第240羽♡ 闇で蠢くいくつかの嘘
――7月29日、日曜日、午後7時41分。
葵ちゃんを見送った加恋さんとわたしはふたりで夜の街を歩く。
日はとっくに落ちていて、空には今夜も月が浮かぶ。
「話って、楓のことですか?」
「ううん……この前、このリングもらったじゃん」
「……そんなこともありましたね」
加恋さんが、左手小指を見せてくると、どこか気恥ずかしさを感じたわたしは
そっけない言い方をしてしまう。
「カスミ君にとってはそんなことかぁ、ちょっとショック」
加恋さんにカスミ君と言われるのは久しぶりの気がする。
カスミンとして毎日のように加恋さんに会っていても、カスミとして会う機会が全くない。
「すみません、言い方が良くなかったです」
「ごめん……アタシもこんなこと言いたかったわけじゃあ……そうそう、貰った後に、変なこと言っちゃったから気にしてないかと思って」
「そうでしたっけ?」
「ほら、家族に会って欲しいって……」
途中から加恋さんの声がどんどん小さくなり、最後まで聞こえなかった。
「アイドル活動が落ち着いたら遊びに行かせてください」
「……そうだよね……今はそっちが優先だよね、わかってるのに……」
「どうかしました?」
「ううん、何でもない……ところで、曲の振り付けは憶えた?」
「貰ってる曲は大体……でも細かいところがまだまだですね」
「もし、良かったらだけど、アタシ、ダンスなら多少自信があるから、見てあげられるよ、明日からできるだけ、一緒に自主練しない?」
「いいんですか!?」
「アイドル対決ってことになってるし、やるなら負けられないじゃん、前園さんにも楓にも……」
「そうですね、それくらいの意気込みが大切ですよね」
思っていた以上に、加恋さんはアイドル対決に本気で取り組んでいるようだ。
わたしももっと頑張らないといけない。
「じゃあ、明日の夜から」
「すみません、夜はちょっと……」
「空いてない?」
「はい、家のこともあるので」
「じゃあ朝練で」
「いいですけど、加恋さん起きれます? 楓が言ってました。目覚まし、何個鳴っても起きないって」
「大丈夫! 高校時代は3年間、遅刻ゼロだったし」
加恋さんは、白花学園高等部元生徒会会長で、周囲の見本になるような生徒だった。
わたしの目から見ても、当時の加恋さんはカッコ良かった。
どういうわけか、最近はただの飲んだくれになっていたけど……
「……大学に行ってから何かあったんですか?」
「まぁね、大人の世界は世知辛いし、起きるのが辛くなるくらい医大はハードなのよ、よよよ……」
加恋さんは両手で顔を覆い泣いたふりをする。
大学生活が忙しいのは事実だろう。
とは言え、ちょっと前まで、駅前の一杯呑み屋さんに行く時間はあったみたいだけど。
「楓が合宿に行ってるから今はいないですよね。本当に起きれます?」
「大丈夫だって、もう信用ないなぁ」
「……バイトの遅刻を度々見てますから」
「じゃあカスミ君が起こしてよ、王子様のモーニングコール、プリーズ!」
「えぇ……まぁ、それくらいなら」
「やったぁ!」
パステルブルーの髪をウルフカットの加恋さんは嬉しそうにガッツポーズをする。
わたしよりも4つ年上だけど、こうしていると同じ年の子とあまり変わらないように感じる。
「その代わり、ちゃんと起きてくださいね」
「もち! でも、カスミ君に直接起こして貰うのが一番手っ取り早いかも、という訳で、はい」
「えっ? わぁ!?」
加恋さんが下手で投げたキラキラした物を掴むと、家の鍵だった。
「これで女子大生の寝顔をいつでも見放題だぞ、少年」
「家に侵入した時点で、楓に殺されますよ」
「それもそっかぁ……」
「という訳で、これはお返しします」
「ぶ~つまんない」
「つまんなくてもダメです」
「じゃあ、せめて帰りにウチに寄って行きなよ」
「ダメです、もう時間が遅いし、家のことやらないと」
「なんでや~? 前に楓のことを相談してた頃は、ふたりで話す時間が、もっとあったじゃーん」
「あれは作戦会議です」
今から2年ほど前、加恋さんのお父さんと、楓のお母さんが再婚する時、当初、楓が反対だったため、説得するための作戦会議をふたりでやっていた。
わたしのアシストが役に立ったかはわからないが半年後、楓が納得し、無事にふたりは再婚できたため、作戦会議は終了した。
加恋さんがふたりだけで会うことはなくなった。
「……あの頃は楽しかったなぁ、カスミ君も素直な子だったし」
「素直じゃなくなったのは、加恋さんのせいです」
「人のせいにするのは良くないぞ、とりあえずウチに上がっていけ、さぁさぁ」
「だからダメですって、それに今日は東京に戻って来たばかりで、疲れてるんですよ」
「そかぁ残念……じゃあ今日は諦める、明日はちゃんと起こしてね」
「わかりました、おやすみなさい加恋さん」
「おやすみカスミ君」
加恋さんがマンションのエントランスホールから見えなくなるのを待って、俺は今歩いて来た道を戻る。
加恋さんには家に帰ると言ったが、まだ帰れない。
先ほど東京駅で宮姫に会ったため、今日分のノルマをこなさなければならない。
恐らく宮姫も待っているはずだ。
鞄からスマホを出し早速、RIMEで宮姫に「今から行く」とメッセージを送る、するとすぐに「待っている」とだけ返って来た。
今度は1人で夜道を歩む。
明後日には全て終わるはずだ。
嘘や祈りや願いさえも……
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