第234羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#18 向井瀬夏)
※本話はセナ視点となります。
緒方霞とは小学校に入学した年に出会った。
初めて会った時から、他の男子と少し違って見えた。
東京の子だから、村しか知らないわたし達と違うのは当然かもしれない。
男子としては華奢で、穏やかな性格。
活発な幼馴染の岡崎竜二とは、真逆だった。
竜二もそんなカスミのことを気に入り、いつも連れ回していた。
……竜二が羨ましいと思った。
カスミのお父さんが海外で働くことになり、一緒には行けないため村はずれにある親戚の高山家に預けられたらしい。
高山家には、わたしや竜二と同じ年の女の子がおり、村の保育園で一緒だった。
女の子は体調不良の日が多く、ほとんど保育園に通えなかった。
カスミは彼女、高山莉菜のお兄さん代わりとして、いつもそばにいた。
……いつも、いつも。
病気がちだったリナも徐々に体調が安定し、小三の頃には普通に運動ができるようになった。
リナは、カスミを追いかけるように、竜二とカスミが通うサッカークラブに入った。
あの子にできるのならわたしも……と思い、クラブに体験入部させてもらったけど、とてもじゃないけど、ついていけなかった。
わたしだけ、遠くから三人を見ているしかなかった。
カスミとリナのサッカーの実力は、ずば抜けていたらしく、小6の時、チームは県予選を勝ち上がり、そのまま全国大会に進んだ。竜二は、サッカーでふたりにかなわないと思ったらしく、中学からは野球一本に絞った。
学年が上がるにつれて、わたしたちは次第に四人でいることが多くなっていった。
リナがカスミに話しかける。
竜二がカスミに話しかける。
三人が嬉しそうに笑う、わたしも遅れて愛想笑いを浮かべる。
わたしもカスミと話がしたい。
でも、上手く出来ない。
わたしは竜二の幼馴染で、リナの友達でしかなく、ふたりよりカスミから遠い。
こんなのは嫌だけど、上手くできない。
何もできないまま時間だけが過ぎていく。
そして、カスミが村に住んで六度目の冬に、東京に戻ることが決まった。
リナはしばらくの間、憔悴しきっていた。竜二もいつも通りに見えたけど、どこか元気がない。
わたしも、事態を呑み込めずにいた。
カスミが東京に戻ったら、もう二度と会えないかもしれない。
いや、リナに会うため、年に一度くらいは村に戻ってくるかもしれないが、今までの様に会えるかどうかもわからない。
何も伝えられないままでは、わたしは彼の心の余白になることができない。
……そんなのは嫌だ。
このまま消えてしまうのは怖い。
だからリナに無理をお願いして、東京に戻る前に一日だけカスミを借りることにした。
その日は、とても寒い冬の一日だった。
カスミは約束の時間に待ち合わせの公園に来たのが、わたしだけしかいないことに最初は驚いていた。
恐らく竜二も来るものだと思っていたのだろう。 だから「今日はわたしだけだよ」って勇気を出して伝えた。
(……がっかりだよね?)
(ごめんね、カスミ)
心の中でそう謝罪した。
でもカスミはそんなの関係ないと言わんばかりに「じゃあ行こうぜ、セナ」と屈託なく笑う。
その笑顔だけで、胸は高鳴り、今さっきまで感じていた寒さも吹き飛んだ。
わたしたちは、村はずれにある明神様こと、笠里稲荷神社にお参りした。
明神様には、豊穣の神イネと家内安全の神ホムラが祀られており、昔から、恋愛祈願する際は、必ずホムラにお願いしないといけないと言われていた。
イネにお願いすると嫉妬されて、願いが叶わないらしい。
御伽噺では、イネの恋は実らなかったから……。
(いつかわたしの想いが届きますように)
……そう願い、イネに向かい手を合わせた後、ふたりでおみくじを引く。
すると、ふたり揃って凶が出た。
わたしたちは、運がないらしい。
でも、一緒に苦労を乗り越えられるかもしれない。
そう思うと少しだけ気持ちが軽くなった。
災厄から逃れるため、ふたりで社務所でお守りを買った。
あの時、買ったお守りは今も手元にある。
帰りにカスミに一つだけお願いをした。
誰にも言わないから、元カレになって欲しいと、またわたしをカスミの元カノにしてほしいと。
もちろん、わたしとカスミはこれまで付き合ったことはない。
適当な理由を付けたら、元カレになってもらうことを何とか了承してもらえた。
こうして、向井瀬夏は緒方霞の名目上の元カノになった。
互いに本当の彼氏彼女ができたら、この元カレ元カノ関係は自然消滅することにした。
彼氏を作る気がなかったから、いつまでもカスミの元カレでいれるはずだった。
東京に戻るカスミは分からないが、わたしは元カノとして、しばらくの間は、彼の心に住み続けることができると、そう思った。
歳の離れた姉に借りた少女漫画の内容で、そのまま真似をしただけだった。読んだ時は都合の良過ぎる話だと思った。でもわたしには必要だった。
……少しでもいいから、カスミをわたしに縛り付けたかった。
ところが中一の夏、わたしは岡崎竜二の彼女になり、わずか半年で、カスミの元カノではなくなった。
竜二とは家が隣同士で、幼馴染だった。
気心は知れているし、竜二は昔から何かと気を使ってくれた。
だから告白された時も、断る理由はなかった。
竜二となら何事も上手くいく。
今は幼馴染以上の感情がなくても、自然に好きになるだろう。
そう思った……。
付き合う前と変わらず、竜二はわたしに無理をさせることなく大切にしてくれた。
手を繋ぐのも、初めてのキスも、わたしのペースに合わせてくれた。
この先も全てが上手くいくはずだった。
だけど、わたしは思い知ることになる。
去年の夏、カスミは二年ぶりに、村に帰省した。
わたしたちは小学校時代の同級生が集まり、公民館の一室を借り、同窓会を行った。
久しぶりのカスミは、背が伸びて、知っている彼より少し大人になっていた。
でも優しい視線と雰囲気は昔と変わらない。
ダメなのはわかっているのに、どうしてもカスミから目を離すことができない。
目の前に今付き合っている彼氏がいるのに……。
同窓会帰りに、竜二に初めて強引なキスをされた。
後にも先にも竜二が、わたしに怒ったのはこの一度だけだ。
でも次の日には優しい彼氏に戻っており、「昨日はごめん」と謝ってくれた。
悪いのは全部、わたしなのに。
ごめん竜二。
それでも、わたしは……。
その後、わたしと竜二はギクシャクするようなことはなかった。
だけど、高校進学を機に竜二と別れることになった。
名目は互いに別の学校に進学し、会えなくなるから一度距離をおくというものだ。
竜二の申し出に、素直に応じた。
わたしには、何も言う資格はない。
何も……。
親に無理を言って、OY市のアパートで一人暮らしを始めた。
新しくできた友達とは上手くやっているし、学校にも不満はない。
でも、わたしの心はどこか空虚になった。
16歳の誕生日だった昨日も、変わらず空っぽだった。
――神様はたまに意地悪だ。
いるはずのない人が、突然現れたと思ったら、わたしが抱えていた問題を、あっという間に解決し、連れ出してくれた。
空っぽの心に、温かいものが満たされていく。
このまま手を離さないで、どこまでも良いから、わたしを連れて行って。
お願い……。
わたしはカスミのことが好きだ。
初めて会った日からずっと。
今も変わらないし、明日も変わるとは思えない。
それなのに、カスミはリナの狐面を外した。
わたしではなく……。
――神様は本当に意地悪だ。
たった一つの願いすら届けてくれないのだから。
カスミの狐嫁に選ばれなかった。
もう勝負はついたのに、わたしはまだ狐面を外してもらうのを待っている。
ずっとずっと……
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