第233羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#17 月下の狐姫)
――7月28日土曜日午後8時12分。
マリンからのRIMEメッセージに従った俺たちは、再び明神様の社務所を訪れた。
祭りの間、お守りや破魔矢など売り続けてた我らがギャル巫女様も一段落ついたのか、今はもうないメーカーのレトロな扇風機の前で前髪をかき上げながら、手鏡を覗き込み、自慢のギャルメイクに乱れがないかチェックしている。
「おつかれ~」
「おっつ〜! ……あ、ちゃうね、よくぞ参られた〜! 悩める子羊ちゃんズ♡」
「あのマリンパイセン……ここは神社だよね?」
「そだよ、何か問題?」
「悩める子羊とか、神社で使う言葉じゃないだろうが」
「カスミっち、そーゆー細かいとこ気にしてるとギャルにモテんよ?……てか、もうモテてんのか、ふぅ〜」
「何だよ、その大きな溜息は?」
「べつに〜 でも~ 大罪ってヤツ? 罪深すぎてウケるんですけど〜! ねぇお天道様ぁ〜! インドラの矢で、たらしなカスミっちをズッキューン☆!ってやっちゃってくださ〜い♡」
「だから神社で大罪とかインドラの矢とかありなの? 色々とおかしくない?」
「神社ってさ、スパダリと同じで心が広くてぇ、リスペしてるから、全然アリなんよ〜」
「ならいいけどさ ……じゃあパイセン、早速で悪いけど例の件、良い場所とやらを教えてくれるか」
「そうだったね、リナもセナもおっつ〜! 時間もちょうどイイ感じだし、ウチちょっと行ってくるねん、じゃあ巫女ちゃんズのみんなはお留守番よろ~ それじゃあレッツ・ゴ〜☆」
マリンの他に数人の巫女さんバイト(巫女ちゃんズ?)がいた。全員、マリンより年上に見えたが、仕切っているのは、どういうわけかマリンのようだった。
社務所を後にした俺たちは、本堂裏手を目指す。
人は徐々に少なくなり、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板と、鍵付きの高い柵の向こうには、祭りの喧騒もほとんど届かず、鈴虫の声を除けばひっそりとしていた。
「ねぇマリン、ここ大丈夫だよね?」
あまりの静かさにセナが心配そうな声を上げる。
「もち大丈夫! ウチに任せとけ!」
そうは言うものの、急に静かなところに来たせいか、どうにも不安を感じる。
とは言え、今更引き返す選択肢はなさそうだ。俺、リナ、セナの三人は、フリーダムなギャル巫女とさらに奥に進む。
「ここは……」
「イネの斎庭。家内安全の神ホムラとお侍が結ばれるのを見届けて、天に帰った豊穣の神イネが、再びこの地に降りることを願い創られた神域なんよ〜」
「明神様には、子供のころから何度も来ているけど、こんなところがあるのは知らなかったな」
「だろうね、ここは普段、一般公開してないから」
「俺らが入っていいの?」
「もち、ウチが連れてきたんだから、良いに決まってるじゃん」
「でもマリンはバイトなんだろ? 勝手なことして大丈夫か?」
「ウチのじーちゃん、ここのガチ神主だから〜、あとで言っとく〜!」
「なるほど、そうだったのか」
「うん、ここの巫女バイトはね〜、ズブズブのコネ採用ってやつ♡」
「……普通、自分でそれを言うか!?」
「だってガチ事実だし〜? それよりさ、三人とも覚悟できてる? ウチ的には、焦って答え出す必要ないと思うんよ〜」
「マリンの云う通りかも……でもね、わたしはハッキリさせたいの。曖昧なままにしてても良いことは何もなかったし、人を傷つけてしまったから」
セナが傷つけたといっているのは竜二のことか。ただ、それを確認することはできない。
「わたしも答えを出したい、残り時間はあまりないかもしれないから」
リナも続く。
その物言いに、どこか不吉なものを感じたが、俺はその時、聞き飛ばしてしまった。
「カスミっちは?」
「俺も……今思っていることをちゃんと伝えたい」
「……りょ。三人とも変なこと言ってマジごめ〜! ウチ、さっき言えることはないとか言ってたくせに、急に語り出すとかカッコつかんよね〜、マジウケる〜」
「……マリンは俺らのこと心配してくれてるんだろ?」
「さてさて〜、どうだかね〜 奥に進むとさ、2体の白い狐像と湧き水のちっちゃい池があるんよ。でね、この池って、今は禁足地になってる真言の滝と同じ水源で、めっちゃ神聖なの。裏鳥居以外で狐姫の嫁取りをするなら、ここ以上にヤバい場所ないって感じ〜!」
「……なるほど、ありがとうマリン先輩、有難く使わせてもらうよ」
「ほいさ〜☆ みんな、じゃあガンバってきて〜! ウチはここで見守っとくね〜♡ ……この地に生を育む産土の子等に幸あらんことを」
暗がりの中で柔らかな微笑みを浮かべるギャル巫女はどこか神秘的で、本物の巫女としか思えないほど、厳かで神聖な存在に見えた。
☆ ★ ☽ ☆ ★ ☾
西の空に、細く欠けた月が浮かぶ。
絶え間なく湧き水が染み出る清らかな池の水面には、もう一つの月が朧気に浮かび上がる。
二つの月は、まるで天と地で離れ離れになった双子の狐神のようだ。
御伽噺では、狐姫の姿をしたイネとホムラは、同じ狐面と着物を纏い、寸分違わぬ姿をしていたため、お侍は想い人であるホムラを慎重に選ばなければならなかった。
だが今、俺の目の前にいるふたりの狐姫は、狐面も、身に纏う浴衣も背丈も違う。
たとえ素顔が見えなくても、俺がふたりを見誤ることは絶対にない。
絶対に……。
ふたりの前に立った俺は、深呼吸して息を整えた後、一歩前に進み、ゆっくりと白き狐面に右手を伸ばし、上へずらすようにそっと外す。
数時間ぶりに見るその顔に、懐かしさと愛おしさを感じる。
あの日から俺はずっと、彼女のことを想ってきた。
ずっとずっと……。
素顔を晒した狐姫は嬉しそうに笑顔を浮かべると、やがて雫が頬を伝う。
俺は、ただ静かに見守る。
清らかな池に浮かぶ欠けた月と共に……。
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