ、いいでしょ、カスミ君」
「そうなんだ、ほんと仲いいな」
「言っておくけど、変なことは想像しないでね」
「するわけないです、はい」
……とは言ったものの、緒方霞は以前、中尾山麓の温泉で前園凜と一糸まとわぬ姿で同じ湯船に浸かった。
赤城さくらのお祖父様誕生日の際も、さくらとふたりで赤城家のお風呂に入浴したことがある。
望月楓の家で勉強会した時に、バスタオル一枚の楓を見た。しかも後日、リナからブラのサイズがFカップという追加情報までもらってしまった。
これらの過去データをパズルのように組み合わせると緒方霞脳内美術館には白花学園高等部天使同盟三翼の、あられない姿をした神々しい絵画が展示できてしまう。
青少年には刺激が強すぎる。
「ところで、前園は本当に大丈夫だよな?」
「えぇ、肉体的なダメージはないし」
「ちなみに、お仕置きって何?」
「言えない、お母様絡みよ」
「えっ? ツカサさんなの!?」
……だとしたら、ヤバいかもしれない。
赤城家で一番怖いのは、さくらではなく、いつも穏やかな微笑を浮かべるさくらママこと赤城月砂さんなのだ。
前園……どうか無事で。
……そういえば、企業案件って言ってたけど……お祖父様の誕生日騒動の時、さくらはグループ本体の仕事を全部降りたはず……赤城グループを動かすなんて、今のさくらにできるはずがない……はず、なんだけど……
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