第243羽♡ 少女たちの残響
「見て、この茉莉ちゃん、かわいい……」
「そうだね……」
「小さくて華奢で、透明感があって、美少女って感じだよね」
「う、うん」
「なんかずっと見てられる、ふふふっ」
「そ、そう?」
「言っておくけど、カスミンには写真あげないから」
「……それは残念、はははっ」
――おかしい。
さっきから宮姫がおかしい。
まるで白昼夢でも見ているようだ……
――7月30日、日曜日、午後12時17分。
茉莉ちゃんのお見舞いを終えたわたしたちは、下北沢駅南口にあるワイルドバーガー2階で昼食をとっている。
この後、バイトとボーカルレッスンがあるため、わたしは下北沢駅そばにある着替えスポットで、霞からカスミンにチェンジした。
バイトまではまだ少し時間がある。
宮姫も次の予定まで空きがあったため、一緒に昼ご飯を食べることにしたが、宮姫は注文したハンバーガーを半分も食べておらず、ポテトもほとんどそのまま残っていた。
そして、わたしが先ほど柊木夏蔵と会っている間に、撮ったであろう茉莉ちゃんの写真に夢中になっていた。
「茉莉ちゃんって、どこか前園に似てるよね」
「――そうなの! 茉莉ちゃん、2、3年前のお凛ちゃんに似ててかわいいの! 絵本から出てきたお姫様みたい」
(あ、そういうことか)
つまり、茉莉ちゃんは宮姫の好み、どストライクなのだ。
今も白花学園に残る伝説の妖精、その名もロりんちゃん。
わたしも、とある闇ルートから、義妹もどきや親友の写真と引き換えでロりんちゃんの写真をゲットしたが、この世のものとは思えないかわいらしさだった。
そして、ロりんちゃんこと、幼さが抜けない前園凜を保護し、溺愛していたのが他ならぬ宮姫すず。
前園と同じハーフで保護欲を掻き立てられる繊細な雰囲気、茉莉ちゃんには、宮姫がハマる要素しかない。
「カスミン……残念だけど、お凛ちゃんはもうピークを過ぎているの」
「えぇーー!? ピークを過ぎてるって前園はまだ16歳の女子高生だよ!?」
「もちろん、今でもお凛ちゃんはかわいいよ、世界中の誰よりもね……でも、あの愛らしさはもう戻らない、永遠に」
(確かに……)
……認めざるを得ない。
今の前園凜は美少女も超え、美女への階段に差し掛かりつつある。
ロりんちゃんにあった、ぷにぷにほっぺや、はにかんだ笑顔は、この世界から永遠に失われてしまった。
悔やんでも悔やみきれない。
もし、タイムマシンで時間遡行できるなら、わたしは迷わずロりんちゃんに会いに行く。
「今後、カスミンは茉莉ちゃんとふたりで会うのは禁止ね、穢れるから」
「わたしが何か言う前から茉莉ちゃんは、穢れたことを言ってたよ!」
メス奴隷とか縛りプレーとか、あの見習い天使みたいなふわふわのルックスから、ヤバい発言が飛び出してくるとは、夢にも思わなかった。
……茉莉ちゃん、恐るべし。
「それは、緒方君から溢れ出る毒霧を吸った結果だよ」
「そんなやばい能力を持ってないから!」
「……それより、柊木夏蔵からは情報を入手できたんだよね?」
「うん、これでやつらの秘密を暴ける」
「そっか、長かったね」
「宮姫には、随分と迷惑かけた」
「気にしないでいいよ、幼馴染だし」
「そう言ってくれると助かる、ところで、この後の夏休み、どう過ごすの?」
「部活と家族旅行に行くくらいかな、楓ちゃんやカスミン、お凛ちゃんはアイドル対決で忙しいでしょ、リナちゃん、さくらちゃんはサッカーがあるし」
「そうだね」
「わたしだけあぶれちゃったかな……」
「宮姫もアイドル対決やりたかった?」
「わたしはいいよ、無理だし」
「……それはないと思うけど」
ルックスは前園と互角に渡り合えるし、子供の頃からバレエやピアノ、バイオリンなんかも習っていたはず。つまりアイドルとしてのポテンシャルはかなり高そうだ。
「わたしは応援する方を頑張るね、さてと……そろそろ行かないと」
「え!? まだハンバーガー残っているよ」
「ごめん、食べてくれる? お腹いっぱいになっちゃったから」
「いいけど……でも」
(間接キスになっちゃうのでは!? ……これまでキスを沢山しておいて今更だけど)
「……別に、気にしなくていいよ、そんな顔されるとわたしも恥ずかしくなるからさ……これから会う純恋ちゃんは親戚の子で、彩櫻に通ってるんだけど、ちょっとだけ楓ちゃんに似てるかも」
「そ、そうなんだ……買い物にでも行くの?」
「うん、あと池袋の水族館に」
「水族館は、この前リナと行ったけど、すごく良かったよ、楽しんできてね」
「ありがとう」
「でも……」
「どうかした?」
「今日分のノルマどうする? 昨日みたいにレッスンが終わった後、宮姫の家に行くでもいいけど」
「……毎日それだと悪いから、この後、終わらせちゃおうよ」
「待ち合わせ大丈夫?」
「純恋ちゃんに5分だけ、遅れるって連絡する」
「わかった」
ワイルドバーガーを出たわたしたちは、北口一番街のそばにある公園のクヌギの木陰で、いつも通りノルマをこなす。
だけど、女の子の格好をしたわたしに抵抗があったらしい宮姫は、躊躇ってしまい、5分どころか、20分は待ち合わせに遅れただろう。
恥ずかしがる宮姫を見て、少し変な気分になったわたしが、バイト先のディ・ドリームに到着したのは遅刻ギリギリ1分前で、息は切れたままだった。
僅かだが互いの唇から、同じケチャップの味がした。
まだ舌に残っている……
いつまでも熱が冷めない、わたしは焦がれたままだ。
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