第225羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#9 田園)
――7月28日土曜日午前11時02分。
夏の太陽がますます元気になる頃、ようやく村に辿り着いた。
最寄り駅には、セナのお父さんが迎えに来ており、俺も車に同乗させてもらった。
セナとは、電車の中でたまたま会ったことにした。
年頃の俺達が一晩一緒だったことは、さすがに言えない。
竜二とセナが今春に別れたことも、互いの家族に話していないとのこと。
代々、家が隣同士のふたりが、ただの幼馴染に戻ることは大事らしい、そのため時間をかけてゆっくり話すことにしたとのこと。
車は農道を進み、村の一番奥にある高山家前で、降ろしてもらう。
「またねカスミ」
「じゃあセナ」
村にいた頃の距離感で、そっけない挨拶をする。
俺達の間に、友達以上のことは何も無いと示すように……。
一瞬だけ、セナと目が合った。
栗色の瞳は何かを訴えている……そんな感じだった。
「おじさん、送ってくれてありがとう」
「おう、カスミ君、せっかく村に帰って来たんだから、ゆっくりしていけよ」
「はい」
とは言ったものの、俺はリナを連れて一刻も早く東京に戻らなければならない。
バイトやアイドルレッスンがあるからだけでなく、リナが村に7月中に滞在してもらうのは困る。
8月なら構わないけど……。
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ようやく辿り着いた高山家だが、おじさんとおばさんは外出しており、家には、ばぁちゃんしかいなかった。
リナは朝から出かけたらしい。
行く先は不明……。
試しに電話をかけてみるが、昨日から変わらず不通のまま。
RIMEに送ったメッセージも既読にならない。
じいちゃんの仏壇に線香をあげた後、リナを見つけるため、すぐに出かけようとしたが、昼ご飯を食べて行けと止められた。
昔から俺とリナは、ばぁちゃんには逆らえない。
仕方なく、ひんやりとした木の温もりを感じる縁側で昼ご飯を食べてから出かけることにした。
梅干しの入ったおにぎりとお味噌汁、胡瓜の糠漬け、全て自家製だ。
ここで採れるお米は定期的に送ってもらっている。
普段、東京の家で食べているお米と同じはずなのに、冷えた井戸水で研いでいるせいか、いつもより美味しく感じる。
タイマー機能のない俺より年上の扇風機で涼みながら、緑の田園を眺める。
シラサギも食事時なのか、餌を啄んでいるのが見える。
昭和のまま、時が止まった様な高山家から見るこの光景が、俺は世界中で一番好きだ。
戻ってきたのは一年ぶりだし、このまま居心地の良い縁側で、のんびりしていたいところだが、そういうわけにもいかない。
「あせっても、ええことぁなかろうで。この根性なしがぁ」
屈んで麦茶を注いでくれたばぁちゃんが、柔らかな笑顔で俺を嗜める。
ばぁちゃんの云う通りなのはわかっている……だけど焦る気持ちは、どうしても抑えることができない。
「心配せんでもええで、リナはちゃんと待っとるけえ」
「そうかな……」
「あの子ぁ昔から、カスミの言うことしか聞かんのんじゃけぇ」
「最近は俺のいうことも聞かないんだけど」
「そりゃ兄ちゃんがはっきりせんけぇ、拗ねとんじゃろうがなぁ」
ばぁちゃんは昔から俺のことを、根性無しという。
この根性無しには、リナは自分と一緒で、将来はべっぴんさんになるから、お兄ちゃんはさっさと腹をくくり、今のうちに捕まえておきなさいが要約されている。
この家にいた当時、つまり普通の男子小学生だった頃から、言われ続けている。
去年の夏、村に帰った際にも当然の様に言われた。苦笑いでやり過ごしたところ、半年後にリナが東京に住むことになった。以降は、波乱万丈な学園生活が続き、今日に至る。
「ごちそうさまでした」
……恐らく今日は、苦笑いだけで終わらせることができないだろう。
昼食を終えた後、納屋で3年以上眠っていた愛車、灰羽の熾天使号を引っ張り出し、リナに会うために再び走り出した。
真夏の太陽と真っ白な入道雲が、空のキャンパスを彩る下、先ほどは車で通った農道を、今度はくたびれた自転車で滑走する。
車輪からは油の切れたギシギシと錆びついた音が響く。タイヤの空気も抜けているから、思うようにスピードが出ない。
空色の羽で持つ蜻蛉たちは、俺を易々と追い越し、そして自由な青空をどこまでも駆けてゆく。
一方で、羽のない俺や、手足を縛られた五人の天使達は、地を這うだけで、いつまでも自由に飛ぶことができない。
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