第236羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#20 現実の始まり)
――7月29日日曜日午前8時48分。
本日も快晴、
俺とリナは東京に帰るため、村の最寄り駅で電車が来るのを待っている。
駅にはセナが見送りに来てくれた。
「ありがとうカスミ、色々あったけど……良かったと思う」
「ごめんセナ」
「……謝るのはなしだよ」
「でも……」
「一人暮らししたら、色々変わるかなって思った、でもそうでもなくて……一昨日カスミと再会した時もね、これでわたしも変われるかと思ってドキドキしてた、でも誰かに期待するんじゃなくて、自分で頑張らないとダメなんだよ、だから人任せは、終わりにする」
「セナ……」
「ずっと言えなかったことが言えたから、すっきりはしてるの……でも、やっぱり悔しいな……だから、次会う時には必ずカスミを後悔させるから」
そう言うとセナはほほ笑む。
「……わかった。覚悟しておくよ」
俺は今回の選択を全く後悔していない。
向井瀬夏は素敵な女の子だと思う。
俺は、自分の選択を後悔する日がいずれ来るかもしれない。
そうなったらカッコ悪すぎるけど……
「ところで何でリナの機嫌が悪いの? まさか、両想いになったのを良いことに昨日の夜、無理やり変なことを……」
「ないない、ある訳ないだろ、おじさんもおばちゃんもばーちゃんもいるのに」
「そうだよね、ごめん、変なこと言って、一昨日の夜、わたしと家に泊まった時も、何もなかったし、カスミはそんなことしないよね」
実際はセナの寝息が聞こえる度に、俺の理性は崩壊寸前だった。一晩、頑張り通した自分に拍手を送りたいくらいだ。
「機嫌が悪いのは、下駄の鼻緒で足の指が擦れたところが腫れてて、まだ治ってないからだと思う」
「それは痛そうだけど、本当にそれだけ?」
「……実は昨晩、何と言うか、意見の食い違いみたいなのがあって」
「はぁ……ふたりのことだから、深くは聞かないけど、早く仲直りした方がいいよ」
「そうだよな」
「まずは、リナのことを一番に考えてあげて」
「わかっているよ、妹だし」
「……もう妹ってだけじゃないでしょ、じゃあ、リナとも話すこともあるから、これで」
「色々ありがとうセナ」
「ううん、こちらこそ……あ、そうそう、真凛が見送り行けないからまたねって伝えておいてって」
「真凛パイセンにもまたって伝えておいて」
この二日間、俺を翻弄し続けたセナは目の前から去り、リナの元に向かった。
セナは知らないが、俺とリナの関係は、狐祭りの前から全く変わってない。
俺が今までの関係が変わることを拒んだから……。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
新幹線は新横浜に到着し、東京まで後20分弱で着く。
しかし……
「なぁリナ、もうすぐ東京だし、そろそろ仲直りしよう? お願いだから」
「つーん」
リナは俺から顔を背け、口を尖らせる。
変わらず、ご機嫌斜めのままだ。
「昨日はすみませんでした。でも理由はちゃんと説明しただろ、これは仕方ないことで……」
「ふーん、兄ちゃんは仕方ないってだけで明神様での誓いを、一日も経たないうちに反故にするのか」
「反故じゃない、一次保留と言うか」
「その誠意の欠片もない言い草が、乙女のハートを傷つけるのだ! わかってる?」
「ホントすみませんでした」
「明後日には、はっきりするんだよね?」
「もちろんです」
「まさかとは思うけど、気が変わりましたとかないよね?」
「ありません」
「では特別、待っててあげよう」
「ははぁ、ありがたき幸せ」
リナが駅ホームの売店で買った、さきいかを小さな口いっぱいで、もきゅもきゅさせながら言う。
……今日は一日中、こんな感じ。
終始機嫌が悪く、数時間ごとに小爆発を繰り返す。その度に俺は平謝り。
俺が悪いから何も言えないけど……
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
昨晩、祭りから高山家に戻った俺とリナは部屋で二人きりになった瞬間に俺はすぐに土下座した。
「すみません高山さん! いや、リナさん、お付き合いする件ですが、7月31日まで待っていただけないでしょうか」
「え? な、何言っているのかな? 冗談だとしても笑えないよ」
「冗談じゃなくて、東京に残してきた皆さんに何も言わず、勝手に話を進めるのはさすがにマズいかと」
「俺はリナと付き合うことにしたから、悪いけどさくら、楓、宮姫、前園、付き合えないってバシッと言ってよ……ところで、残してきた皆さんって、この4人であってる?」
「はい、正解です」
「他は?」
「いません!」
「バイト先にかわいい子いたよね? あの子とは?」
「何もないです」
(……あの子って葵ちゃんのことだよな? 加恋さんとは思えんし)
「でも狐姫の嫁取りって神前で、この人を一生愛しますって誓う儀式なんだよ。緒方君はわたしを選んだ。その意味、わかってる?」
「はい、子供のころから、ばあちゃんに散々聞かされたので」
「わかっているなら、神事を一日も経たないうちにひっくり返すなーー!」
「それは本当に申し訳ない」
「……7月31日って兄ちゃんの誕生日だね」
「そう、だから丁度いいかと思って」
「……はぁ、仕方ないなぁ、じゃあそれまで我慢するから代わりを頂戴」
「え? 何?」
「キス……してもらったことない、一度も」
そう告げると、リナは真っ赤になった。
俺とリナは、一度だけキスをしたことがある。
先日、前園が泊まりに来た時に……
でも、あれはリナが俺に罰ゲームみたいなもので、
これは罰ゲームでもなく……
「それくらいサービスしてよ」
「わ……わかったよ」
「じゃ、じゃあ……よろしく」
「お、おぅ」
リナが目を閉じる。
俺はごくりと唾を飲み、ゆっくりキスをしようとした。
……が、ここで突然、部屋に入って来たリナのおじさんが「カスミ君、久しぶりにレトロゲーやろうよ!」と見事なタイミングで邪魔してくれたため、俺はキスをしないで済んだ。
完全にタイミングを狂わされたリナは、そのまま拗ねたままふて寝してしまい、俺はおじさんのゲームに午前3時過ぎまで付き合わされた。
……そして、今に至る。
高山家だろうが、東京の俺の家だろうが、リナと一緒にいるのは変わらないが、高山家の方が大人の目が多く安全だった。
東京にいる時の方が危ないかもしれない。親父は相変わらず、ほとんど部屋から出てこないし。
新幹線は品川駅を超えると、あっという間に東京駅に着いた。
荷物棚に手を伸ばし、俺とリナの荷物とお土産をゆっくり下ろす。
――その時、ふと車窓から外を見た。
「あれ……楓?」
珍しく黒のサングラスをかけているが見慣れた黒髪ロングの少女がそこにはいた。
よくよく見ると、同じようにサングラスを付けた宮姫、前園、そして……さくらと、真夏なのに関わらず黒服に身を包む、ガタイと姿勢の良い赤城家使用人の皆さんがそこにはいた。
(やばっ……なんか知らないけど包囲されてる!?)
言うまでもなく狙いは俺とリナだろう。
退路は完全に断たれているように見える。
どうやら俺は、ちゃんと東京という現実に戻って来たようだ。
さてさて、どうするの俺?
いきなり大ピンチでは!?
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