第215羽♡ ブツを出せ! ネタは上がってる!
――柊木茉莉ミア。
白花学園中等部三年、一年前に両親及び兄夏蔵とアメリカから帰国。白花学園中等部に編入。現在は区内総合病院で入院。
ここから先を調べるか調べないかはお前に任せるというコメントと合わせ、広田から情報が届いていた。
非公式生徒会と関りがあるAI研の柊木夏蔵は、校内の人間との関りが極端に少なく親しい人物がいない。また夏休み期間の今、学園内で接触することはほぼ不可能。
先日、風見刹那の話から広田はここまで調べてくれた。さすがは第三新聞部、でもここからは俺の仕事になる。
「……わたしにその子を調べて来いと?」
「女の子の病室を男でしかも知り合いでもない俺がウロウロはまずいだろ」
「カスミンで行けば?」
「万が一女装がバレたら今度こそ人生が詰む」
「アイドル活動中にバレても同じでしょ」
「それはそうだけど」
「わかった、明日部活が終わったら行ってくるよ」
「頼む」
「じゃあそろそろ晩御飯だから」
「わかった、またね、すーちゃん」
「おやすみ、かーくん」
――7月27日金曜日午後18時17分。
ダンススタジオから出て葵ちゃんと別れた俺はすぐに宮姫に電話し、区内総合病院にいる柊木茉莉ミアの様子を伺うようにお願いする。
茉莉の入院先には兄の夏蔵は必ず現れるはず。風見刹那から柊木夏蔵について聞いてからも調べるかどうかは迷っていた。
夏蔵は過去、非公式生徒会が使う通話アプリの改修を行っている。重要な情報を持っていることが考えられる反面、下手に動けばこちらの動きが非公式生徒会に筒抜けになる可能性がありリスクを伴う。
そこで宮姫に行ってもらうことしたが、あまり良くないかもしれない。夏蔵が非公式生徒会に協力しただけでなく、もし非公式生徒会メンバーなら、天使同盟である宮姫も警戒対象であるはず。
堕天使遊戯の期限である7月31日までは残り僅か、夏蔵の身辺を当たるしかなさそうだ。
「そろそろ話しかけてもいいかしら?」
「あ、ごめん」
俺の後ろを走っていた見慣れた黒塗りの車が停止すると、後部ドアガラスが開き、さくらが声を掛けてきた。
「家まで送るわ」
「ありがとう助かる」
真夏の外界から冷房が良く聞いた座り心地の良いソファに沈み、ゆっくりとくつろぐ。
……極楽、極楽。
「わざわざ何の用だ?」
「話の前に女の子の服装のままでも普通の男子のように話せるのね」
「当然だろ」
「女装するとカスミンに意識が乗っ取られると思ってた」
「そんなことあるわけないだろ」
「では聞くけど、カスミンでいる時はどんな感じ?」
「頭がぼーっとしてて、テレビや映画を見てるような」
「やっぱり乗っ取られているじゃない」
「あっ!?」
「でも入れ物がダーリンのままなら中身はどうでも良いわね」
「どうでも良いの!?」
「冗談よ……本題だけど首都の近海で藻屑になりたくなければ早く例のブツを出しなさい」
「ブツ?」
「ネタは上がっているの、とぼけても無駄」
「……わかった。でも手元にないからこのまま家に乗せて行ってくれ」
「それは構わないわ」
「どうやってブツのことを知った?」
「昨日からモップ会裏垢に次々とブツの情報がアップされているの、決め顔写真付きで」
モップ会裏垢は、俺を除く楓、リナ、前園、宮姫、さくら天使同盟五人のグループRIMEだ。なお俺を含むモップ会本アカもあるが、閑散としておりメッセージが少ない。
普段から本アカより裏垢の方が盛り上がっているようだ……俺の悪口とか書いてありそうで恐いから見たいとは思わないけど。
「わかったよ……ブツを渡すから存分に味わってくれ」
「ありがとう。味わうってことは食べ物なの?」
「あぁ、俺が漬けたキュウリの糠漬け」
「え?」
「ウチの妹も「母上には及ばないが合格点をやろう」って褒めてくれた」
「仲が良いのね、で、まだボケるつもり?」
「すみません、イマイチ話が広がらなくて」
「いいわ、手元にあるんでしょ? 早く本物のブツを出して」
「ははぁ、麗しき伯爵令嬢様、どうぞこちらをお納めくださいませ」
「もっと普通に話して」
楓達と同様に池袋で買って来たお土産を渡す。さくらはどこか神妙な面持ちでプレゼントの入った包みを開ける。
「あら、かわいいアンクレットね」
「足もとのおしゃれも良いかなって」
シルバーチェーンにワンポイントでハートの石が付いたもの。
多分に漏れず男子高校生の予算都合で安物だけど。
「知ってる? アンクレットは左足、右足どちらに付けるかで意味が変わるの」
「へぇ……詳しいな」
「ダーリンは左足と右足のどちらに付けて欲しい?」
「……そうだな、じゃあ左かな」
「理由を教えて」
「なんとなくだよ。左足と右足でどんな違いがあるんだ?」
「左に付けると恋人がいるか既婚者という意味で、右だと恋人募集中、もちろん意味を知らないで付けている人の方が多いだろうし、国や地域でもアンクレットの意味は変わってくるから、気にする必要はないわ」
……それでも右と言わなくて正解だったかも。
「そうね。右って言っていたら、今頃ダーリンの右腕をねじ切っていたわ」
「さも当たり前の様に俺の心を読むのは止めて!」
「ダーリンの考えそうなことなんてお見通しよ、わかりやすいもの」
「どうせ単純ですよ」
「ふふっ……あとアンクレットにはもう一つ意味があるわ」
「ん?」
「お前は全て俺のもの」
「別にそんなこと考えてないからな」
「そうなの? 考えてなくても婚約したあの日からわたしは全てあなたのものよ」
「冗談はよせよ」
「……冗談だと思うの?」
「いや……」
「ダーリンも早くわたしだけのものになれば良いのに」
「どうか監禁だけはやめて」
「心配しなくても週に1回10分程度、日光浴する権利をあげるわ、首輪と手錠付きだけど」
「ありがとうございます……じゃねーわ! やっぱ監禁するのかよ!?」
「冗談よ……ねぇダーリン、プレゼントありがとう」
「お、おぅ」
「でも次からは、他の子より先に渡して」
「はい、すみませんでした」
「浮気したら死刑だから」
「気を付けます」
「あたしのこと嫌いにならないで」
「嫌いになる訳ないだろ、愛しているよマイ・ハニー」
「嘘つき……」
(そうだね、さくらちゃん……)
運転手さんを気にせず気弱で繊細なフィアンセを抱きしめる。
俺にできることなんてこれくらいしかない。
「……二つほど業務連絡があるわ」
「ん?」
「一つ目に明日から本格的にKa-rinのアイドルレッスンを始める。合わせて凜さんは赤城家に引っ越し、望月さんはしばらく泊まり込みよ」
「それは大変そうだな。ふたりをお願いします。赤城プロデューサー」
「言われなくてもビシビシ鍛えるわ、ふふふふっ」
(……怖い)
どうやらプロデューサーさくらたんはやる気満々みたいだ。これは間違いなく厳しいレッスンになるだろう。
頑張れ前園、頑張れ楓!
柱の陰からいつも応援しているから。
俺もDreamLatteのメンバーとして同じく厳しいレッスンを待ち受けているだろうけど。
「あともう一つ、ここ数日リナの様子がおかしいわね」
「そうか? 今朝は普通だったけど……わかった、気に掛けるよ」
そう言われた時は、半信半疑だったが気になったので帰宅した後、すぐにリナの部屋に向かう。
すると部屋の主はおらず、勉強机に便箋が一枚置いてあり『しばらく実家に帰ります』とだけ記されていた。
だから俺は――。
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