第227羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#11 秘密基地)
「ここにもいないね」
「そうだな」
――7月28日土曜日午後14時22分。
リナ達が3月まで使っていた教室を出た後、プールや体育館なども調べたが、リナはどこにもいなかった。
校内にいた在校生にも聞いてみたが、誰も高山先輩を見ていないとのこと。
リナのスマホも変わらず、電源オフのまま……。
「真琳が今朝、明神様でリナと会ったって」
スマホを見ていたセナが、そう告げる。
「マジで?」
「でも今はもういないみたい」
「鈴木は今も明神様にいるのか?」
「うん、今晩明神様のお祭りだから、巫女のバイトをやってるって」
鈴木真琳は小学校時代の同級生で、俺が東京に去った後、リナ、セナ、竜二と村の中学で三年間を過ごした十三人の中の一人だ。
「鈴木が巫女さん? 全然イメージが湧かないけど」
「そう? 真琳は去年もやってたよ」
小学校時代の鈴木は、ごく普通の女子だったが、去年の同窓会で会った時は、すっかりギャルになっていた。
『カスミっち、お変わりなさすぎてマジでウケるっしょ!』
『ウチのこと鈴木とかマジ他人行儀すぎぃ! マリンでよくない?』
ジャパニーズ・ギャル語は世界難読言語の一つだと俺は思っている。
ギャルな鈴木は、ギャル語で駆使していたため、日頃からギャルに疎い俺は、半分も理解できなかった。
「リナの行き先を知らないか聞いてくれ」
「うん」
セナがメッセージを送ると、バイト中のはずなのに鈴木は即レスしてきた。
『多分、家じゃね?』
念のため、ばぁちゃんに電話で確認したが、まだリナは戻っていない。
一瞬見えた気がしたリナの消息は、再び暗礁に乗り上げてしまった。
「ねぇカスミ、明神様と家の途中で、他にリナが立ち寄りそうなところないかな?」
「あの辺は、公園も家もほとんどないし」
「そうだよね」
「小学校への通り道だから、毎日通ってはいたけど……って待てよ! もしかしたら……」
「何か心当たりあるの?」
「秘密基地にいるかも」
「秘密基地?」
「蔵を農機具置き場に使っている空き家があって、小学校の頃、何度か遊んだことがあるんだよ」
「じゃあ次に探すのはそこだね」
「あぁ」
……どうして今まで気づかなったのだろう。
この村で隠れるとしたら、あの秘密基地より、都合の良い場所なんてないのに。
中学校を後にした俺達は、来た道を戻り、明神様のそばを横切る。さっきはあまり気にしなかったが、お祭りに備え、出店が忙しそうに準備をしていた。
「小学校の頃、毎年4人で明神様のお祭りに行ったの憶えてる?」
「もちろん」
「じゃあ、小6の最後にふたりで遊んだ日に明神様に行ったのは?」
「憶えてるよ、お参りして、お守りを買った後に、おみくじを引いたらセナは小吉で、俺は凶だった」
「あの日に買ったお守りだけど、今も大事にしてるよ。昨日、ワイルドバーガーで助けてくれた時も鞄の中に入ってたから、神様に届いたのかも」
「セナ……」
「なんて、急に言われたら困るよね」
「大丈夫だよ、でも今は……」
「リナを見つけないとだよね」
「ごめん」
「ううん……わたしこそ」
何かを伝えようとしていたセナは、ばつが悪そうに言葉を飲み込む。
俺が言えなくしたようなものだけど……。
気まずさから会話がなくなり、しばらくの間は、ガタガタした灰羽の熾天使号の軋む音と、山中からの蝉時雨だけが響いた。
俺達は夏の暑さと日差しに耐えながら、黙々と秘密基地を目指した。
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秘密基地は都内ならお屋敷と呼ばれそうな広さの古民家で、以前は高山家縁者が住んでいた。だが家主は数年前に、名古屋に越してしまったため、家の管理を高山家が行っている。
この家の鍵が置いてあるところを知っていた俺とリナは、こっそり借りては忍び込み、かくれんぼをしたり、置きぱなしになっている古い雑誌や漫画などを読んで過ごした。
だけど最後に遊んだのが、いつか思い出せないくらい前なので、すっかりその存在を忘れていた。
「ここ、本当に入っていいんだよね?」
「あぁ」
表札のない玄関の引き戸には鍵が掛かっておらず、手をかけるとガラガラっと音を立ててゆっくりと開いた。一階にある他の戸や窓は、全て閉まったままだ。
居間の横にある古びた階段から、二階に上がる。
板張りからギシっギシっという音が響くが、造りはしっかりしているので、床が抜ける心配はなさそう。 ……多分だけど。
四部屋ある二階一番奥の和室は、まるで人を呼び込むように襖が空いたままになっていた。
十二畳ほどのその部屋は、鶴亀の掛け軸が掛かった床の間横に、30インチくらいのブラウン管テレビがあり、現在行われている全国高校野球大会を映している。
だが、白のワンピースに身を包む小柄の少女は、テレビはBGM変わりで見ておらず、畳の上で寝っ転がり、折った座布団を枕代わりにして、平積みされた昔の少年誌を、けだるそうに眺めていた。
全開の窓からは涼しい風が流れて来て、風鈴がリーンという涼しげな音を奏でている。
ようやくリナと再会できた俺は、喜びを悟られないように、できるだけ感情を押し殺して声を絞り出した。
「こんなところで何をしてる?」
「……見ての通り読書だよ、緒方君こそバイトは?」
リナは少年誌に目を向けたまま、こちらには一切目を向けないし、いつものように俺のことを兄ちゃんと呼ばない。学園で話す時の様に、緒方君と呼ぶ。
「もちろん休んできた、家出した義妹もどきを捕まえるために」
「実家に帰ることを、家出とは言わないよ」
「下宿先から書置き一枚で、いなくなったら家出と変わらないだろ」
「じゃあ家出でいい。インターハイ予選で負けて、スケジュール空いたし、しばらくこっちで過ごすから、緒方君は東京に戻ってて」
リナは今まで読んでいた少年誌を畳の上に置き、平積みされていた別の少年誌をとり、俺が生まれる前に大ヒットしたRPGの特集袋とじを眺めている。
「明日東京に帰るよ、だけどリナ、お前も一緒だ」
「いい、わたしは八月になったら戻るよ」
「悪いけど、無理にでも連れて帰る」
「……緒方君てさ、わたしには全然優しくないよね、ところで、何でセナと一緒にいるの?」
ようやく少年誌から目を外したリナは俺とセナを見据える。
だが、その瞳の色はあまりにも冷ややかで、俺がよく知っている高山莉菜とは違い、まるで別人のようだった。いつもの天真爛漫な明るさはどこにもない。
――その時、ブラウン管テレビの向こうはカキーンという金属バットの打球音と共に、アルプススタンドからの歓声と熱狂で包まれた。
それとは逆に俺はリナが醸し出す、ひりつくような緊張感に支配されていた。
俺の後ろに控えていたセナも同じかと思った。
でも実際は違っていて、俺より一歩前に出ると、これからリナに立ち向かうように映る。
――テレビからは試合終了を告げるサイレンが響く。
だけど、この場では試合開始のサイレンになった……。
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リナがようやく出てきました!
鈴木真琳さん(15)(現役JKギャル兼巫女さん)>>>(越えられない壁)>>>望月加恋さん(20)(ギャルみたいな服装の医大生兼カフェアイドル)>>>(越えてならない壁)>>>またしても何も知らない緒方霞さん♂(15)




