第226羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#10 蒼の記憶)
――7月28日土曜日午後13時41分。
リナを探し、灰羽の熾天使号で村中を走り回る俺は、小学校の頃、よく通っていた駄菓子屋を訪れた。
木造の古い店舗に、100円以下のお菓子、昔ながらのおもちゃや一番くじ、他にもスーパーボールのガチャガチャや、30~40年前のレトロゲーム機が店先に並ぶ。
夜になると一杯呑み屋に変わり、村中の大人たちが、昔話に花を咲かせながら、一杯やりながら、ゲーム機で対戦をしているとか。
「お、カスミ、久しぶりだね」
「こんちわ、おっちゃん、今日リナは来た?」
店主のおっちゃんはリナのお父さんと同級生だ。敬語で話すと怒られるので、友達と同じ様に接する。
「いや、来てないよ」
「そっか……ありがとう」
残念ながらここもハズレ、俺は次の場所に向かおうとする。
「待って、アイス好きなのを一つ持っていけ」
「商売品をタダであげたら、またおばちゃんに怒られるよ、カリカリ君買うよ」
「いいって、ガタガタ言うようなら今度こそ離婚するから」
おっちゃんは豪快に笑う。
ちなみにおばちゃんと一緒の時は、借りてきた猫よりしゅんとしている。
「俺がカリカリ君を貰ったせいで家庭崩壊とか、マジきついから勘弁して、はい」
アイスの入った業務用冷蔵庫から、カリカリ君ソーダ味を出し、おっちゃんに100円玉を渡す。
「まいどあり~悪いねぇ」
「じゃあ」
「ゲーム台、レアなの仕入れたから、また遊びに来てや」
「うん必ず、今度はリナを連れて」
レジ横の壁には『BAYBAY決済できます』とポスターが貼ってある。昔から何も変っていないようで、この店も変わってきているらしい。
カリカリ君を咥えた俺は、駄菓子屋を後にした。
懐かしさの余韻は心地よい。
しかし、時間が過ぎていく焦燥感がじわじわと迫ってくる。
通っていた小学校。
子供の頃、よく遊んだ河原。
そして駄菓子屋。
思いついたところを片っ端から、探してたが、リナは未だに見つからない。
高山家で、待っていれば、日が暮れる前に帰ってくるかもしれない。
でも、それではリナは二度と心を開いてくれない気がする。
俺はリナを必ず見つけないといけない。
――次はどこに行く?
リナが3月まで通っていた中学校。
去年、同窓会を行った公民館。
村に一軒だけあるコンビニ。
ハンバーグとアジフライ定食が美味しい昔からの食堂。
まだ確認していないところはたくさんある。
だけど、このままでは見つけられる気がしない。
俺は妹を……高山莉菜のことを全く分かっていない気がする。
――ピンポーン。
その時だった、突然、スマホからRIMEの着信音が響いた。
リナからのメッセージかもしれない。
俺は慌ててポケットからスマホを取り出しメッセージを確認する。
『リナに会えた?』
メッセージは先ほど別れたセナからだった。
カスミン『まだだよ』
セナ『どこに行ったかわからないの?』
カスミン『うん、だから探し回ってる』
セナ『リナを見てないか、皆に聞いてみるね』
カスミン『ありがとう、助かる』
セナ『次はどこに行くの?』
カスミン『中学校かな』
セナ『わたしも行く』
カスミン『外は暑いし、大丈夫だよ』
セナ『ふたりで探した方が早く見つかるよ』
カスミン『すまん、じゃあお願い』
セナ『今どの辺?』
カスミン『豆腐屋と郵便局の横』
セナ『じゃあ20分後に中学校門前で』
カスミン『りょーかい』
ひょっとしたら、俺より同性のセナの方が、リナのことをよくわかっているかもしれない。
藁にも縋る想いで、俺はセナの提案に乗ることにした。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
中学の校門前に到着して、5分ほど経った頃、徒歩で来たセナと3時間ぶりに再会した。
「お疲れ」
「……うん」
「暑かっただろ」
「そうだね、でも日傘を差してきたから」
「そか、じゃあ、さっそく入ろうか」
ふたりで校門を抜ける。
午前中の電車でのことや、昨晩のセナの告白などが頭に過り、どうにも気まずい。
校舎は二階建ての木造で、現在全校生徒は40人ほど。
村で唯一の中学校だから、廃校にはならないが、年々生徒が減少しており、存続させるのは厳しい状況のようだ。
昔は部活動も沢山あったようだが、現在、体育会は男女ともに陸上部とバレー部、文化部は文芸部と吹奏楽部しかない。
そのため竜二は、中学から隣町の硬式野球クラブに所属し、リナも放課後、片道1時間半のOY市内の女子サッカーのクラブチームでプレーを続けた。
「そういえば、セナは女バレに入ってるって聞いたけど、高校は続けなかったのか?」
「中学の頃は、人不足だから試合に出れただけ、今の学校の女バレはレベルが高くて、ついていけないよ」
「そっか、まぁ俺も帰宅部だし、高校の運動部は大変そうだよな」
「うん、だから代わりに夢中になれるものを探してるところ」
「早く見つかるといいな」
「……もう見つけたかもしれないけどね、こっちだよ」
一瞬眩しい笑顔を浮かべたセナが、俺の手を引っ張る。
その温もりに、またドキドキさせられる。
……わからないふりをしたけど、ホントはわかっている。
セナは答えを求めている。
俺は向き合わなければならない。
昇降口横の事務室で受付を済ませ、スリッパを借りて、階段で校舎二階に昇る。
「よく通してくれたな」
「うん、生徒少ないから事務員さんは卒業生を含めて、皆の顔を憶えてるからね」
「あ、そこの教室」
教室前の入口プレートには「3-A」と書かれている。
「今年から3学年とも教室が一階になったの、だから二階の教室を使うのは、わたし達の代が最後になるだろうって」
受付で借りた鍵を使いドアが開け、ガラガラと言う音と共に教室の中に入る。
黒板にはチョークで「卒業おめでとう」など、思い思いのメッセージが書かれていた。
岡崎竜二、向井瀬夏、そして高山莉菜の他にも、昔からよく知る13人の名前が書かれていた。
そして緒方霞。
何故か、俺の名前まであった。
他にも河埜史郎、松原早苗、有田泉水。
俺と同じように小学校から中学に上がるタイミングで、村から引っ越した同級生の名前も。
「……なんで?」
「リナがね、カスミたちの名前を書こうって言ったの、皆もいいねって……わたしたち13人は、中学もカスミたちと一緒に17人で過ごしたかった。でも、仕方ないよね」
残念ながら、ここにもリナはいなかった。
それとは関係なく、目頭がじわじわと熱くなるのを感じる。
リナはどんな想いでこの教室で過ごしていたのだろう。
セナや竜二も……。
俺は、東京で過ごした中学三年間を一切後悔していない。
楓や加恋さんに出会い、さくらとも再会して、白花学園高等部に進学することができた。
でももし、東京に戻らず、中学時代も村に残っていたら……。
リナや竜二やセナや、とことんお人好しの同級生達と、バカみたいなことを言いながら中学三年間を過ごせたら……。
……いや、できるわけない。
俺の選択肢は最初から一つだけ、東京に戻ることしかなかった。
そして、今は堕天使遊戯を終わらせなければならない。
望月楓、高山莉菜、前園凜、宮姫すず、赤城さくら。
白花学園高等部天使同盟五翼を、まだ見ぬ明日に連れて行く。
ただ、それだけ。
恐らく他は何一つ救えない。
このふたりだけの教室で感じる、優しくて心地よい温もりさえも……。
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またしても、リナちゃんが出てこない……(;゜Д゜)




