第220羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#4 はじめての朝)
乳白色の靄がかかった世界は少しずつ、徐々に輪郭がはっきりしていく。
何度も見ているからわかる。
またあの夢を見るのだと。
できれば見たくない。
だけどこっちの事情なんて聞いてくれやしない……。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
5歳の誕生日から10日ほど過ぎたある夏の日、お母さんは空の向こうに旅立った。元々身体が丈夫ではなく、病院と家を行き来する日々だったけど、お別れは突然に来た。
数日前にすーちゃんを呼んでボクの誕生日パーティーをした時は、まだ元気だった。部屋の飾りつけをしてケーキや美味しい食べ物を沢山作ってくれた。
1週間ほどの検査入院を終えたら、お父さんと3人で池袋の水族館に行く約束をしていた。
だけど……約束が守られることはなかった。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
お母さんがいなくなった後、お父さんはこれまで以上に忙しくなり、酷く疲れていた。
毎日、ほとんど眠れていないようだった。
だから、ボクは日本に残り、お父さんはアメリカに行かなければいけないと言われた時、良かったと思った。ボクがいなければ、お父さんは楽になる。
ボクは大丈夫だからお父さんはアメリカで頑張ってきてと、できるだけの笑顔で告げた。
後で聞いた話だと、お父さんとお母さんの結婚は親戚の人から良く思われていなかったみたい。ボクはこれまで会ったことがない遠縁の家に預けられることになった。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
「どうして泣いているの?」
女の子は不思議そうにボクを見ていた。
お父さんがいなくなった後、ボクは急に寂しくなり物陰で一人泣いていた。
「お母さんがお空の上に行って……お父さんもいなくなった……すーちゃんにも会えない、ボクはひとりぼっちだ」
「そっか、ひとりぼっちは寂しいね」
「……うん」
「でも大丈夫だよ、わたしが霞ちゃんのそばにいるから」
「ホントに?」
「うん、だから、遊びに行こう」
「でも莉菜ちゃんはお病気だから、お部屋で寝てないとダメだっておばさんが言ってたよ」
「ちょっとなら大丈夫だよ」
ボクの手を取った莉菜ちゃんは突然走り出した。
でもすぐに立ち止まり、そのまま倒れてしまった。
「莉菜ちゃん大丈夫?!」
息苦しそうな息遣いのまま返事がない。
「ちょっと待っててね!」
ボクは大慌てて、お家の人を呼びに行った。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
お布団に寝かされた莉菜ちゃんはしばらくすると目を覚ました。
「あれ……霞ちゃん?」
「大丈夫莉菜ちゃん!?」
「……わたし倒れちゃったのかな」
「うん」
「今日は調子良かったから、走れると思ったの」
「無理しちゃダメだよ」
「お姉ちゃんとして良いところみせたかったのに」
「お姉ちゃん?」
「これから一緒に暮らすでしょ、わたしがお姉ちゃんで霞ちゃんが妹」
「違う」
「何が?」
「ボクの方が莉菜ちゃんよりも生まれが早い」
「じゃあ、霞ちゃんはわたしのお姉ちゃんになるの?」
「それも違う、ボクは男の子だから」
「ふーん、そうなんだ」
「うん」
「霞って名前だから女の子かと思ってた、よろしくね、お兄ちゃん」
「よろしく莉菜ちゃん」
「リナでいいよ」
「じゃあリナ」
「妹を守るのがお兄ちゃんのお仕事、わたしのそばにいて」
「うん」
「ずっとずっとだよ?」
「わかった……ずっとずっとリナのそばにいる」
できたてホヤホヤの妹は満面の笑みを浮かべる。
当時のリナは身体が弱く、幼稚園にも週に2回くらいしか通えなかったらしい。小学校入学後もしばらくの間、体育の授業は見学ばかりだった。
でも、三年生に進級する頃には、人並みに動けるようになり、一年遅れでボクと同じサッカークラブに入った。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
リナと過ごした小学校六年間は幸せだった。だけど、優しいだけの時間はある日終わりを告げた。
「どうしていなくなるの?」
「父さんと東京で暮らすことになった」
「ずっと、一緒にいるって約束した」
「ごめんリナ」
「やだよ、わたしを一人にしないで」
「毎日連絡するから」
「お願いだよお兄ちゃん、いなくならないで」
「……ごめん」
今でも思い出す度に苦しくなる。
新幹線の駅フォームで泣き崩れるリナの姿をボクは一生忘れない。
輪郭が再びぼやけてきて、乳白色の靄がかかっていく。そろそろ目が覚めるらしい。
何度も見る夢は明日に繋がっているのか。
明日は良いことがあるのか。
もし、そうじゃないとしたら……。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
カーテンの隙間から朝の陽ざしが差し込み額を照らす。
目は覚めたが、まだ眠りたい……。
衣類などが入ったカラーボックス、木製の折りたたみ机、少し年季の入った姿鏡、窓側に置かれた小さなサボテン。見慣れないこの部屋にはテレビがない。尤もスマホがあれば必要ないかもしれない。
「ん……」
この部屋の主は隣でまだ眠ったまま――俺の左手にひんやりとした右手を重ねて。
夏用パジャマの外れたボタンの隙間から覗く柔らかそうな白い谷間、ショートパンツとむき出しの健康的な太もも、たまに動く柔らかそうな唇。
セナは無防備な姿のままで、年頃の女の子をしているから、俺は思わず息を呑む。
際どい格好をしているし、あまり見てはいけない気がする。男の性なのかどうしてもチラ見してしまう。
――昨晩セナに告白された。
ついでにかなり際どい事もことも言われた気がする。
告白されたことに動揺して、あまり憶えてないけど。
まだ眠ったままだ。
少しならイタズラをしても多分気づかないかも……。
などと不謹慎なことを考えていたら、栗色の瞳はいつの間にか開いており、真っすぐに俺を見据えていた。
「おはようセナ」
「おはようカスミ」
「ねぇキスしようか」
「朝から何言ってるんだよ」
「何って、今思ったこと」
セナは、らしくない蠱惑的な笑顔を浮かべる。
「ダメだろ」
「そうだよね、ダメだよね」
セナは手強いし、全く手加減してくれそうにない。困った事に、心臓はこれでもかと言うくらい勝手にドキドキする。
お越しいただき誠にありがとうございます。
お時間がございましたら「ブックマーク」「いいね」「評価」「誤字修正」「感想」「ご意見」など頂けましたら幸いです。




