第229羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#13 狐の嫁取り)
――7月28日土曜日午後3時46分。
秘密基地を出た俺とリナは、セナとそのまま別れてトボトボと高山家に向かう。
農道は夕陽に染まり、遠くの山々が淡い橙色のシルエットを描いていた。時折すれ違う村人たちは祭りの準備に忙しそうだが、俺達は終始無言のまま歩みを進める。
祭りの開始時間が近い明神様からは、太鼓や笛の音が風に乗り、辺りを包み込む。
例年通りなら神輿担ぎが午後5時くらいから始まるはずだ。
「ごめん兄ちゃん」
「リナが謝ることじゃないだろ」
「でも……」
「俺が秘密基地にセナを連れて行かなければあんなことにならなかった」
なかなかリナを見つけることができなかったにしろ、セナに頼ってはいけなかった。俺一人でリナを見つけなければいけなった。
「セナが、兄ちゃんに告白したって聞いたら、胸がキュッと絞まって頭も真っ白になった。わたしは兄ちゃんのことが好き、妹のわたしも、妹じゃないわたしもずっとずっと好きだった。だから許せなかった、何度もダメだって言ったのに告白したセナのことが……わたし、ホントずるいよね」
「ありがとう、気持ちはすごく嬉しいよ、それにリナが悪いとは思わない。でも聞いてくれ俺は……」
「待って、今答えてくれなくていい……さっき三人でそう決めたじゃん、兄ちゃんは時間まではじっくり考えて」
「狐の嫁取りのことか」
「うん」
狐の嫁取りはこの村に伝わる古い伝承だ。
昔、村に住む若いお侍が、ある日、家内安全を司る狐神ホムラに出会い恋に落ちた。どうにかホムラを嫁にしようとするが、人と神が結ばれるわけがない。
まもなく、お侍とホムラは会うこともできなくなった。
しかし、諦めきれないお侍は、真言の滝という村の聖域で呑まず食わずのまま、ホムラと再会できるように何日も何日も天に祈りを捧げた。
すると願いは届き、一度だけチャンスをもらうことになった。ホムラは双子で、同じ姿をした姉のイネがいた。
狐の刻 (※この地方では夜8時から9時くらい)に、村はずれにある神社の裏鳥居に狐面して立つふたりの狐神のうち、話すことなくホムラを見つけ出せたなら、ふたりは添い遂げることができる。
しかし、間違えて姉のイネを選んだ場合は、二度と出会うことは叶わない。
お侍は熟慮の末、何とかホムラを選び、神から人になったホムラと、末永く幸せにくらしたそうだ。
明神様で行われる今夜の祭り、狐祭りは、狐神ホムラとお侍が結ばれるのを見届け、天に戻ったとされる豊穣の狐神イネが村に帰還することを願い、行われるようになったとされる。
狐の嫁取りに習い、祭りの間、村の未婚女性は狐面を被る。
もし男性が女性の狐面を外した場合は、求婚を意味する。
女性がOKなら、祈りを込めたお守りを男性に渡す。
つまり、狐の嫁取りは、この村限定の告白イベントだ。
今夜、狐の刻に、リナとセナのどちらかの狐面を外し、どちらかに求婚しないといけない。
「まさか、わたしが狐嫁になる日が来るとは思わなかったのだ」
「というか、本当にやるんだよな……」
「もちろん、セナも兄ちゃんも了承したじゃん、あれ? ひょっとしてビビってるの?」
「……まぁな、ふたりの人生が大きく関わってくるし」
「伝承と違ってすぐに結婚してくれって話じゃないから、気楽に選べば良いよ」
こんな大切なこと気楽に選べるはずがない。
それに……
「選ばれなかった方はどうなる?」
「……わたしなら、兄ちゃんとセナの幸せをいつまでも願うよ。それこそイネと同じようにね」
ほんの少し前まで泣いたせいで、リナの瞳はまだ赤く腫れている、柔らかな笑みは今日も俺を魅了する一方で、どこか寂し気に感じる。
「ところで兄ちゃんと狐祭りに行くのは久しぶりだね」
「そうだな、小学校以来だから、三年ぶりかな」
「うん、あの頃は、わたしも兄ちゃんも、セナや竜二も笑っているだけでよかったのにね」
俺たち四人の問題はあの頃から燻っていたのだろう。だけどまだ幼くて、知らないふり、見ないふりをすることができた。
今はもう、それが許されない。
だから今夜の狐祭りで全て終わらせる。
高山家に戻り、汗まみれだったことからシャワーを浴びて着替える。
同じようにシャワーを浴びた後、鮮やかな浴衣を纏い、先祖代々、各家に伝わる狐面をつけたリナを連れて、狐祭りに向かう。
同じように狐面を付けているだろうセナとは、明神様の鳥居前で合流する予定だ。
カランコロンという音ともに下駄を鳴らすリナと再び農道を歩き明神様を目指す。
その顔は狐面に覆われているから、直接見ることはできない。
だけど、どこか緊張しているように感じた。
俺と同じように……。
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・狐神の嫁探し
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