第232羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#16 いずれ大人になるボクらへ)
――7月28日土曜日午後7時43分。
明神様の参拝を終えた俺達は社外の出店を回り、祭りを楽しんでいた。
残念ながら、たこ焼きもお好み焼きも、無難なものしかなかった。でもこういう場所で食べると何倍も美味しく感じる。
他にも冷えたラムネや、シロップが沢山かかったかき氷。やっぱり夏祭りは良いとつくづく思う。
問題なのは割と値段が高めで、小遣いがあっという間に減っていくのが難点だけど、今を楽しめればそれでいい。
そして今俺達は射的ゲームをやっている。
――だが、ここで思わぬ事態が発生した。
「……マジハンパないな、高山さん」
「うむ、ほぼ100発100中なのだ、緒方君」
お菓子、小さなぬいぐるみ、玩具。
セナが銃口を向け、コルク弾を放つと次々とそれらは落とされて行く。外したのは最初の一発だけ。
俺とリナは感嘆することしかできない。
射的では、取りやすい景品と取りにくい景品がある。当然、ゲームソフトなどの高額なものは難易度が高い。
セナは難易度が高いものは避け、取りやすいものだけを狙っている。とは言え狙ったものをノーミスで落とすのはすごい。
なお、俺とリナも一緒にやっていたが、二人がかりでチョコクッキーのお菓子を一つとれただけだ。
「おい、そこの嬢ちゃん、少しは手加減してくれよ」
あまりの無双っぷりに、ねじり鉢巻きをした、眉毛の太い射的屋のおっちゃんから泣きが入る。
だが、眼光鋭い我らがスナイパーは、手を抜くつもりがないようだ。
「すみません、あと一発で終わりなんで。最後にあのゲームソフトを落とします」
「ふっ、嬢ちゃんでもヤツは無理だと思うぜ、仕入れてから三年、一度だって動じたことがねぇ、ウチの主だ」
「三年って……おっちゃん、あのゲームもちゃんと落ちるようになっているんだよな?」
「あたぼーよ、こちとらこの道三十年のプロだ、お天道様と明神様に誓い、イカさまはしねぇ」
「らしいぞセナ、主は手強いらしい、他のを狙ったら?」
「ううん、あれを落として、カスミにプレゼントするよ」
セナは狐面を付けたまま、コルクの付いたライフルを構える。
俺とリナは、固唾をのんで見守る。
刹那の後、ポーンと言う乾いた音と共に、放たれたコルクは楕円軌道を描き、ゲームソフトに向かう。
――最初は、大きく外れたように見えた。
しかし、ゲームソフトのパッケージの右下に当たると、わずかに動き、しばらくするとコロンと倒れた。
「なっ? ……そ、そんなまさか!?」
おっちゃんが絶句し、真っ白な顔になった。
「ふむ、さすがは村最強のスナイパーセナ、げに恐るべし」
「おい、おっちゃん、ゲームソフト落ちたけど」
「わ、わかってるよ、よし、嬢ちゃん持ってけドロボー! くぅうううう」
「はい、ありがとうございます」
悔しさを隠せないおっちゃんが、ゲームソフトを泣く泣く差し出し、セナが受け取ると、俺達はそのまま射的屋を後にした。
「あんな特技があるなんて知らなかった」
多数の戦利品が入ったビニール袋を抱えたセナに話しかける。
「わたしもこんなに取れると思わなかったよ、こういうのやるのは、カスミや竜二で、わたしとリナはいつも応援係だったし」
「むしろ、俺と竜二が応援係で、セナに任せた方が良かったんじゃない?」
「ふふっ、そうかもね、勇気を出してやってみると、良いこともあるんだね」
「ふむ、セナはよくやったのだ。しか~し緒方君、ほぼ収穫ゼロのチミは、何とも頼りないのう、そんなんじゃあ~良いハンターにも、スナイパーにもなれないし、美味しいお肉も焼けないぜ、海より深く反省すべし」
ピンク色の水風船ヨーヨーをポンポンしながら、リナが生意気な事を言う。
「お前だって俺と変わらないヘタクソだっただろ」
「むっ、わたしはチミに花を持たせてあげようとしただけなのだ、リナたんが本気を出せば、あの程度のこと造作もない」
「はいはい」
「むむむ……何、そのバカにした感じ? 兄ちゃんの癖に生意気な」
「じゃあカスミ、このゲームソフトあげるね」
「本当に良いのか?」
「うん、わたしゲーム機を持ってないし、あと、昨日の誕生日プレゼントのお返し」
「ありがとう、それじゃ遠慮なくもらうよ」
「うん」
ゲームソフトは三年くらい前のものだから発売時よりは価値が下がっている。それでも俺が昨日あげた安物のヘアピンでは値段が釣り合わない。
「あっ、昨日セナの誕生日だったね、もう16かぁ、おめでとう」
「ありがとう、リナは半年後だね」
「ふっ、わたしは永遠の15歳、いつまでもプリチーなまま変わらないのだ」
「つまり全く成長しないってことだな」
「ちゃうわ、兄やん! 色々成長してますぅ、出るところ出てるしぃ~ ひっこんでるところは、ひっこんでるしぃ~」
「お前、自分で言ったことを、秒で否定するなよ」
リナは変わらず、狐面をつけているが、その下の不貞腐れた表情が目に浮かび、思わず笑いそうになった。
「でも、わたしたちは少しずつ変わっていくんだろうね」
「そうだな……」
セナがポツリという、その言葉に同意するしかない。俺達を取り巻く環境は、日々確実に変わっていく。
一抹の寂しさを残して……。
今この場には、岡崎竜二がいない。
向井瀬夏の元カレで、俺のかつての親友。
リナを含む俺達四人は、小学校六年間クラスメイトで、いつも一緒だった。大阪に越境留学している竜二には、またどこかで必ず会うだろう。だけど次に会う時は、俺達の関係も、今とまた変わっているに違いない。
「あ、さっきの狐のお姉ちゃんだ!」
5、6歳くらいの男の子が、リナに近づいてきて楽しそうに話をしている。少し遅れて、まだ若い男の子の両親が来て、俺とセナに頭を下げる。
少し前、お化け屋敷の出口付近で、迷子になっていた男の子をリナが見つけ、俺達は男の子の両親を探した。
幸いなことにすぐに見つかったが、驚いたことに、いつも無邪気なウチの義妹もどきが、しっかりお姉さんをして、男の子を終始励ましていた。
男の子と楽しそうに話をしているリナを俺とセナは、少し離れたところから見守る。
「あの子は将来きっと素敵なお母さんになるよ、優しいだけじゃなくて、とてもしっかりしているから」
……そうかもしれない。
四月からまた一緒に暮らすようになってからも、リナは以前と変らず妹でいてくれる。
恐らく俺がそう望んでいることを知っているから。
……だけど。
その時だった。
――ピンポーン!
スマホからRIMEのメッセージ着信音が響く。
ポケットからスマホを出し、確認するとメッセージ送信者は、ギャル巫女ことマリンからだった。
『カスミっちへ
狐姫の嫁取りだけど、裏鳥居マジ混むからさ〜
ウチが代わりにイイ場所教えるね✌
てか、悪いけど8:15くらいになったら
もう一回社務所きてほし〜にゃ♡
マジで重要だから、忘れんなよ〜!
あとアフターよろ~!
by マリン先輩』
裏鳥居は狐姫の嫁取りのおとぎ話にも出てくる重要スポットなので、マリンの云う通り、混むのは間違いないだろう。
また、どこに知り合いがいるかわからないから、できるだけ人がいないところの方が望ましい。
断る理由はない。
良い場所を紹介してくれるのは助かる。
だから俺たちはマリンの申し出を素直に受け取ることにした。
空はすっかり暗くなり、境内の灯りが、うっすらと浮かび上がる。
蝉の鳴き声は今はもう聞こえない……狐の刻はもうすぐだ。
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