第231羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#15 笑わないギャル巫女)
――7月28日土曜日午後6時51分。
裏手の能楽堂から時折響く、笛と太鼓の音を聞きながら両目を薄く開き、両隣をそれぞれ確認する。
大きな賽銭箱と鈴緒の前で本殿に向かい両指を揃え、瞳を閉じたまま、一心に神様に願いを捧げるふたりは真剣そのもの。
その姿を見て思わずごくりと息を呑む。何を願っているのかなんて野暮なことは聞けない。
そして俺が、神様に何を願ったかもふたりには言えない。俺の願いは、ふたりと違い、自分本位で、酷く歪んだもの。
実現させるために、これまでありとあらゆる手を尽くしてきた。それでもこのままでは届かないかもしれない。
もし神様が本当にいるなら、俺の傲慢さに呆れていることだろう。
それでも諦めきれない。
だから神様、どうかお願いします。
俺はどうなっても構わない。
どうにかして皆を……。
「ん? 兄ちゃんどうかした?」
「カスミ?」
どうやら難しい顔をしていたらしく、ふたりは狐面のままキョトンとした様子で声をかけてきた。
「あ、ごめん」
「この後、美味しいたこ焼きをゲットできるようにお願いしてたのか? もう食いしん坊なんだから」
……ウチの義妹もどきがおバカの子で良かった。
「違うわ! 確かに外はカリカリ、中はジューシーのたこ焼きは有りそうで中々出会えないけど、そうじゃなくって、バイト休んだから、次の出勤日に怒られませんようにって」
とっさについた嘘としては、満点ではないが、まぁまぁと言ったところだろう。
「わたしのせい、すまない緒方君……」
「いや、俺が勝手に追いかけて来ただけだから」
「カスミは何のバイトをしているの?」
「言ってなかったっけ? カフェレストランの接客とたまにキッチン」
「そうなんだ、人前で話すのあまり得意じゃなさそうだから意外かも」
「セナ、むしろ逆なのだ、前に見に行ったら看板娘として大きな声で笑顔を振りまいていたのだ」
「看板娘?」
「看板娘みたいに声を張り上げているってだけだから」
まさか女装して女形カスミンとして働いているなんてセナには言えない。
「一度見てみたいな、遠いから簡単には行けないけど」
「勘弁して、セナも身内に働いているところを見られるのは嫌だろ」
「み、身内? わたしとカスミが?」
「はぁ……緒方君は、無意識の失言で誤解を生み、SNSを炎上させるタイプだよね、気を付けた方がいいよ」
「え? マジで?」
カスミンとしてのアイドル活動宣伝アカ以外は、アニメ情報参照系アカくらいしかSNSアカウントを持っていない。だが、ネット上の炎上はどこで始まるかわからないから怖い。気を付けるようにしよう。
「ところでリナはカスミのこと、緒方君って呼ぶんだね」
「うん、学校で、緒方君のことを兄ちゃんって呼ぶと周りがギョッとするのだ、だから同級生として普通の距離感を出さないといけないから」
「色々大変なんだね」
「そうでもないよ……普通の同級生のふりをするのも、結構楽しいしね」
「いいなぁ、ふたりは同じ学校で」
「セナも転校してくれば? でも白花の試験は半端なく難しいぜ」
「わたしが入れるかな?」
「まぁセナの努力次第だね」
セナに向かい、リナがふんすとふんぞり返る。
いつもテストで赤点をギリギリ回避しているヤツが、セナにドヤったところで説得力がない。
「リナに兄ちゃんって呼ばれる度に、学園のヤローどもからは殺意を感じる、とほほ」
「そうなるよね……リナは前と変わらず今も有名人だろうし」
女子サッカー年代別日本代表の常連で、二年連続で全国得点王。去年の大会で五人をごぼう抜きして決めたドリブルシュートがSNSで大バズりして、全国でもトップクラスで有名な一般人女子高生高山莉菜。
俺からしたらかわいい妹で、ついでにどこにでもいる普通の女の子だけど。
「やっぱりリナは凄いね……」
「だな、でもセナにはセナの良いところが沢山あるよ」
「そうかな、でもありがとう」
「はーい、ふたりで良い雰囲気になるの止めてください。と言うかわたしの目の前で平然と親友を口説くゲスヤローを断じて許すまじ」
「リナ、これは違うから、あと狐面のまま、許すまじとか言われると祟りとかありそうで、怖いからヤメテ!」
「神様、愚かな緒方君にどうか神罰を……ぶつぶつぶつ」
「イヤー! リナちゃんヤメテー!」
「カスミもリナもそのくらいにして……そろそろお守りを買いに行こうよ」
「おっ、そうだったな」
社務所には、お守りやお札など求める人で大きな列ができていた。
少し変わったところでは、御祭神である豊穣の神イネと家内安全の神ホムラをキャラクター化したグッズも売っている。
そんな中、白と赤を基調にした神聖な雰囲気の巫女服に身を包み、けだるい雰囲気を醸し出す、見覚えのあるギャル巫女は、周りの喧騒とは無関係と言わんばかりにゆるゆるマイペースな応対をしていた。
「お~カスミっち、ひさ~。てかさ、帰ってきたなら一言くらいRIMEくれてもよくない?」
「悪い鈴木、村に帰ったの今朝だし、バタバタしてたから」
「ウチのことはマリンって呼んでって言ったじゃん。忘れてんの?」
「いや、元クラスメイトとは言え、名前で呼ぶのはおこがましいかと」
「セナとかリナは名前で呼んでるのに、ウチだけ苗字? それちょいズルくない?」
「それはそうかもだけど」
ギャル巫女こと、小学校時代の同級生鈴木真凛は、ちょうど一年前の夏に同窓会で会った時よりもさらにギャルギャルしていた。
金髪ロングに派手なメイク。
相反するように感じるのに、清楚な巫女服はばっちり似合っていた。
「名前で呼んでくれないなら、祭りのあとアフター付き合ってもらうから。もち、ナイショの朝までコースで♡」
「ちなみにナイショの朝までコースって何するの?」
「もう……わかってるく・せ・に♡」
「あ、はい、すみません、てかマジ勘弁してマリンさん、いやマリン先輩」
「てかカスミっち、普通にマリンでいいって。アフター断るとか、ウチ、ガチで傷つくんだけどぉ」
「い、いい加減にするのだ! このくされビッチ巫女がぁああ! 緒方君が困っているのだ!」
「そ、そうだよマリン、いくらカスミ相手でも誤解するような事を言っちゃダメだから」
リナには罵倒、セナからはお小言を言われても、鈴木ことマリン先輩は笑みを浮かべたまま動じる様子がない。さすがは令和の世で、やや希少になった現役JKギャル。メンタルの強さも面構えも違う。
「ふたりともおかえり~。セナっちとはこの前OY市で会ったし、久しぶりってほどでもないけどね。で、何買う? お守りなら交通安全から安産までフルラインナップあるよ。あとイネとホムラのねんどろ新作、マジかわいいから超押し。カスミっち、こういうの好きでしょ?」
「好きだけどねんどろ持って、祭りを回るのは大変そうだから今度にしておく」
「りょ。ネットでも買えるから、あとで見てみて~」
「わたし達は、狐嫁の嫁取りで使う身代わり守がほしいのだ」
「はーい、お買い上げありがと~。一個800円ね」
リナとセナは巾着袋からお財布を出し、代金を支払う。
無駄のない所作で紙袋に包んだマリンはお守りをそれぞれ、リナとセナに両手で丁寧に手渡す。
「中に折り紙が入ってるから、折り鶴にして入れてもいいし、願いを書いて入れてもOK。そこにサインペンあるから使ってね。……てかさ、ふたりともガチなの?」
「もちろん、わたしは本気なのだ」
「わたしも」
リナとセナは間髪入れずそう答えた。
「そっか……ならウチから言えることはないかな。ふたりとも、頑張って。カスミっちもね」
元同級生鈴木真凛の口は終始笑みを浮かべている。
でも途中から、ブルーのカラコンを入れた瞳は一切笑っていなかった。
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