第224羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#8 誰も知らない)
――7月28日土曜日午前8時57分。
OY駅発の在来線で、片道一時間半ほどかけて、リナの待つ村に向かう。
当初は始発で向かうつもりだった。しかし昨晩に続き、今朝も色々あって現在に至る。
今日もリナに連絡が付かない。
スマホにコールすると「電源が落ちたまま」と返ってくる。
リナは俺を待っている気がする……。
OY市内を走っていた間は、乗客も多かったが、郊外へと進むにつれ減り、車窓の向こうも、住宅の代わりに田畑や山林が増えていく。駅区間も広がり、ただただ寂しいだけの風景が続く。
知らないところに行くわけではない。6年も暮したところだから、故郷と言えなくもない。
だけど、車窓から、この景色を見ていると複雑な想いにさせる。
6歳の頃、この電車に乗り、リナの実家に預けられた。俺が去った後の3年間、リナはOY市内のサッカークラブに通うため毎日この電車で通った。
そして、今は向井瀬夏とふたりでこの電車に乗っている。
セナは、俺の肩にもたれかかり、眠っている。昨夜は遅かったから、疲れているのだろう。
前髪には昨日、誕生日プレゼントの代わりにあげたクリップを付いている。俺に気を使ってくれているのだろうか。
セナは、前園凜や宮姫すずの様な華やかなタイプではない。
普段は大人しく、自己主張することもない。女子のグループでは、一番後ろに隠れてしまう子だった。
でも、誰もいない教室に一人で座っているだけで、その儚げな雰囲気は、青空の様な澄んだ色を纏う。
恐らく、竜二もセナのそんなところに惹かれていたのだろう。
「あれ……?」
栗色の瞳は薄っすらと開く、まだ瞼は重そうだ。
「起きたか」
「……ごめん、ウトウトしてた」
「まだ少しかかるから、寝てていいよ」
「ううん、寝ちゃうの勿体ないから」
「昨日は遅かったし、疲れてるだろ」
「少しだけね、でも、いつもより安心して眠れたよ、カスミは?」
「色々気になって、あまり眠れなかった」
「リナのこととか?」
「それもあるけど、セナがいたから」
「わたし?」
「セナみたいにかわいい子が気になるのは当然だろ」
「ありがとう……かわいいって言われるのは嬉しい」
「今の高校でも言われるだろ?」
「女子からはね、でも女子同士は社交辞令だから」
「男子からは?」
「気になる?」
「もちろん……セナが今の学校で、上手くやってるかも含めて」
「男子とは普通に話すけど、特別親しい子はいないよ」
「ふーん」
「わたしはリナみたいに目立たないし」
「あいつは特別だから……それより去年は大変だっただろ? セナにも迷惑かけたよな」
去年の全国大会で、リナが5人抜きドリブルシュートを決めた動画がバズった件。
圧倒的なスキルもさることながら、容姿にも注目が集まり、普段は静かな村に、個人の動画サイト投稿者や、あげく芸能プロダクションなどが押し寄せ、しばらくは大変だったらしい。
「ううん、リナが一人にならないようには竜二と気を付けたけど、車で送り迎えになったから、そこまででも」
「ありがとうセナ、リナを助けてくれて」
「……ちゃんとお兄ちゃんしてるね、それとも違うのかな?」
「ん?」
「なんでもない、それより去年RIME交換してから、どうして連絡くれなかったの?」
「それは何と言うか……気まずかったから」
「わたしに彼氏がいたから?」
「そうだな、彼氏に悪いなって思うのが普通だろ」
「そういうところは気にするんだね。他のことは全然気づかないのに」
「鈍感なのは認めるよ、よく言われるし」
「リナに? それともリナ以外の女の子?」
「そのどっちもだな」
「皆、カスミに手を焼いているんだね……もっと頑張らないと……今からRIMEで、昨日のお礼メッセージを送っていい?」
「お礼をもらうほどじゃないよ、むしろ泊めてもらった分、俺の方がセナへの借りがデカいし」
「……見えるカタチで残したいの、今の気持ちを後で振り返れるように、お願い」
「いいよ、と言うか気が向いた時にいつでも送っていいよ、でも即レスは、期待しないで」
「うん、じゃあ送るよ」
セナは俺から見えないようにスマホでメッセージを入力している。
RIMEを立ちあげると、セナとのコメント欄には、昨日ワイルドバーガーで送ったメッセージのみが残っている。
カスミン『今、困っているなら一回だけ頷け、特に問題ないなら首を横に振れ』
……マジきっつ。ないなコレ。
あの場では他に思いつかなかったが、このメッセージには、厨二臭が溢れており、恥ずい。
今どき、ラノベや深夜アニメの主人公だってこんな台詞はなかなか言わない。とは言え、個人的には、熱量の高い作品が好き。
――ピンポーン。
セナ『昨日は助けてくれてありがとう』
――ピンポーン。
カスミン『こちらこそ』
――ピンポーン。
セナ『どうしてカスミンなの?』
――ピンポーン。
カスミン『仇名みたいなものかな』
――ピンポーン。
セナ『今、カスミと話せてるのが嬉しい』
――ピンポーン。
カスミン『俺も』
――ピンポーン。
セナ『次のトンネルを抜けたら、村に着くよ』
――ピンポーン。
カスミン『もうそんなところか』
――ピンポーン。
セナ『知ってた? この車両にいるの、わたしたちだけ』
――ピンポーン。
カスミン『あ、そうなんだ』
その時、ガタンガタンという音と共に、入口が緑に囲まれた古いトンネルに入った。
――ピンポーン。
セナ『今なら、誰もいないよ』
――ピンポーン。
カスミン『そうだな』
――ピンポーン。
セナ『誰も見ていない』
――ピンポーン。
カスミン『確かに』
――ピンポーン。
セナ『誰にも聞こえない』
――ピンポーン。
カスミン『そうかもな』
トンネル両側の設置されたオレンジの照明は、光と闇のコントラストとなり、どこか不穏な響きがあるセナのメッセージと重なる。すると、心臓が自然と高鳴り、心の底には白い靄が広がっていく。
――ピンポーン。
セナ『なんかそっけない』
――ピンポーン。
カスミン『RIMEってそんなもんだろ?』
――ピンポーン。
セナ『それじゃモテないよ』
――ピンポーン。
カスミン『知ってる、でも言わんといて』
――ピンポーン。
セナ『でもね』
――ピンポーン。
セナ『カスミのことが好き』
「え!?」
次の瞬間――セナがふわりと覆いかぶささり、唇を重ねる。
甘い香りと柔らかな感触に包まれ、抵抗する間もなく、心が溶けてゆく。
俺は驚きと共に、まだ両目を開いたままだ。
反対側の車窓に、俺とセナが映る。
恋人同士みたいなことをしているのに、まるで現実感がない。
トンネル中の照明だけが、すれ違う俺達を交互に照らし、靄の先にある、愚かな心の内を暴いていく。
誰も見ていないし、聞こえない。
誰も俺達を知らない……。
緑のトンネルは、今この時だけに繋がっていて、昨日と明日には繋がっていない。
だから、両目を閉ざし、全ての現実から目を背け刹那に浸る。
俺達を乗せた電車が、再び夏の眩しい日差しに包まれる、その時まで……。
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あかん、リナちゃんのライバル、強キャラ過ぎたかも……。




