第241羽♡ もう一つの兄妹
――7月29日、日曜日、午後8時52分。
加恋さんと別れた後、俺はノルマをこなすために宮姫の自宅に向かう。
この時間にインターフォンを鳴らすわけにはいかない、スマホで連絡すると、すぐに宮姫が外に出てきてくれた。
俺たちは周りに誰もいないことを確認した上で、ノルマをこなし、いつものように非公式生徒会に証拠写真を送った。
「……あの真凛って子とは本当に何もないんだよね?」
「ないよ、真凛先輩は小学校の頃のクラスメイトだって」
昼間の一件で、どうやらまだご機嫌斜めらしい。
「なんで先輩って呼んでるの?」
「特に意味はないけど、オトナっぽくて、年上に見えるから」
「ふぅん緒方君……あーゆー子が好みなんだ」
「違うって、俺はすーちゃんだけだし」
「かーくんはいつもウソばかり……今も昔も」
「そんなことないって」
「……でも、ずっと忘れてたくせに」
「だってあんな別れ方して再会できると思わないだろ」
「それは、そうだけど……」
「もうどこにも行かないから」
「じゃあ証拠見せて」
「……今日分のノルマはさっき終わったよ」
「まだだよ、あれは練習」
「……じゃあ今から本番でいい?」
「……うん」
「勘違いしないでね、いつも嫌々だから」
「わかってるよ。すーちゃん」
ノルマの時だけ、すーちゃんは素直になる。
……絶対に認めないだろうけど。
子供でも大人でもない俺たちは、何をするにも言い訳が必要だ。
いつかそれらが必要ない歳になった頃、俺とすーちゃんは、別の何かに変わってしまうのだろうか、それとも……
月が陰った内に、瞳を閉じたすーちゃんと影を重ね、互いの息を止める。
1秒……2秒と……大丈夫、誰も見ていない。
再び月が顔を出すと、何事もなかったように、同級生に戻る。
「そうだ……昨日、茉莉ちゃんに会って来たから」
「茉莉ちゃん?」
(あれ……だれだっけ?)
「AI研の柊木夏蔵君の妹だよ。先週、緒方君が調べて来いって言ったでしょ」
(……そうだった)
非公式生徒会と唯一接触した可能性がある柊木夏蔵、その妹柊木茉莉ミア。
連絡先がわからない柊木夏蔵に接触するには、区内総合病院で入院している茉莉に会えば確実だ。
とは言え、相手は面識もない中等部の女子、俺が会いに行くのはマズい。
だから、宮姫にその役をお願いした。
「彼女のお兄さん、柊木夏蔵には昨日は会えなかったよ。でも明日、お見舞いに来るらしいから一緒に行こう」
「わかった……ありがとう」
「じゃあ、おやすみかーくん」
「おやすみすーちゃん」
玄関の中に消える宮姫を見届けて、俺はようやく家路につく。
明日、ようやく柊木夏蔵に会える。
柊木から有力な情報が入手できれば、非公式生徒会の尻尾を掴めるはず……
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
――7月30日、月曜日、午後10時02分。
この時間帯で俺は既に、家の家事、リナの朝食、加恋さんとの朝練を終わらせていた。
そして今は、区内総合病院でお見舞いのため受付を済ませ、2階の柊木茉莉ミアの部屋に向かう。
「それにしても、よく見つけたな」
「見つけたというより、見つかったかな」
「どういうこと?」
「わたし割と有名人みたい、院内を歩いてたら茉莉ちゃんに声をかけられて」
「なるほどねぇ……」
本人のいう通り、宮姫すずは白花学園で、かなりの有名人だ。
中等部時代から親友の前園凜と「姫園のふたり」と呼ばれる学園のアイドルのような扱いで、現在は白花学園高等部天使同盟一翼「癒しの天使」。
学園内で宮姫を知らない生徒の方が少ないだろう。
ひょっとしたら、一番偵察とか監視に向かない人に、無理なお願いをしてしまったかもしれない。
「そこの215号室」
「了解、じゃあノックして入るか」
「待って、わたしが先に入る、ないとは思うけど、着替えとかしてたら……ね?」
「そうだな、外で待っているから呼んでくれ」
「うん」
ノックをした後、宮姫が一人病室に入っていく。
もし、俺がラブコメ主人公なら、そのまま入り、着替え中の茉莉ちゃんと遭遇し、キャーと言う悲鳴と共にビンタされる鉄板ラキスケイベントが発動するのだろう。
だが、緒方霞は普通の男子高校生、ラキスケイベントは発生しない。
たまたまアイドルデビューが決まってて、家にかわいい義妹がいて、超金持ちの婚約者がいるだけの、ごくごく普通の男子高校生だ。
(……ん? 普通?)
「いいよ、入ってきて!」
(……じゃあ行くか)
スライドドアを開けると、ベッドの上に座る小柄な女の子と、椅子に座る宮姫がいる。
病室には日差しを避けるためカーテンが掛かっており、蛍光灯が、妙に白く感じる。
「はじめまして柊木茉莉です」
「あ、はじめまして、緒方霞です」
少しウェーブの掛かったセミロングのアッシュブラウン、病気のせいか青白い肌と小さなピンクの唇、そして紫と茶色を二で足して割ったような独特の色合いの瞳に思わず見とれてしまう。
(やば、この子……)
「茉莉ちゃんは、アメリカ人とのハーフなんだって、だからミドルネームがミアちゃんなの」
「そ、そうなんだ」
宮姫の声で、我を取り戻す。
柊木さんは、まるで俺の心の中を透かして見ているかのように、どこか蠱惑的な笑みを浮かべている。
雰囲気はどこか同じハーフの前園凜に似ている。
ただ前園は、日本人より北欧系の比率が高い。
柊木さんは日本人の要素が強くて、アメリカ人要素が少し混じっている感じで、どちらもタイプは違うけど、美少女には違いない。
「緒方先輩って呼んで良いですか?」
「あぁ、もちろん、俺はなんて呼べば?」
「柊木か茉莉か……あ、でも、うちの兄さん、シスコンで、すぐ焼きもちを焼くから、間をとってメス奴隷で」
「わかった、じゃあメス奴隷……ってえっ? 何を言ってるの?!」
知り合ったばかりの美少女から、想像外のワードが出てきたので、思わず声が裏返ってしまう。
「わたし知ってます、先輩は学園内で言葉巧みに女子を籠絡し、背徳の都オガターランドでハーレムを作ってるんですよね? とうとうわたしまで目を付けられてしまいました……どうぞ茉莉をかわいがってください。すずちゃん先輩、同じメス奴隷仲間として、これからご指導のほど、よろしくお願いします」
「ちょっ!? オガターランドなんてどこにもないから!」
「そうだよ茉莉ちゃん、誰が緒方君みたいなトゲアリトゲナシトゲトゲのハーレムになんて……絶対に無理だから!」
(宮姫なにそれ? トゲトゲ? とりあえず無理なのはわかったけど、どうして、トゲトゲがとっさに出てくるの?!)
「ひょっとしてハーレム内でも格付けがあるんですか? ……先輩、教えてください、どうすれば立派なビッチになれますか?」
「何もしないでいい!」
「何も? はっ、わかりました。すみません、すずちゃん先輩、そこの棚にリボンが入ってるので取ってもらっていいですか?」
「いいけど、どうするの?」
「目隠しして、両手も縛ってください、緒方先輩はそっちがお好みらしいです!」
「緒方君ってホント最悪、今すぐ爆発して爆発して爆発してぇ!」
「宮姫さん、病院内で物騒なこと言わないでぇ!」
静かだったはずの病室がカオスになりかけた――その時だった。
「ミア……どうかしたのか?」
スライドドアがゆっくり開くと、俺と同じくらいの背丈で、目つきの悪い男子が立っている。
……そいつが柊木夏蔵だった。
柊木兄妹につきましては
「第215羽♡ ブツを出せ! ネタは上がってる!」をご参照ください。
↓
https://ncode.syosetu.com/n9973ik/229
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