第235羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#19 終焉の花火)
清らかな池の前に立つ二人の狐嫁のうち、やや小柄で、白地に金魚柄の浴衣を纏う少女の狐面を外す。
「リナ、俺と一緒に東京に帰ろう。それと……お前のこと大切だと思っているのは、親戚だとか妹とかじゃなくてだ、えーと、その……」
「ん? なに? 緒方君?」
「……だからだな」
「ハッキリ言ってくれないとわからないんだけど」
……わかっている。
でも、どうにも言いづらいことがある。
俺はカッコ良いことをスラスラ言えるタイプじゃない。
元々が陰キャモブだし。
「……一人の女の子としてだから」
「へっ? へ~ そ、そうなんだ、なら具体的にわたしのどの辺がいいのか教えて」
「そ、それはだな、えーと」
「何でまた詰まる? ハッキリ言ってよ、早く」
リナは一歩も引かず、狐面の下から俺を見据えている。
歯切れの悪い俺が良くない。
だが、いつになくリナの攻めがきつい。
いや、いつも通りか。
高山莉菜は相手が望月楓だろうが、赤城さくらだろうが、関係なく牙を向き、白黒つけようとするガチな体育会系女子、このくらいは当たり前なのだ。
「リナの……」
「ん? わたしの?」
「……って、やっぱそんなこと言えるかぁーー!」
「何でだよ? もしかして言えないようなところか!?」
「なわけあるかぁ!」
「じゃあ言ってよ、てか早く言えよ、こんニャロー!」
「すません、ホント、マジ恥ずいので勘弁してください!」
「こんのぉ~ ヘタレがぁ!」
「リナ、その辺にして許してあげなよ、カスミが困ってるし、あと、そういうことは、ふたりの時にやって」
「う? うぅぅっ」
『ふたりの時にやって』というセナの一言で、急に恥ずかしくなったのか、リナがうめき声をあげる。
「ごめんセナ」
「……ううん、いいよ。でも、ちょっとだけ……残念だったかな」
セナは俺にそう告げると自ら、白い狐面を外す。これは狐姫の嫁取りを取りやめたことを意味する。
栗色の髪の少女は、憂いを帯びた表情を俺とリナを向ける。
かつての同級生で、この二日間、俺を魅了し続けた、とても大切な女の子。
だけど俺は、セナを選ぶことができなかった。
ごめん……。
「それよりリナの返事は? まだお守りを渡してないでしょ」
「あ、そうだった! えーと、じゃあ緒方君、これを……ってあっ!?」
リナは袖口からお守りを出そうとしたが、慌てたことで手が滑ったらしく、地面に落としてしまった。
「わーわーわー! 汚れが付いちゃう、ど、ど、どうしょう!?」
「大丈夫だから、落ち着け」
「うん……」
涙目のまま、しょんぼりしたリナがお守りを拾い、ゆっくりと立ち上がる。そして、俺に向けて頭を下げたまま、両手で藍色の小さなお守りを差し出す。
「兄ちゃん、そ、その……どうか受け取ってください! お願いします」
「お前、兄ちゃんって……」
「あっ、しまったのだ! 緒方君!」
「まぁ、どっちでもいいけどさ……」
リナのお守りを受け取る。
緒方霞はリナの出来の悪い兄で、同じ学園の同級生だ。
でも、これからは……。
「ありがとうリナ、大事にするよ」
「うん」
頭を上げたリナが、満面の笑みを浮かべた。
――その時だった。
ヒュー……ボン、と夜空に響く音と共に、祭りの終わりを告げる花火大会が始まった。
空には、赤や青の花火が次々と広がり彩っていく。
俺たちは誰もいないイネの斎庭で、それぞれの想いを秘めたまま、夜空に咲く花を眺めていた……。
☆ ★ ☽ ☆ ★ ☾
イネの斎庭の外では、金髪ギャル巫女様が微笑を浮かべて待っていた。
その姿は、どこか神聖で、どこかふざけているようで、でもやっぱり我らのマリン先輩だった。
「おかえりんこ~! てかマジおつかれさま~!」
「ただいまマリン先輩、てか本当に待ってたんだ、俺たちをおいて社務所に戻っても良かったのに」
「ここ神域だし~、勝手に帰るとかナシじゃん? ウチぃ、言ったことはガチ守るタイプのギャルなんで~!」
「そうか、ギャルってなんかカッコいいな」
「そゆこと~! ギャルってぇ、マジ最強かわカッコよくない? 自分で言うけど~!」
……うん、やっぱりおかしい。
以前の鈴木真凛は、向井瀬夏と並び物静かな女子の代表格だったはず……。
「てかさ~ 待ってる間に、蚊にガチ刺されたっぽくてぇ~ 超かゆいんだけど~! カスミっち、ちょい見てくれん?」
「え? どこ?」
「ここ、ここ」
「どこだよ? 暗くてよくわからん」
「あぁもう、じゃあ、これでどう?」
マリンは巫女服の襟元をめくって、首筋を見せてきた。
「どれどれ……確かに赤く腫れているような……んん!?」
目線を少し落とすと、白い肌に紫レースのブラと、大変けしからん谷間が?! ……これは見てはあかんやつだろ? しかも、暑さのせいで、やや汗ばんでいるのが艶っぽさを助長している。
「ちょ、ちょっと緒方君!? なんで他の女のパイパイを覗いて、鼻の下を伸ばしてるの? あと、この公然わいせつ巫女がぁ、わたしの緒方君に、変なものを見せるんじゃねぇ! きしゃ~!」
リナが俺とマリンの間に割って入ると、猫みたいな声で威嚇した。
「え~ マジちょっと見てもらっただけじゃん? てかカスミっちが、リナのカレシってことで~? ごめんて~!」
マリンは慌てる様子もなく、巫女服を整えると、何事もなかったように微笑む。
「二度とそういうことはしないでほしいのだ!」
「りょりょ~! でもぉ~ 付き合いたてで束縛強めだと、カスミっち引いちゃうかもよ~?」
「お、緒方君はそんな柔な男じゃないのだ! ……だよね?」
リナが俺に同意を求めてくる。 俺は、なんとなくうなずいた。
そうなのかは、自分ではよくわからない。
「ならいいけどぉ、とりま、ふたりともおめでとう」
「お、おぅ」
「ありがとうなのだ」
「あとは……ううん、なんでもな~いってことでぇ~!」
マリンはセナに一瞬だけ視線を送り、何か言いかけたが、すぐに止めた。
その沈黙が、何を意味するかを言葉にしなくても何となくわかった。
「よしっ、ウチは祭りの片付けモード入るから社務所に戻るわ~! カスミっちはリナとセナを送ってあげて~! じゃあ、ばいちゃ~ん♡」
「あ、うん……マリン、ありがとな。ほんとに」
「いいってことよ~ てかカスミっち、アフターいけるっしょ? よろ~!」
「だから緒方君はダメだから、きしゃ~!」
「ひぇ~! リナちゃんガチこわ~! きゃ~ん!」
リナに威嚇されたマリンは、やる気のない悲鳴をあげると、片手を振りながら去っていく。その背中は、頼もしいようで、やはりどこかふざけているように見えた。
「マリン、いっちゃったね……」
「そうだな」
「ところで、先輩はいつからあんなキャラになった?」
「何を言ってるのだ兄ちゃん? マリンは昔からあのままなのだ」
「そうだよ、カスミは忘れちゃったの?」
「……そうだっけ?」
鈴木真凛は昔からギャルぽかった?
いやいや、そんなはずは……でも、二人にそう言われると、自信がなくなってくる。
マリン先輩、あなたは……いや、やっぱりわからない。
こうして、恐らく一生忘れないだろう今年の狐祭りは、最後までフルスロットルのまま、終わりを告げた。
夜道を歩く俺たちを、欠けた月と灯籠や提灯の優しな光が照らす。
まるで、今は見えない明日へ導くように……。
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